元PRIDE選手「度を超えてる」 ブレイキングダウンの解説辞任を報告「さすがに看過できない」
“伝説のボクサー”渡辺二郎とは何者だったのか? 現役引退後5度の逮捕、そして“永久追放”……。一方で、日本人として初めて海外で防衛するなど、通算10度の世界王座防衛を遂げた。天才ボクサー、波乱の人生とは。【NumberWebノンフィクション全3回の前編/中編、後編も公開中】 ◆◆◆ 井上尚弥に代表される現在の日本人世界王者が、海外で世界王座の防衛戦を行うことはさして珍しくなくなった。彼らのネームバリューが海外と日本国内の壁を無実化させたことが大きいのは間違いないが、過去、日本人ボクサーは海外で勝てず、白井義男が日本人で初めて世界王座を奪取してから、数えて32年目の1985年まで日本人ボクサーの海外王座防衛は実現しなかった。 日本人として海外で世界王座を防衛した初めての存在は渡辺二郎である。関西のジムで初めての世界王者に輝き、通算10度の世界王座防衛を成し遂げた彼は、1985年のスポーツ界に
KO負け選手90日の間隔厳守へ JBCに規定変更を要請 拡大 試合後に開頭手術を受けたボクサー2人の死去を受け、ジム会長で構成する日本プロボクシング協会が20日、東京都内で臨時理事会を開き、KOかTKO負けした選手は次戦まで必ず90日の間隔を空けることを決めた。日本ボクシングコミッション(JBC)に規定変更を要請する。 JBCの現行規定では、KO、TKO負けの選手は次戦まで「原則、試合終了の翌日から90日を経過」としているが、JBCの医師の診断を受け、許可があれば60日で出場可能となる。日本プロ協会は、この項目の廃止とダメージが大きな選手には勝敗にかかわらず90日の間隔を適用するよう求める。 続きを見る
ボクシング漫画「あしたのジョー」の人気キャラクター、力石徹のモデルとなった空手家の山崎照朝(やまざき・てるとも)さんが22日午後7時19分、胆管がん合併症のため東京都文京区の病院で死去した。77歳。山梨県出身。葬儀・告別式は26日午前9時半から埼玉県越谷市増林3989の1、越谷市斎場で。喪主は妻、せつ子(せつこ)さん。 空手やキックボクシングで活躍。精悍な容姿で、あしたのジョーで主人公のライバル、力石のモデルになったことで知られる。華麗な回し蹴りを得意とし、1969年に極真会館が実施した全日本空手道選手権の初代王者に輝いた。女子プロレスのクラッシュ・ギャルズを指導したことでも知られる。格闘技記者としても長く活動を続けた。
総合格闘技団体『RIZIN』とユニークCMの雄『にしたんクリニック』が司法の場で繰り広げた戦いは『にしたんクリニック』側に軍配が上がった。 「えっ、メイウェザーの試合でうちのロゴが出せない!?」 リングサイド席に座った『にしたんクリニック』(エクスコムグローバル株式会社)代表の西村誠司氏(54)は、耳を疑った。 ’22年9月25日、さいたまスーパーアリーナで開催された総合格闘技イベント「超RIZIN」のメインイベント、フロイド・メイウェザー・ジュニア(48)対朝倉未来(みくる・32)戦。西村氏が運営する『にしたんクリニック』は協賛金4400万円を支払い、レフェリーシャツの胸と背中にロゴを掲出するハズだった。 しかし、リングサイドの席に着いた西村氏がRIZIN(運営会社:ドリームファクトリーワールドワイド、以下『RIZIN』)の担当者から告げられたのは、「メイウェザー側の意向でレフェリーの胸
プロボクシングの元世界ヘビー級チャンピオンで、数々の名勝負を繰り広げたジョージ・フォアマンさんが21日、亡くなりました。76歳でした。 ジョージ・フォアマンさんは1949年、アメリカ南部テキサス州…
テレビっ子のライター“てれびのスキマ“が、昨日観た番組を記録する連載「きのうのテレビ」。バラエティやドキュメントの中で起こった名場面、名言、貴重な会話の数々を書き留めます。2020年から毎日欠かさず更新中。 『クレイジージャーニー』(6月5日放送) 特別編として、松本人志の盟友にしてキックボクシング界のレジェンドで51歳になった今も現役をつづけるカリスマ・立嶋篤史を特集。 32年前に高校生でデビューし全日本チャンピオンに輝き、当時のキック界では異例の1000万円プレイヤーになった立嶋。彼は『ガキ使』の大ファンで何度かフリートークを観に来ていたそうで、1994年ころから松本も立嶋の試合を観に行くなど交流があったそう。松本は立嶋を「だいぶ偏屈よ」と表現する。 立嶋のジムは、そのキャラクターのイメージを裏切らない昭和感あふれる佇まい。線路の真横にあり、彼の小さな声はかき消されてしまう。「僕、クレ
