コンパクトディスクの規格を決めた「第九」という謎めいた音楽
コンパクト・ディスクという光ディスクを通じて音楽が流通していた時代があった。ベートーヴェンの交響曲第9番ニ短調作品125が収まることを基準にしてディスクの直径は12センチと決まったが、わたしは本邦で「第九」と略されている作品を15秒しか聞いたことがない。わたしがまだ民放を見ていたころ、年末になると『1万人の第九』というイベントのチケット販売のCMを見ることになり、そのCMの間の15秒についてのみ把握していたが、15秒が74分の曲のどこにあたるのかは知らないままである。何でも検索すればわかる現代において、知らないということは興味がないということにほとんど等しい。興味がないなりにおそらく73分あたりだと推測していたのだが、そうだとしたらクライマックスの15秒にすら魅了されなかったわたしが最初から第九を聞いたらどうなるか想像もつかない。わたしの音楽的な好みについての話は措くにしても、大晦日に歌うのがいかにも縁起のよろしくない「第九=大苦」であることは謎としか言いようがない。遠い野蛮人の国の文字の読み方など知るはずもない作者が番号をつけたのだから九番であること自体は避けられないにしても、「だいきゅう」と読めばいいはずで、なぜあえて「だいく」と読むのだろうか。実は本邦はいつのまにかご祝儀に9千円を贈ったとしても嫌な顔をされなくなるような世の中へと進化していたのだろうか。そんなはずはないと思うのだけれど、「第九」をめぐる謎についての話がしたいわけではなかった。そもそも謎でもないので、CDに話を戻します。
CDシングルの登場
コンパクト・ディスクの登場から間もなくして、レコードのシングル盤にあたるディスクが必要になった。映像を記録することができるCDビデオという規格がすでに存在しており、その内周にある音声収録部と同じ8センチのディスクが流通することになった。コンパクトディスクよりもさらにコンパクトなディスクは初期型のCDプレーヤーは想定しておらず再生が不可能だったので、コンパクトディスクのサイズと同じ12センチに拡張するアダプター(当時300円程度だったが、今や需給バランスが乱れていて1300円前後で売られている)が、CDシングル発売と同時にレコード屋で売られることとなった。今回はレコードとインターネット配信の間にあって微妙な位置づけのCDの中でもさらに微妙な位置づけのCDのパッケージについて話したい。
CDシングルは、ジャケットを折る想定だった
ここに2つのCDシングルがある。

左から88年と96年にそれぞれリリースされたものである。
88年はCDシングルが発売された年。

表には半分のところでミシン目がついていて、下の半分はおよそデザイン性が感じられない。よく見ると上半分の文字をフォントもそのままで、単に並べているだけである。ミシン目のところから切って初めてデザインとして完成するようになっている。

また、裏には折り目がついている。プラスチックのトレイも簡単に折れるようになっている。つまり、店頭での陳列用に縦長にしているが、半分に折ったらコンパクトだし、かつての7インチのレコードを小さくしたようなデザインになって見栄えもしますよ、ということである。
しかし、製作者の意図通りこれを半分にしているユーザーは少数派で、「CDシングルを折ってそうな人が多く住む地域」世界ナンバーワンであるところのOsakaはKawachi Provinceに住んでいたわたしの周囲でも、素直に折っていたのはわたしだけだった。今思いかえすに、完全にわたしの敗北であった。本やレコードの帯を大切にとっておく国の民がCDシングルを2つに割ったりするわけがないのである。当時折らない派を口汚く罵っていたわたしも、この写真を見てわかるように、今ではCDシングル折らない派なのであった。
実際にジャケットを折る人は少なかったようである
そこから8年後のCDシングルは、表面にはミシン目はすでについておらず、半分に折らないことを前提としたデザインになってしまった。

無理に半分に折ってしまうと、男性2人組のユニットに見えてしまう。男性2人のユニットといえばペット・ショップ・ボーイズだが、レコードのライナーノーツに「ニール・テナント:ボイス」「クリス・ロウ:ノイズ」と書かれていて、わたしは「ボーカルやキーボードじゃないんだ!」と、中学生なりに新時代の到来を感じたのであった。いまは彼らの音楽を聴くことはなくなってしまったが、彼らがいまも活躍しているという事実は、わたしもまだ生きていてよいのだという気持ちになれるので、音楽を聴かずして励まされていたりもするのだが、それはともかく、このCDは企業とのタイアップをしていたらしく、裏面はおよそ半分が広告スペースになっている。

折り目はないし、無理に折ったとしても広告スペースが少し見えてしまう。わたしは当時はCDシングルを買うとすぐ半分にしていたので、初めてこの構造を見たとき、「ポピュリズム」という概念を理解したのであった。
「折らない派」が勝利をおさめたのちも構造はそのまま
なお、トレイの中の半分に折りやすい構造だけは当初のままである。


「CDシングルのトレイが折れやすくなっているのはなぜでしょうか、注意して扱わないといけないので正直うざいです……」と若者に言われたら、「CDシングルのケースは折ることを想定して作られていたんやけども、折らないでそっと扱う派が圧倒的多数だったため、ジャケットとケースのねじれが起きてしまったんじゃ………」と答えようと思っていたのだが、言われないまま長い年月が経ってしまったのでここに書くしかなくなってしまった。若者の多くはCDというメディアに興味を持たなくなっただけでなく、ストリーミング配信によって、「音楽を所有する」という概念すら持たなくなってしまったので、CDシングルのトレイの構造など知る由もないのであった。
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1(牛丼)+1(チーズ)+1(タバスコ)=5くらいになっている。

































