私は星をわりかし貰う中堅どころのブクマカですけど、自分より面白くないブコメを書く奴は見下してます。 トップブクマカーはさすがにブコメの質が高いので一目置いてますけど、つまらないブコメを書いた奴は一発で見下しますね。 IDも覚えて、非表示にするか非表示にしなくても見かけたら「こいつはつまらないブコメを書く奴だったな」と認識しています。
今日の記事は完全にグチである。 ほんとはGW総括とかしようと思ってたんだけど(相当充実のGWでした)、まずこっちを書かないと感情が目詰まりしちゃってどうもすっきり向かえない。 こんなのいちいち相手にするなんてくだらんし自分狭量だなーと思ったりするんだけど、モヤモヤが消えないんだから仕方がない。 まあそんな時期もあるわけですよ、人間なのでね。 リアルにいる「マウンティング男子」 「マウンティング」なんて言葉がはてな界隈を席巻したのはいつだったろう。 どんな話だったかなんて全く覚えていないんだけど、この「マウンティング」という表現だけはしっかり記憶に残っている。 要は「常に相手より上に立とうとする行為」のことで、こういうことをする女性のことを「マウンティング女子」と呼び、一時期ネット上でよく見る単語となっていた。 でも、どうやら女性に特化した性質ではないらしい。 私の属する集団、そのいずれにも
面白い増田書いたあとに一覧確認するもトラバ0のまま 今回は受けなかったのかな?と思っているとホッテントリ入 見てみると自己顕示欲丸出しの薄ら寒いはてブの数々 はてブされてもこっちは気づけないのでトラバにして欲しい
はじめに この件については「触れたら負け」感がするのでちょっと書くのをためらいました。 でもここは「沈黙はOKのしるし」とされるお国柄ですし、Twitterにぽろぽろ書くだけでは流れていってしまうので、やっぱし嫌だと思ったことは嫌だということを示し残しておくために、書いておこうと思います。 何がって?そりゃ「女の子はバカでいい」こと秋元康の書いた「アインシュタインよりディアナ・アグロン」の歌詞の件ですよ。 girlschannel.net でも「秋元康が女の子をバカにしてて、バカにしつつも金儲けの道具にしてる」のは今に始まったことではありませんし、そういう話は前にさんざん書いたので今日は「秋元とアイドルががどうこう」って話は書きません。(↓欲しかったらこっち読んでください) ninicosachico.hatenablog.com 代わりにどうやって今の気持ちを表現しようかなぁと考えました
前回のエントリの続きです。 夫を動物や「大きな子供」に例えることに感じるモヤモヤ ブックマークコメントの中で夫を動物に例えることに抵抗があるという声があったり、「大きな子供とみなせばいいのよ」という年長の方の助言にモヤモヤを感じたというエントリ(「大きな子供がいると思って…」って、わたしは子供と結婚した覚えはないのです - ワーキングマザーは夢をみる)を拝読したりして色々と考えたことを。 前回のエントリで私は、相手を何かに見なすことで意識するのが難しかった自他の境界線を明確に意識することができるようになったのではないか、と書きました。夫をチンパンジーだ、と思うことで家事や育児に穴があっても、ゴロゴロしていてもまぁしょうがないか…と諦めがつくという種類のライフハックなのだろう、とは思います。ブクマコメントにもあったような、本来人間であるはずの配偶者を動物として心理的には見下す形になってしまっ
こちらキモくて金のないおばさんですけど、(金がない事には確かに困ってるが)男と違って家庭を得られない事は別に困ってないから助けてって言う必要無いのよね。 地域格差もあるのだろうけど、少なくとも都心部では「フェミの人」のおかげで、既に結婚しなくても自分一人稼いでれば生きていける世の中になったから。 昔と違ってブスがお似合いのクズと結婚して殴られ浮気され罵られながらどこにも行けず子供抱えて家にこもってるしか道がない時代ではもうないから。 ある意味、キモくて金のないおばさんが不幸な結婚から解放された結果として、キモくて金のないおっさんが不幸を抱える事になったと言えるのかもしれない。 でもキモくて金のないおばさんは昭和みたいな不幸な時代に帰るのはもうまっぴらごめんなので、キモくて金のないおじ樣方には、VR技術とかメイドロボ等の疑似伴侶を得られる技術の進歩によって幸せを取り戻して頂きたく存じます。
