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internetに関するkasedacのブックマーク (4)

  • インターネットは我々である:2015年のクルートレイン宣言

    yomoyomo yomoyomo 雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。 Web 2.0! ……と2015年になってこの言葉を持ち出しても、何を今さらという感じでしょうか。提唱者のティム・オライリーも、この言葉を冠したカンファレンスを2011年を最後に打ち止めにしているくらいですが、この言葉が表現していた、プラットフォームとしてのウェブが実現する個人のエンパワーメント、情報の送信側と受信側の垣根がなくなる双方向型、参加型なメディアの実現といった話に何の意味もなかったわけではありません。 例えば、この言葉が言われた当時からジョエル・スポルス

    インターネットは我々である:2015年のクルートレイン宣言
  • Post by @youkoseki

    yomoyomoさんの「もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて」、面白かったですね。90年代からインターネットを利用している人であれば、最近はインターネットも変わってしまったな、と感じることがあるはずで、その是非については、文中にもあるように様々な議論がなされてきました。 あの頃のインターネットが大好きで、いまインターネット研究者をしている身としては、今日に至る変化を複雑に受け止めていますが、一方でなぜこうなったのか考えてみるのはなかなか面白いのではないでしょうか。

    Post by @youkoseki
    kasedac
    kasedac 2016/08/25
    ref.もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて : https://wirelesswire.jp/2016/08/55823/
  • もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて

    もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて This is Not the End of the Open Web 2016.08.22 Updated by yomoyomo on August 22, 2016, 10:31 am JST すっかり旧聞に属しますが、Internet Archive が主催し、これからのウェブのあり方を議論するイベント Decentralized Web Summit が6月に開かれました。 このサミットには "Locking the Web Open" というサブタイトルが付いていますが、逆に言えば、主催者には現在のウェブはオープンではないという認識があるわけです。それにいたる流れを少し辿りたいと思います。 そもそも Open Web(オープンウェブ、開かれたウェブ)という言葉が特に言及されるようになったのは、2010年だったと記憶します。その背景の

    もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて
  • 『<インターネット>の次にくるもの』不可避な未来をどう受け入れるべきか 解説 by 服部桂 - HONZ

    ニューヨーク・タイムズはAP通信社に続いて、6月1日からインターネットの表記について、「Internet」を「internet」に変えると宣言した。ただ単に、最初の文字を大文字から小文字に変えるという話だが、つまりこれはインターネットが人名や会社名などを指す固有名詞ではなく、一般名詞になったということを公式に認めたことになる。APの編集者トーマス・ケント氏も「われわれの見解では、いまではそれは電気や電話のようにまったく一般的なものだから」とその理由を述べている。日語では文字の大きさで名詞の種類を区別はしないが、インターネットがあまりに当たり前の存在になってきたので、いまでは「ネット」と縮めた表記が頻繁に使われて、それで話が通じるようになってきた。 インターネットが一般紙に最初に大きく取り上げられたのは、1988年の11月2日に「インターネット・ワーム」事件が起きたときだった。コーネル大学

    『<インターネット>の次にくるもの』不可避な未来をどう受け入れるべきか 解説 by 服部桂 - HONZ
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