はかな過ぎる青春だった。 1935年12月18日、栃木県の刑務所で24歳の女性が獄死した。女性の労働環境を改善しようと声を上げ、治安維持法違反で逮捕された社会運動家の飯島喜美(11~35年)。独房に残された化粧道具に「闘争/死」と覚悟が刻まれていた。 2025年3月、喜美にまつわる電報や裁判所資料の原本が親類宅にあると分かった。約40点の資料からは喜美の勾留期限を度々延長し、獄死に関わる不都合を隠そうとする国家の非情さがうかがえる。不屈の魂を伝え継ぐ映画化の計画も動き出し、断たれた青春に再び、命が吹き込まれようとしている。 大川原化工機事件に「怒り心頭」 「重大な人権侵害を心よりおわび申し上げます」 25年8月、警視庁公安部による化学機械メーカー「大川原化工機」への冤罪(えんざい)事件で、警視庁と東京地検の幹部らが墓前にひざまずいた。眠るのは、被告の立場で亡くなった同社元顧問の男性。勾留中