先日、「 最低賃金1500円を要求する人たちが勘違いしていること。 」という記事で「弱者救済には最低賃金の上昇ではなく失業保険や生活保護など社会保障の強化で対応すべき」と書いたところ、5000件のシェアを超えて多数の方に読まれましたが、デモの主催団体であるエキタスから反論を頂きました。 「所得を上げるには経済成長をすれば良い、という当たり前の結論しか出てこない。」って書いてあるけど、内部留保はガンガン増えてて、それが再分配されず、ブタ積みになってることは知ってるのかな?自民党ですら問題視してることだけど‥。 あとはこの記事は「最低賃金引き上げは雇用の悪化をもたらす」っていう典型的な都市伝説を垂れ流してるだけ。もうそれっていろんな学者が否定してるし、ドイツやアメリカの例でもそんなことにはなってない。 @valuefp あなた、最低賃金上げろデモが中小企業支援も主張してること知らないでしょ?
正確には、安全地帯からウンコ投げてるだけで、何かした気になっている非生産的なお猿さん。 たしかに、君達はウンコしか投げることが出来ない類人猿だ。 世界は今のところ、君達のような猿であろうとも人のふりをするかぎり受け入れてる。 だが、君達の最近のソレはどうだ。 以前の君達は、人のフリをした猿だと自覚していた。 これはウンコではない。ウンコではない。 世の中を平和にするための、俺達しか知らない。人よりもすぐれた だから投げていい。私達には正当性がある。だからこれはウンコではない。 縄張りを荒された猿が、他人を威嚇するように、ぎゃーぎゃーと騒いでいたではないか。 猿ではないと必死にもがく姿。種の間にそびえる絶対的な壁をキーキーと物悲しくノックするその惨めな姿 我ら人という種は、その姿に憐れみと同情を抱いた。 だからはてなブックマーカーという、ウンコを投げる人のふりした類人猿を受け入れていたのであ
僕は結城浩さんのことが好きなんだなぁ。彼の書いた「文章を書く心がけ」は自分が執筆をするときにも何度もお世話になった。彼の日記などに時々かいま見える「読者によりよいものを届けよう」という真摯な態度には好感を感じる。以前の僕は宗教と名の付くものが全て嫌いだったのだが、敬虔なクリスチャンである彼の日記を読んでいるうちに、その嫌悪感が軽減した。結局のところ、どんな集団にもいい人もいればわるい人もいるということなんだ。 では、わるい人に対してどう対処するのがよいのか。1601年生まれの哲学者バルタザール・グラシアンはこう言っている。 人の中傷は無視せよ。黙殺で答えることが賢明だ。身の潔白を明かそうとしてペンの力に訴えてはいけない。書かれたものはいつまでも残るから敵を懲らしめるどころかその名を留める手助けをしている。忘却に勝る復讐はない。 なるほどね。400年も経つけども、人間の社会はあんまり変わって
Creating the possibilities of humans and society, Like sports. CEO Dai Tamesue 人間と社会の可能性を拓く、 スポーツのように。 タイムというはっきりとした結果が出る競技を追求しながら、人間の限界はどこにあるのだろうかと考え続けてきました。伸び悩んだり、重圧に苦しんだりする中で、限界は自分自身の思い込みが作っているのではないかと、そう思うようになりました。 社会を見渡せばそんな出来事が溢れています。思い込みによって制約がかかり可能性が狭まっている。自分がスポーツと向き合ってきた方法が、人間と社会の可能性を拓く上で活かせるのではないかと思い、会社を始めました。 私は「スポーツとは身体と環境の間で遊ぶこと」だと定義しています。遊びには計画も、義務もありません。面白いから行われる自由な活動です。そんな「遊ぶ」という感覚が
