中国国有銀行をカモに…7億ドルを踏み倒したインド大富豪の厚顔

インド商人は中国をも手玉に取る

借りた金を返す気など全くない

2020年2月14日、英国・ロンドンの高等法院では7億ドルの債務不履行に対する強制履行を求める中国国有銀行3行による訴訟の聴聞が行われた。

債務者はかつてインドの億万長者であったアニル・アンバニ(Anil Anbani)(以下「アニル」)であったが、彼は原告である債権者の中国国有銀行3行の面前で臆面もなく「現在、自分は無一文だ」と述べて、債務履行の意思はいささかもないと表明したのだった。

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この意表を突いた表明に対して、裁判官のデイヴィッド・ワクスマン(David Waksman)は全く動ずることなく、毅然として「たとえ被告が言うようにその境遇が赤貧洗うが如しであろうとも、6週間以内に1億ドルの供託金を高等法院に納付せねばならない」と命じた。

しかし、この命令を受けたアニルは上訴する意向を示しているのだという。

インド3大財閥出身だが

インドのリライアンス財閥(Reliance Industries Group)は、タタ財閥(Tata Group)、ビルラ財閥(Birla Group)と並ぶインド3大財閥の1つであり、その創業が1958年であることから3大財閥の中では最も若い財閥であると言える。

リライアンス財閥はその創業者であるディルバイ・アンバニ(Dhirubhai Ambani)(以下「ディルバイ」)が1代で築き上げたもので、小さな貿易会社を設立して香辛料取引を行って成功した後に繊維業へ転身し、その後は天然資源開発や石油化学分野へも進出して、インド最大のコングロマリットである リライアンス・インダストリーズ(Reliance Industries Limited、略称:RIL)を創設したのだった。

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1932年12月生まれのディルバイは2002年7月に69歳で亡くなったが、同年3月に米経済誌「フォーブス(Forbes)」が発表した『世界長者番付(The World's Billionaires)』には「Ambani, Dhirubhai & family」が純資産:29億ドルで第138位にランク付けされていた。なお、同長者番付にランクされたインド人長者の中では断トツの第1位だった。

骨肉の争いの結果

ディルバイには1954年にアデン(当時は南イエメンの首都)滞在中に結婚した糟糠の妻であるコキラベン(Kokilaben)と2人の息子がいた。彼の後継者となるべき2人の息子とは、長男のムケシュ・アンバニ(Mukesh Anbani:1957年生まれで現在62歳、以下「ムケシュ」)であり、次男のアニル(1959年生まれで現在60歳)であった。

ディルバイは1986年に発作を起こして体に麻痺が残ったことから、日常の業務は2人の息子によって引き継がれていた。ディルバイはそれから16年後の2002年に心臓発作により逝去したが、彼はまだ自分が死ぬことを想定していなかったのか、遺言は一切残されていなかった。

この結果、ディルバイの莫大な遺産を巡って2人の息子が相続を争うことになった。アンバニ家の血肉を分けた兄弟による遺産相続争いは双方が一歩も引かない激しいもので、その状況はインド国内メディアによって大々的に報じられ、大いに国民の注目を集めた。

この骨肉の争いは父親の死から足掛け3年の長きにわたったが、2005年に母親であるコキラベンが裁定を下し、兄弟がそれぞれ遺産の30%を相続する前提で次のように決着したのだった。

【兄のムケシュ】財閥の中核である石油・ガス、石油製品、石油化学を営むRILおよび石油精製のリライアンス・ペトロリウム(Reliance Petroleum)、繊維製品関連などの製造分野

【弟のアニル】財閥にとって新規分野の事業である電話のリライアンス・コミュニケーションズ(Reliance Communications:以下、RCOM)、電力のリライアンス・パワー(Reliance Power)、金融のリライアンス・キャピタル(Reliance Capital)、メディアのリライアンス・エンターテインメント(Reliance Entertainment)などの各種サービス分野

