寝起き
深夜1時に起きた。1時のアラームで目が覚めた。初めてだ。
学び学び
「ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則」を読み進めた。クライマックスがどうとかいう話だった。「どんなストーリーでも、結末を成功させる鍵は、観客が望むものを予想しない形で与えることにある――ウィリアム・ゴールドマン」という部分が印象深い。観客が望むものとは例えば深い納得感だろう。「ついに成った」というカタルシス。これがありきたりじゃない、意外な展開で訪れる。感動しそうな気がする。
今日はわりと読めたかなという気がしている。そんなに進んではいないけど「理解を得た」という点においては具合がいいように思う。ただ真新しい発見はなかった。普通はそんなものだろう。
この本もようやく終盤に入ってきた。長かったな、と思う。それだけ得られるものが多かったのかもしれない。新しい概念に触れたり気づきを得たりするための本だから、こんなものと言えばそうなんだろう。贅沢を言えば速読して深く理解したいのだけど、人には限度というものがある。
安上がりは難しい
部屋の湿度が高いほうが空気の質量が高く、つまり比熱が高くて暖房効率がいいと思う。だけど湿度を上げるのにも費用がかかる。手元には加熱式しかなくて電気を食いそうだ。超音波?で霧を作るタイプの加湿器のほうが安上がりではあろうけど、それ自体の値段が高い。八方ほどではないにしても四方くらいはふさがっている感じだ。あまり考えても仕方ないけど。
上がってきた
先日ChatGPTに副交感神経から交感神経に切り替えて前頭葉?の目を覚まさせる方法を教えてもらった。運動するとのことで僕はエクササイズバイクを全力ダッシュする。でもその翌日からそんなことをしなくても思考の問題が起こらなくなった。でもそれ以前に全般的なやる気が出ない。
やろうと思えば小説制作もできるっぽいけど――と、そのことを改めて確認しようと小説制作しはじめたらわりと普通に進められる。日記に書くと面倒が面倒でなくなる現象をしばしば確認していて、今回もそれのような気がする。
地に落ちた
ふと気になって下旬のカードの支払いをチェックしたら1万円足りないことが分かった。仕方ないので母に無心したわけだけど、すでに9万5000円を出してもらっていて母もショックだったようだ。圧迫されるのでつい本音で答えた結果、200万円近いローンがあることを白状してしまった。
これはストレス発散のためのショッピングで使った金だ。当時父はストレスをためていて、夜になると母に向かって怒鳴り散らしていた。その内容には僕への不満も含まれていて、僕としてはストレスが限界に達していた。
その頃のことをよく覚えていないけど包丁を振り回して暴れたり父を殺そうとして襲いかかったりしたような時期だ。そういう意味では死傷者を出さずに解決できているのはまだマシと言える。そういう事情があるので僕としては不可抗力としか言いようがないけど、僕が作った借金であることは事実だし、両親にしてみれば自分たちに原因があるとは、僕がそう訴えても思わないだろう。
そのようないろいろによって現状の精神状態はよろしくない。創作活動などやっていられない。面倒だな。
言い訳
日頃からあれやこれやと金を使っていて、毎月のように無心する僕としては心苦しい。漠然と捉えていると全く僕の不徳のいたすところなんだけど、よくよく見返してみると仕方ない出費ばかりだ。
一言で言えば「仕事をしていないと金がかかる」だ。暇なのだ。暇が苦しい。テレビを見てもつまらないし、Xもそんなに長く楽しんでいられない。Web小説はほとんど好みに合わないし、小説制作できる精神状態は長くない。結局食べるとか、何かを思いついて買うとか。
前提として「暇は苦しい」という理解が必要だ。僕としても精神状態がいいときはぼーっとしていても苦痛でない。幸福感を感じる。だけどそこまで調子がいいことはまずない。そうすると無気力無関心の時間などは苦しくて仕方ない。精神病棟に入院していたときは暇が苦しくて生き地獄を味わい電話口で母に退院させてくれと泣きついたこともある。
手前勝手なことを言うようだけど、僕はかなり耐えている。だましだまし、自分なりの幸せをつかもうと苦労している。そこへ持ってきて責められるとつらい。母や父にしても僕を責めるほかにないんだとは思う。そういう意味でいろいろ仕方ない。僕が苦しむのも両親が苦しむのも仕方ない。運命だったんだ。