「大食い魔女」菅原初代さん死去、59歳 「3月9日深夜、菅原初代は永眠いたしました」
K-1の会場で配布されたチラシの記事に、「武尊選手と対談相手のスポンサー社長が延々と同じ発言を繰り返すミスがあった」と、Twitterで話題です。指摘を受けて、K-1の運営は公式サイトで謝罪しました。 武尊選手が「武尊さんとの対談を通して〜」と、ひとごとのように(画像提供:小澤剣人さん) チラシは12月3日にエディオンアリーナ大阪で開催された、「K-1 WORLD GP 2022 JAPAN〜初代バンタム級王座決定トーナメント〜」で配布されたもので、K-1を運営するM-1スポーツメディアとスポンサー契約を結んでいるファーストパートナーズによる資料でした。 その内容は同社の代表取締役を務める中尾剛さんと、武尊選手の対談記事なのですが、制作時にミスがあった様子。武尊選手も中尾さんも、「顧客としっかりと向き合いながら〜」「何か他になろうと思っていた職業はありますか?」ずっと同じ会話をループしてい
還暦間近にして、これだけの食べっぷりを見せる人間が、かつていただろうか。 魔女菅原こと菅原初代(58)。 2008年から『元祖!大食い王決定戦』で女王戦3連覇を成し遂げて殿堂入りを果たした彼女は、近年では『水曜日のダウンタウン』などのバラエティ番組に登場。15年前と変わらない食べっぷりを披露し、当時の大食いファンはもちろん、若い世代にも注目されている。 ADVERTISEMENT 現在、岩手県・盛岡市内で手作りのパン店「カンパーニュ」を営む菅原。一時はテレビ番組から遠ざかっていた彼女が『水曜日のダウンタウン』に出演し始めたのは、パン店をオープンした2016年のことだ。 「『水曜日のダウンタウン』は、まず企画が面白い。一見バカバカしいようなことを本気でやるっていうのが好きなんですよ。それに、この面白さを成立させるために、スタッフの人たちは、裏でものすごく努力してるんです。たとえば、曲に合わせ
THE MATCH2022の放送を予定していたフジテレビが『放送しない』となって業界騒然の騒ぎで実行委員会のRIZIN榊原さん、RISE伊藤さん、K-1中村プロデューサーと三者揃って記者会見を開いておりました。フジテレビの放送の向き合いは榊原さんのようで主に榊原さんが説明して質疑応答に応じておりました。三団体による実行委員会形式とはいえRISEとK-1は貰い事故感は否めず、記者会見にいる意味はあるのだけれどいるだけになっていて知らない仲ではないだけに災難だなと思うと共に中村プロデューサーが格闘技ライターとして取材をしてくれていた時代を知る僕としては出世したなと思って眺めておりました。元々は女子格闘技の取材に熱心なことで名を馳せる熊久保さんの弟子ですからね。 榊原さんのお気持ち表明的な何も言っていない会見ではあったのですが、感情に任せていつもに増しての榊原節で見ているこちらがハラハラしてしま
キックボクシングの“神童”RISEの那須川天心とK-1の絶対的エース・武尊の“世紀の一戦”が行われる6月19日の「THE MATCH 2022」(東京ドーム)について、地上波での放送を予定していたフジテレビが放送を見送ることが31日、決まった。当事者の天心、武尊から怒りとも落胆ともつかぬ声が漏れる中で、格闘技界からは様々な声が上がっている。 キックボクシングの“神童”RISEの那須川天心とK-1の絶対的エース・武尊の“世紀の一戦”が行われる6月19日の「THE MATCH 2022」(東京ドーム)について、地上波での放送を予定していたフジテレビが放送を見送ることが31日、決まった。当事者の天心、武尊から怒りとも落胆ともつかぬ声が漏れる中で、格闘技界からは様々な声が上がっている。 フジテレビは「6月19日(日)の『THE MATCH 2022』は、主催者側との契約に至らず、フジテレビで放送し
