このnoteは、 UIが「分かりやすく」「親切」になるほど、 誰が判断し、誰が責任を持っているのかが見えなくなる という話です。 UIの使いづらさを責める話でも、 デザイナーの倫理を説く話でもありません。 UIが判断を引き受けすぎることで、 責任の所在が消えてしまう構造について書きます。 「問題はないはずなのに、不安になるUI」操作はできる。 エラーも出ない。 仕様どおりに動いている。 それなのに、 「これ、本当に自分で決めたんだっけ?」 「もし間違っていたら、誰の判断になるんだろう?」 そんな不安だけが残るUIがあります。 UIとしては成功している。 でも、使ったあとに判断の手応えがない。 この違和感、覚えはないでしょうか。 UIは、判断を“肩代わり”する多くのUIは、とても親切です。 ・おすすめを提示する ・最適解を自動で選ぶ ・迷わないように導く これはユーザー体験として、正しい。