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こうして兄のムケシュがRIL(Reliance Industries Limited)を中核として事業を展開するのに対して、弟のアニルは2006年7月にリライアンスADA グループ(Reliance Anil Dhirubhai Anbani Group)を設立して事業の拡大を図ることになったのであった。 

どう見ても世界的大富豪

上述した「フォーブス」誌発表の『世界長者番付』における彼ら兄弟の番付順位と資産変動の推移を2007年から2019年までの13年間で示すと次の表の通りである。

2019年3月にフォーブス誌が発表した『2019年世界長者番付』によれば、第12位のムケシュがアジア圏の首位であり、第18位でアジア圏第2位のJack Ma(馬雲、中国のIT企業「アリババ」創業者、純資産:418億ドル)や第20位でアジア圏第3位のPany Ma(馬化騰、中国のインターネット企業「テンセント」創業者兼CEO、純資産:363億ドル)を大きく上回っている。

なお、ついでに述べると、『2019年世界長者番付』で上記3人に続くアジア勢には、第23位にHui Ka Yan(許家印、中国の不動産開発企業「恒大集団」創業者、純資産:345億ドル)、第27位にLi Ka-shing (李嘉誠、香港最大の企業集団「長江実業」創業者兼会長、純資産:306億ドル)がいて、第30位には日本の柳井正(カジュアル衣料「ユニクロ」を運営する「ファーストリテイリング」会長兼社長、純資産:248憶ドル)がいた。

さて、父親の莫大な遺産を分割相続したムケシュとアニルの兄弟がフォーブス誌の『世界長者番付』に初登場したのは2007年で、それぞれ第14位と第18位を占めて大いに気を吐き、その後の躍進を期待させた。翌2008年の番付では兄が第5位、弟が第6位と健闘して期待に応えた。

兄のムケシュは2010年に最高位の第4位になったが、その後は低迷期が続き、順位が第40位まで下がったこともあった。しかし、初登場から12年後の2019年には再度躍進を果たして第12位となった。

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なお、インド国籍に限定した順位では、2011年に第2位をなったのを除き、2007年以降2019年まで一貫して首位を守り続けている。

賢兄と愚弟

ムケシュの健闘を証明するかのように、米経済誌「フォーチュン(FORTUNE)」が毎年発表している世界企業番付『フォーチュン・グローバル500(Fortune Global 500)』の2019年版には、ムケシュが率いるRIL (Reliance Industries Limited)が営業収益823億ドルで第106位にランクされていた。

RILが同企業番付に初めて登場したのは2004年で、その順位は第482位であった。RILはその後16年連続で番付に名を連ねているが、この間の最高位は2012年の第99位であった。それにしても16年間で順位を370位以上引き上げたのは、ムシュケの卓越した経営能力のゆえんであると思える。

一方、兄のムケシュとは対照的であったのが弟のアニルである。彼は2007年には世界長者番付の第18位にランクされていたにもかかわらず、その後は事業の失敗によるものか純資産の減少が続き、番付順位を年々下げて、2019年の世界長者番付では遂に1000番の大台から順位を落として1349位となり、インド順位でも「不明」の扱いを受けるまでに落ちぶれたのだった。

アニルの没落を決定付けたのは兄のムケシュとの競争に敗れたことだった。すなわち、インド全土に4G通信ネットワークを構築しようと決断したムケシュは、2016年にRILのテレコム部門の会社として「リライアンスJio(Relince Jio)」を設立し、格安料金による通信サービスの提供を開始した。

このため、弟のアニルが率いるリライアンスADA グループの主力企業である通信企業のRCOMは、リライアンス Jioとの競争に敗れて業績が大きく落ち込み、企業としての存続が困難になった。こうして、RCOMは2019年2月に倒産申請を行い、同年5月にインド会社法審判所が正式にRCOMの再生手続開始を認定したのだった。

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インドでは2016年に従来の倒産法(Sick Industrial Companies Act, 1985)が廃止され、新たに倒産法(Insolvency and Bankruptcy Code, 2016)が制定された。後者は会社の再生手続を試みて成功して再生すれば良し、失敗すれば速やかに清算手続に入るという単純な構図になっている。