〈私はPRIDEと呼ばれる日本で最も有名なMMAイベントに参戦していたことを誇りに思っている元総合格闘家のイゴール・ボブチャンチンです。’98年から8年間、2ヵ月ごとに日本に行って闘いました。対戦相手は世界中の偉大な戦士たち。熱狂的な応援で私の勝利への意欲を高めてくださった日本の観客とファンのことは決して忘れません〉 ボブチャンチン(左端)は激戦地のハルキウに留まり、日々、市民や軍や病院などに救援物資を届けている 丸太のような腕を振り回すパワフルな戦いぶりで『北の最終兵器』と恐れられたボブチャンチン(48)はいま、ハルキウにいるという。ロシアのウクライナ侵攻後、日本でのエージェントだった川?浩市氏が連絡を取るも自宅、ジムとも不通。”オバチャンチン”の異名で親しまれていた名物通訳の娘・オルガさんを通じて、ようやくボブチャンチンの無事が確認された。川﨑氏が言う。 「オルガは首都・キーウで志願兵
多くの名選手を育てた木口宣昭会長(木口道場)が、9月12日に亡くなっていたことが29日(水)にNPO全国少年少女レスリング連盟の公式HPにて発表された。76歳だった。 同HPでは「国内の少年少女レスリングの黎明期から、普及、発展、そしてアメリカの少年レスリングとの交流など、永年にわたりご尽力を賜りました、木口宣昭氏が令和3年9月12日、享年76歳にて永眠されました。ご葬儀はご親族だけで営まれ、すでに納骨も終わられたとのことです」と伝えている。 木口会長は1944年11月8日生まれ。大学時代からレスリングを始め、1962年全日本学生選手権グレコローマンスタイル57kg級優勝、1969年世界選手権グレコローマンスタイル62kg級5位入賞、同年全米選手権大会グレコローマンスタイル62kg級優勝およびフリースタイル62kg級3位入賞などの実績を持ち、全米レスリング殿堂・優勝者刻印の栄誉を受けた。
◆東京五輪 ボクシング 女子フェザー級決勝(3日、両国国技館) ボクシングの女子が採用されて3大会目。新階級のフェザー級で入江が金、フライ級の並木も銅メダル以上を確定させた。躍進の要因を複数の日本連盟関係者に聞くと、18年の不正発覚で前会長の山根明氏が辞任したことで「前会長の“呪縛”から解放されたことが大きい」と口をそろえる。 前会長の意向で五輪強化費の配分は男子にほとんどが注がれ、「女子はオマケみたいだった」という。有望選手がいながら12年ロンドン、16年リオと五輪に選手を派遣できなかった。「将来が見えない」とアマチュアボクシングから身を引く選手も少なくなかった。 18年の新体制移行後は、前体制のガバナンスを問題視され、日本オリンピック委員会(JOC)からの交付金がストップ。現在は復帰したが、関係者は「当時はとても東京五輪に向けて強化できないとお先真っ暗だった」と話す。 新体制では強化費
【追悼】ジョシュ・バーネットがセンティアンノーイ氏、三浦建太郎氏を追悼「あなたは自分の炎の一部を与えてくれた。私たちはそれを燃やし続け、他の人たちにも伝え続ける」 2021年5月16日、ムエタイの伝説センティアンノーイ・ソールンロー氏が死去した。54歳だった。ムエタイの最高峰ラジャダムナン、ルンピニーの両スタジアムで王座を獲得し、国内外の強豪と戦った同氏は、引退後にジムを開設。日本からも多くのファイターがトレーニングに訪れている。 勝利後に相手にキスをすることから“殺しのキッス”の異名をもつセンティアンノーイ氏の悲報に、国内外から多くの追悼のコメントが寄せられている。なかでも、現地で自身が練習後、生徒たちも送り込んでいたジョシュ・バーネットは、SNSに長文の追悼コメントを寄せた。 本誌『ゴング格闘技』では、インタビューの際に、ジョシュが影響を受けた2人のクリエーター、センティアンノーイ氏と
格闘家の現役時代は華やかだ。大観衆の視線を集めてたびたびリングに立つ。だが引退後のキャリアは明確ではない。なぜ多くの格闘家がそのような状況に陥ってしまうのか。自身も現役引退後、1年間は無職を強いられたという大山峻護さんに聞いた――。 次のキャリアを歩み始めるまでに、約1年もの時間を要した いま筆者の目の前には、かつてセカンドキャリアで困難に直面し、人生の荒波に溺れかけた男が座っている。元総合格闘家の大山峻護さん(46)だ。 かつてPRIDEやK-1などのメジャー団体で、ミルコ・クロコップやピーター・アーツなど、当時の格闘技界を彩ったスーパースターたちと拳を合わせてきた大山さんも、2014年12月に現役を引退してから、次のキャリアを歩み始めるまでに、約1年もの時間を要した。 なぜ大山さんは、次のキャリアを歩み始めるまで1年もの時間を要してしまったのだろうか。プロの総合格闘家が、1年間で試合を
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