ISBN: 9784622097846
発売⽇: 2025/10/18
サイズ: 19.4×3.6cm/592p
「東欧の体制転換と新自由主義」 [著]フィリップ・テーア
1989年。この年に東欧の共産主義体制が崩壊したという事実を、教科書で知る世代が多くなった。ソ連の崩壊後に生まれた世代が増えていく中、それは当然なことなのだろう。だが、強調したい。いま、89年ほど、その解釈をめぐって熱い議論が交わされているテーマはないということを。30年以上経ち、あの年がようやく歴史研究の対象になったのだ。
89年はかつて体制転換や民主化などと称されてきた。ヴァウェンサ(ワレサ)やハヴェルらの反体制活動は民主化運動と同義のものと認識され、彼らの89年は民主革命とも形容された。フランス革命勃発からちょうど200年。革命には少なからず情緒的でポジティブな意味が与えられていた。ただ、現在では、「新自由主義化への革命」という、どこかネガティブな視点が定着しつつあり、以後の時代の理解も覆り始めている。
こうした新自由主義論の最先端が本書。原書の表題「旧大陸の新秩序:新自由主義のヨーロッパ史」が示すように、新自由主義の浸透を欧州大陸を覆う新秩序と認識する。著者の他書も含めれば、新自由主義の核心は市場原理主義。市場を最終的な調整メカニズムとみなし、国家介入から解放された市場こそ最も生産的で正しいという前提に立つ。89年以後、中東欧はこの新自由主義の壮大な実験場と化し、自由化・規制緩和・民営化が短期間のうちに急速に推し進められた。80年代の英米で政策化する新自由主義が、89年を機に「正解」とされ、グローバルな覇権を握ることになったという。
本書が一般的な新自由主義論と異なるのは、批判に傾注するのでなく、新自由主義化の国別の相違のほか、都市と地方との間の格差の広がりなど、統計に基づき堅実な実態分析を行った点。ロシアの転換の失敗がプーチン体制を生み、ポーランドやチェコ等は転換による混乱から回復し欧州連合に加入。こうした分岐を民主化でなく新自由主義を軸に論じるのだ。圧巻は、東の新自由主義化は西にも大きく影響したと主張する点。例えば、賃金・福祉を圧縮するドイツの労働改革は東欧の先例を参照した「共転換」であったという。また、リーマン・ショック期の南欧の新自由主義化を東欧化と表現した。
このように、1989年を新自由主義秩序が本格化する転機と捉えると、以後の歴史叙述は大きく変わる。かつて歴史家E・H・カーは「歴史は現在と過去との対話」だと言った。89年から現在までの歴史理解が変わるのなら、それ以前の近現代史記述も相応の再考を迫られるはずだ。
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Philipp Ther 1967年生まれ。歴史家、ウィーン大教授。専門は中東欧近現代史。著書に『国民国家の暗い側面』『アウトサイダー』など。転換史研究センター(ウィーン)のセンター長も務める。