作家らしい悪筆で、冒頭にそう記されている。大崎善生が2022年5月に94個の癌細胞を摘出した後に、大学ノートに残したメモだ。手術は12時間に及び、甲状腺、声帯、食道を摘出した。それでもまだ喉にどうしても切れない箇所があり、胸部、腹部への転移も見つかった。 大崎は自分の命はもってあと2~3週間ほどだと確信していたようだ。 「死んでも別にいいや」 と思っていたと記されている。死に対する恐怖は少しもなく、心は不思議なほど静まり返っていたそうだ。妻の和がその様子を見て感心し、「怖くないの?」と聞くと「人事異動みたいなもんさ」と答えた。 その頃、夢にある人物がしきりに出てきたという。 《そこで私は不思議な夢を見た。 激しい交通量の東京の幹線道路の交差点。 そこの真ん中に立つひとりの老人の姿がみえた。 老人は白い棒をテキパキと振り行き交う車に指示を出している。 「はい。あんたはこっち。あんたはそっち」