ファッション雑誌『VERY』(光文社)が4年前に子育て中の母親が名刺を愛用する動きを取り上げ、販売サイトを立ち上げたことが、近年のブームの一因となっている「ママ名刺」。自分の名前と子供の名前、電話番号やメールアドレスなどの連絡先、ちょっとした趣味などを入れるのが一般的だったが、最近ではSNSの連絡先を載せる人も増加しているという。 そうした話を聞くと非常に便利なツールに思えるが、そこには思いがけないトラブルも潜んでいる。愛知県に住む主婦のAさん(42才)は名刺交換を巡って、子供の習い事先から注意を受けた。 「小学生の娘がバレエを習い始めたので、教室のママたちに名刺を配ったんです。そのなかにお迎えのタイミングが合わなくて渡せないママがいました。なかなか私たちともおしゃべりする機会もなかったので仲よくならなかったし、そのまま渡していなかったんです。そしたら誰かがその家のお嬢さんに名刺を見せたら
安倍晋三首相は20日夜のBSフジの報道番組で、戦後70年の節目に出す「安倍談話」をめぐり、戦後50年の「村山談話」などにある「植民地支配と侵略」「心からのおわび」などの文言を使うかどうかについて、「同じことを入れるのであれば談話を出す必要はない」と述べた。 番組は生放送で、約50分間出演した。首相は村山談話や戦後60年の「小泉談話」について、「村山総理は村山総理として語られ、閣議決定した。小泉総理の時には村山総理の談話を下敷きにしているという感じはある」とした上で、「(同じものを出すなら)名前だけ書き換えればいいだけの話になる」と語った。 また、「(村山、小泉両談話の)基本的な考え方を継いでいくということはもう申し上げている」と言及。「引き継いでいくと言っている以上、これをもう一度書く必要はないだろうと思う」と強調した。 中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)については、「まずし
4月と言えば、入園式・入学式。子どもたちはもちろん、ママたちにとっても新しい出会いの季節です。そんな初めて会うママ同士のコミュニケーションに新しい形が登場してきていると言います。それは「ママ名刺」の交換です。 「ママ名刺」とは、子どもと自分の氏名、住所、電話番号、メールアドレスなどが記載された名刺のこと。中には子どもの写真やパパの職業といった個人情報を書き入れることもあるそうです。その起源は女性誌「VERY」とされています。 フォトエースサンプルより www.prophoto-ace.com本記事では、「ママ名刺」が普及した理由、つくり方、ママ名刺が浮き彫りにする「ママのマウンティング」について、調べました。 連絡先交換の時短化に一役子どもを送迎する時のママたちは、バタバタです。立ち話もほどほどに、出勤したり、家に戻って家事をしなくてはいけません。そんな時に「ママ名刺」は短時間で連絡先を交
※ 発言は個人の感想であり全く汎用性のない記事です。主語は最小です。「あっこれ自分には関係ない」と思ったらそっ閉じを推奨します。 Twitterでつらつら呟いていたら物珍しがられたので、まとめを書きます。 わたしはかなりの察してちゃんです。面倒くささにはちょっと自信があります。わたしの思っていることを察してほしいと頻繁に思っている部類の人間です。 ですが「察してほしい」とは「わたしの頭の中にある正解を言い当ててほしい」という意味ではありません。何か具体的に頼みごとがあるならその通り言います。わたしが「察してほしい」と思う時に求めていることは「一生懸命労力を使ってわたしの考えていることを察するべく努力してほしい」というものです。その結果としてどんなにとんちんかんな結論を出したとしても構いません。一生懸命わたしのために労力をつかってくれたという事態そのものを喜びます。結果ではなく、過程を求めて