名だたる中国国策銀行も喰われました

2019年6月には倒産申請したRCOMの債権者リストが公表されたが、その中には中国の国有銀行が3行も含まれていた。

その3行とは、中国工商銀行(Industrical & Commercial Bank of China Ltd.)、中国国家開発銀行(China Development Bank)、中国進出口銀行(訳:中国輸出入銀行、The Export-Import Bank of China)であり、これら中国国有銀行3行(以下「中銀3行」)の債権総額は約10億ドルに上っていた。

現行のインド倒産法によれば、RCOMは270日以内に債務問題を解決する必要があり、上述したように解決に失敗すれば強制的に清算が行われることになっている。

2012年、上述した中銀3行はファーウェー(華為:Huawei)、ZTE(中興通訊)といった中国製通信機器の販売促進を目的として海外企業への融資を推進していた。

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こうした背景の下で中銀3行は2012年2月に香港でアニルが派遣したRCOMの幹部との間で9.25億ドルの融資契約に調印した。この時、中銀3行はRCOMへの融資にはRCOMの経営者であるアニルの個人保証が付けられたと解釈した。逆に言えば、アニルの個人保証があるからこそ、中銀3行はRCOMに9.25億ドルもの融資を行ったと言える。

「無一文」というがいまだ富豪生活

しかし、RCOMは2018年に債務不履行に陥り、2019年に中銀3行はアニルの個人保証を前提として、英国の高等法院へアニルを融資残の7億ドルの債務不履行で訴えたのだった。

高等法院の聴聞の中でアニルは、香港で融資契約に調印したのは自分が派遣したRCOMの幹部であり、彼には融資契約に調印するための副次的な委任状を与えたものであって、自分の個人保証を付加する権限は与えていないと表明した。そして、さらに加えたのが上述の「現在、自分は無一文である」という表明だった。

この表明を受けて、裁判官のデイヴィド・ワクスマンが無一文だと主張するアニルに対して6週間以内に1億ドルの供託金を納入するよう命じたのはなぜか。

中銀3行の弁護士は聴聞の中で次のように指摘した。即ち、アニルは個人資産の全貌が不透明であり、融資残の返済義務を免れようと個人が貧窮していると主張している。

しかし、アニルは元ボリウッド(Bollywood:インド・ムンバイの映画産業)の映画スターだった妻のティナ(Tina)にプレゼントとして豪華ヨットを購入したり、父親のディルバイから受け継いだ屋上にヘリポートを持つ「Sea Wind」という名の高級マンションの2つの階を占有して居住を続けている。

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これに対し、アニルの弁護士はヨットが別会社の所有物で負の資産であると弁明し、高級マンションはアニル所有ではないが、無償で居住が許されているものだと苦しい釈明に終始しており、その嘘で固めた論理は厚顔無恥そのもので、さすがの裁判官も忍耐の限度を超えて1億ドルの供託金の納付を命じざると得なかったものと思われる。

蛙の面になんとやら

この元インド長者vs.中銀3行の裁判がどのように進展するかは分からないが、インド人は中国人やユダヤ人と同様に商売上手だと言われるが、実は彼ら以上に口達者。論争でおいそれとアニルが負けるとは限らないようにも思える。その根拠は無一文という建前では、どんなにしようとも「無い袖は振れない」からである。

ところで、2018年5月に弟のアニルは通信機器製造企業である「エリクソンAB・インド」との訴訟沙汰に直面していた。

当時のインド最高裁判所は「アニルがエリクソンAB・インドに対するRCOMの未払金55億ルピー(約7700万ドル)を期日内に支払わないのであれば、3ヵ月の実刑を科す」旨の宣告を下し、資金調達に1ヵ月間の猶予を与えた。

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この時、兄のムケシュは猶予期間内に介入して未払金を完済し、入牢の危機からアニルを救ったのだった。今回も最後には兄のムケシュが介入して弟の尻拭いをする可能性は否定できない。それはアンバニ家の名誉を守ることにつながるからなのだが、果たしてどうなるのだろうか。

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