Anonymous asked: 最近色々な事に疲れてきました。しゅうまい君はなんでいつも笑顔でいられるんですか?

shuumaikun:

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選択肢がないです

“ここからちょっと細かい解説。
ハイフン( - )
半角ダーシ( – )
全角ダーシ( — )
は、どれも横線ですが、長さが違って、使い道も違います。ハイフンとダーシについては以前書いた記事が こちら にありますので参考にしてください。全角ダーシは、言いかけて止めた言葉とかを表現するときに使います。日本語でも同じような使い道かな。”

知ってるということと、その概念を操作して思考ができるということの隔たりは大きい。

こういう内省的な実感を行動分析的にとらえることはできるのかな。そもそも学問の対象外として退けてしまうのだろうか。

これって素朴な疑問だけど、わたしにとっては結構本質的な問題かも。
他者理解について障害のある児童について、オペラント学習によってコミュニケーション上適切な行動の獲得は可能。でも一見「良好なコミュニケーション」が、障害児にとっては場面に対して適切な行動を行うための知識体系の運用の表れであるのなら、それは他者理解を達成したと言えるのだろうか。それとも他者理解自体がそもそも幻想で、我々もオペラント学習によって得た知識の運用を自動処理的に無意識に行っているだけなんだろうか。

教授の退任の影響が色濃く出た試験だった。過去10年遡った限り基礎分野から遍く複数出題・選択回答が続いていたから、用紙が配られて、たった3題しかないのを見て動揺した。
とは言え生物心理や知覚、神経について不勉強なわたしにとっては幸運だったかもしれない。大問一問分全くわからなかったけれど。これについては手持ちの教科書の索引にもキーワードを見つけられないのですっぱり諦める。一問については満足に解答できた。最後の問いがまさかの自由にテーマを設定して解答するといったもので、面食らってしまった。解答したものの、帰って眠って起きた瞬間から設問要求を読み違えたように思えてならない…。願書を相手が読んでいるとは限らないし、願書に書いたことからもやや逸脱したテーマを前提に書くのであればなおさら、解答用紙上にも明記しなければ相手に伝わらないのに。悔いても仕方ないのだけど、どうして2時間もあってそこに思い当たらなかったのか、我慢ならずこだわるのは自尊心が危機に晒されているからであって、試験自体に関わる事ではない。と、思い込む。あと1日の間、平静に過ごさせていただきたい。
そもそも英語で足切られている可能性も大きい。ワハハ。時間足りない。意訳。でもなにを文章から読み取ったかを相手に伝えるには意訳に走らざるを得なかったよ。内部生はすらすら読めたのかな…。ともあれ統計処理についてとかの話じゃなくてよかった。

誰かに話したいけど院試ぼっちなのでここに。こういうの黙って胸にしまっとくのがかっこいいんだろうなーとは思うけど、言語化の行動調整パワーにすがらせて。
今から二次に向けて志望動機のレビューを始めるべきか、秋学期の計画を立てるべきか。
卒論を書いて、単位の残りを拾いながら進学先探して、それに合わせて未修分野を新たに勉強して、、って明らかにキャパシティを超えているから、落ちた場合には留年するか卒業して浪人するか天秤にかける作業が必要になる。ひとまず要請されるのはマニーやね。バイト探しが最優先事項になる。
世間から見たら、
留年→クズ
卒業してフリーター化→クズ
23にもなって未だに学生→クズ
でどのみちクズだわ! という結論に昨晩蚊に刺されなが至ったのでどういう結果になっても落ち着いてGO。

karenuji:
“Book fort.
埋もれたい。
”

karenuji:

Book fort.

埋もれたい。

関係ないけど小説また書きたいな
やりたいことリスト増えまくり

自分の理想を叶えてくれるのは、本当は、科学じゃなくて政治だってこと。

科学が漠然と好きなのは、その手法や論理がそれを扱う人の物の見方の支柱になりうるから。政治学や哲学にそこまで惹かれなかったのは、こちらはそもそも論者の価値観勝負みたいなところがあるから(もちろん歴史的な前提もあるし、データも扱うし、偏見だけど。。)

誰かに働きかけるより先に、自分が納得したいって気持ちが強いんだなぁ。思えば昔っから不満げな顔してた。自分の否とするところを悪とする姿勢は大嫌いなのに、陥りがちだった。いや逆かな?まぁいいや。
もっと勉強して納得して、政治的なところに自分の価値観を引っ提げて帰ってこれたらいいね。

卒論はきっと納得いかねぇ~って顔で取り組むことになるんだろうな。。笑

新年度がはじまった!
時間が巻き戻らないことを痛感するのはもう少し先か。
でも長いこと友人や先輩が離れていくことに絶望してた割には平静無事。目の前のことが自分にもできたからかなぁ。

東京を離れる友人を見送りに行ったら、彼が撮ったわたしの写真をFbに上げ、さよなら東京ぼく出発します~という投稿をしたために、自分の写真に各方面からいいねやコメントがつきまくるという嬉し恥ずかしい状況に。
交通の便の悪い地での就職かつ、辞めない限り戻ってこないらしいので、うまくいくよう願いつつも寂しい気持ち。うんと成功して独立して戻ってきてほしいな。

わたしも人に胸を張って会えるように1年間頑張りたい。安心させたい。守ってあげたい。体力ほしい。

春が死んでしまった
みたいに寒い
spring is dead.

春が死んでしまった

みたいに寒い
spring is dead.

比べるのは、「昨日のわが子」。これを忘れないために。

「Appleになれない日本のメーカーはダメ」とか、「北欧並の社会保障がない日本はクソ」といった主張を耳にするたび、苦笑しながら自戒する。同じ愚を犯していないだろうかと自問する。近所で/クラスで/学年で、一番デキる子と比べ、「○○ちゃんを見習って…」と子どもを責める馬鹿親にならないために。

  転職の自由はアメリカと比較され、
  仕事を休む自由はドイツと比較される。

  社会保障の充実はスウェーデンと比較され、
  バカンスの充実(と長さ)はフランスと比較される。

  国内総生産は中国と比較され、
  国民総幸福はブータンと比較される。

  イイとこと見たらアラも目立つ。
  にもかかわらず、己が主張をオっ立てて、
  「○○と比べて日本はダメだ」を連呼する。

日本のスーパーのトマトは、「桃太郎」と「プチトマト」しかないという。イタリアは何十種類もトマトがある。だから日本の食は貧しいと嘆く話がある。もう分かるね、どこが可笑しいか。

  「○○ちゃんを見習って算数を勉強なさい!」
  「スイミングスクールは△△ちゃんを目標に!」
  「□□さんボランティアで表彰されたんだって!」

なんてワメくバカ親といっしょ。他人と比較して、子どものダメ出しを正当化する。否定により優位に立とうとする。この態度、詭弁術としては正しいが、見習って欲しくない。子どもは、親の言うことなんて聞かないが、親の真似は恐ろしいほど上手い。うっかりすると、真似される。

というか、その会社の社員の扱いのクソ具合を知ってるか? その国の強盗の発生率を知ってるか? 日本を叩くためにiPhoneと北欧の社会保障「だけ」持ち出す人は、そんな馬鹿親に育てられたんだと考えることにしようそうしよう。

いっぽうホッとしてもいる。そんな馬鹿親に育てられたにもかかわらず、「○○と比べてダメな自分」に気づいてないから。もし気づいてしまったら、恥ずかしさのあまり自壊しかねないから。

大事なことなので、もう一度。比べるのは、「昨日のわが子」。

2012.07.01 書籍・雑誌 |