自分が知ってる範囲だけで言うと、 嫌儲>増田=>Twitter(頭良さそうな感じ気取ってる層)>ニュー速>>>>なんJ>ニュー速+>>>ニュー速VIP>配信関係(ニコ生ツイキャス以外)>>ニコ生(非馴れ合い)>>>ニコニコ動画≒2chまとめブログ>>Twitter(一般馴れ合い)>ニコ生(馴れ合い) こんな感じの印象。 ヒエラルキーと言っても上に位置するから偉いとかそんな大層なものじゃなくて、基本的にはサブカル厨みたいに選民意識とか見下したい意識が強いものが上に立つようなそんなしょーもない系の奴です。 しかしコミュニティによってはこのヒエラルキーに大きな意味を見出しているようで、 特にこのヒエラルキーに固執する2chなんかではそれはもうクラス内のキョロ充ランクの仲良しグループの一人がオタクグループの一人と会話したらそれだけで仲間中からかわれてしまうようなそういう雰囲気で、 ニコ生なんかの場
「NEWSポストセブン」恒例の直木賞作家・石田衣良氏の年頭インタビューをお届けする。2014年、日本人はわかりやすい物語に振り回された。(取材・文=フリーライター・神田憲行) * * * 去年1年間のニュースを見ていて感じるのは、今の日本人がベタなわかりやすい物語を惹きつけられやすいということです。 ゴーラストライター疑惑の佐村河内問題もSTAP細胞騒動も、根は一緒だと思いません? みんなが受け入れやすいベタなストーリーを作って押し出されると、欺されたい気持ちがずっとあるんですよね。アベノミクスだって、そのベタなストーリー提供が巧かったんだなと気がする。ベッタベタなものがいま来ているな。 僕が仕事をしている小説の世界でも最近、嘘くさいなと感じます。物語の中心が道徳の話なんですよね。国のために死ぬとか、親子の情とか、警察ものでも銀行ものでも、組織の中で正義を貫くみたいな話じゃないですか。反道
世紀の万能細胞が事実か創作かを検証する時や、トラックバック先の文章が嘘か本当かを吟味する場合には、真贋の問題は重要です。検証や吟味が主旨の記事で、ネタかマジかを識別してジャッジを下す際、ネタかマジかを間違えたらみっともないですよね。 でも、私の書いたこちらの記事の論旨・主張って、ジャッジでしたっけ? タイトルを見れば、まあ、そうなっているとも言えますが、私の記事で言いたかった事っていうのは後半パートです。そのための枕として前半パートが必要とされている。ついでにアフィリエイト貼りまくってスッカラカンなブログ記事への嫌悪感も表明したかったので、それも少し混ぜました。どちらにせよ、前半パートは「噛ませ犬」を打擲するものでしかない*1。 「噛ませ犬記事」の真贋なんて、どうでもいいんじゃないの? - シロクマの屑籠 私の主旨は、「前半でこれだから後半はお察し下さい」なんですよね。 だって、 シロクマ
ライフハックネタの上での「グローバルエリートwwwww」と、実際の人間は違うよという当たり前の話。 - 深淵 誰か、こういう事をはてなブックマーク上じゃなくてブログ記事で書いてくる人がいないかなーとほんのり待っていましたが、そうですか、houyhnhmさんでしたか……。 ネタか、マジか。 事実か。創作か。 世紀の万能細胞が事実か創作かを検証する時や、トラックバック先の文章が嘘か本当かを吟味する場合には、真贋の問題は重要です。検証や吟味が主旨の記事で、ネタかマジかを識別してジャッジを下す際、ネタかマジかを間違えたらみっともないですよね。 でも、私の書いたこちらの記事の論旨・主張って、ジャッジでしたっけ? タイトルを見れば、まあ、そうなっているとも言えますが、私の記事で言いたかった事っていうのは後半パートです。そのための枕として前半パートが必要とされている。ついでにアフィリエイト貼りまくってス
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