原子力発電所の再稼働へ向けた動きが本格化、来年中にも12基前後の原発が運転を再開するのがほぼ確実になった。
泊、大飯、高浜、伊方、川内、玄海の6カ所の原発の原子炉12基について、北海道、関西、四国、九州の4電力が原子力規制委員会の新規制基準への適合審査を申請、今週から審査会合がスタートするからだ。
だが、そもそも、原子力規制委員会の新適合基準は、事故が発生するリスクを軽減できても、事故を根絶できるものではない。福島第一原発のような大事故が起きれば、命や財産を脅かされて泣き寝入りする人が続出するリスクが放置されているのが実情なのである。
柏崎刈羽は新潟県知事から門前払い
一方、柏崎刈羽原発(6、7号機)の再稼働を目指していた東京電力は、地元新潟県の泉田裕彦知事に門前払いを食った格好で、再稼働を当面先送りして、電気料金の再引き上げに舵を切る公算が高まっている。
原発問題は、今月21日に投票が迫った参院選でも争点のひとつ。特定政党に肩入れするつもりは毛頭ないが、原発の最前線で拡大を続けている国民的なリスクの実態を鳥瞰しておきたい。
このところの新聞・テレビを賑わせている原発問題と言えば、何と言っても、北海道、関西、四国、九州の4電力が推し進める再稼働の問題だろう。
誤解されがちだが、原子力規制委員会が定めた新規制基準は、単なる原発の性能・品質に関する基準に過ぎず、事故のリスクをゼロにできるわけではない。にもかかわらず、マスメディアはこの基準を「安全基準」と名付けて報じており、あたかもこの基準に適合すれば完璧であるかのような誤った印象を与えている。
その一方、同委員会の人員不足が原因で審査に1件当たり半年程度の時間を要することを強調し過ぎて、再稼働までの道程のほんの入り口に差し掛かった程度との誤解を与える報道も目立つ。厳しい審査にかかれば、再稼働にストップがかかる原発も出て来ると受け止めている方も多いのではないだろうか。
しかし、そうした印象は大きな間違いと言わざるを得ない。
今の流れで言えば、活断層問題さえクリアすれば、九電が7月12日に追加申請した玄海原発の3、4号機も含めて、新基準の適合審査にパスするのは、さほど難しいことではない。設計などが固まっていれば、重要な設備の設置が審査段階までに完了していなくてもよいという猶予期間が設けられているからである。
原子力損害賠償保険制度の欠陥は未改善
この基準で「安全」のお墨付きを得てしまえば、「地元の合意」取り付けもこれまでより遥かに容易になる。それぞれに原発の経済的な恩恵を求める人々が少なくないうえ、首長には「安全でない」と主張する論拠が乏しくなってしまうからだ。
規制委員会と地元という2つのハードルを超えた形が整えば、最終決定者の政府が再稼働にお墨付きを与えるのを阻むものは無い。来年中にも、これまでに適合審査の申請に漕ぎ着けた12基の原発が、そろって再稼働する道が整えられつつあるのだ。
安倍晋三首相が繰り返して主張している「安全が確認された原発は再稼働する」という言葉のレトリックは、こういうことなのである。
しかし、繰り返すが、新基準は、原発の安全性能を高めて、事故を起きにくくするに過ぎず、事故を根絶するものではない。それにもかかわらず、事故が起きた場合の補償に関して、現行の原子力損害賠償保険の制度の欠陥は何ら改善されていない。原子炉1基当たりの賠償の上限は600億円のままなのだ。また、すでに4兆円余りを融通したにもかかわらず、東電が不足だとして5~10兆円の追加支援を要請している原子力損害賠償支援機構の枠組みの見直し論議も進んでいない。
こうした中で再稼働に踏み切るのは、電力会社にとっては自らの首を絞めるような話だが、電力各社は、「社員の給料が高過ぎる」「自助努力が足りない」と厳しい批判を受けながら値上げ策を講じて代替の火力発電所の運転を続けるよりは、原発再稼働の方が経営戦略として好ましいと考えている。それゆえ、「事故は起きない」という「原発安全神話」に回帰して、再稼働を目指す動きに走っているのである。
再稼働の条件が整ったとは言えないが、政府のガバナンス能力からみて、条件が整うのを待っていても無益という判断を下したのが、再稼働に舵を切った電力4社の本音だろう。
だが、賠償保険制度の見直しに伴う保険料の上昇や、適合基準に合致させるための設備コストの負担を勘案しても、原発が火力発電などと比べて依然として廉価かどうかは不透明なままである。
再稼働困難なら東電は電気料金を再値上げしかねない
一方、東電はこれまで、再稼働に踏み切った電力4社と同じように柏崎刈羽原発の再稼働に突き進んできた。が、近く戦略を大きく転換して、年末実施を念頭に電力料金の値上げを目指す戦略に舵を切る可能性が大きい。
というのは、同社は国有化後もリストラが進まず、銀行借り入れが長期、短期あわせて4兆円(社債は除く)に膨らんでいるが、一向に業績が改善していない。今期も含めて3期連続の経常赤字となれば、主力各行が融資の引き揚げに踏み切ってもおかしくない状況にある。
福島原発事故の当事者だけに、他の電力会社に比べて原発の再稼働が困難となれば、昨年の値上げの際に広言したように「原発が再稼働できないので再値上げが必要だ」と矛先を変えかねない。
東電が、他の4電力と同様に、再稼働の流れに乗ろうとしたのに待ったをかけたのは、泉田新潟県知事だ。
原子力規制委員会の新規制基準の目玉のひとつである「フィルター付きのベント施設」(原子炉内の圧力が高まって爆発が起きるのを防ぐため、放射性物質を含む蒸気を排出する施設。フィルターは放出する放射性物質を減らす機能を持つ)の設置が、新潟県と東電の間の「周辺地域の安全確保に関する協定書」に定める「事前了解」が必要な「施設等の新増設」にあたるとの見解を打ち出して、東電がいきなり原子力規制委員会の適合審査に進もうとしたのを差し止めたのだ。
7月5日のトップ会談の際も、東電の広瀬直己社長が「(地元への説明・了解取り付けを、規制委員会の適合審査申請と)同時並行でやらせていただきたい」と説明したものの、泉田知事は一歩も譲らず、あくまでも事前了解の取得手続きを先行するように求めたという。
原発の再稼働準備が進む北海道、福井、愛媛、佐賀、鹿児島の5人の知事と違って、泉田知事が毅然と待ったをかけた背景には、新潟県が東北電力の営業エリアで、県内には柏崎刈羽原発しか持たない東電の新潟経済に占める経済的プレゼンスが、他県のそれよりも著しく小さかいことがある。
加えて、知事自身が旧通商産業省の出身で資源エネルギー庁に勤務した経験を持ち、原子力行政に詳しいこともある。住民の安全という観点から、他県の知事にも見習ってほしい対応といえるだろう。
「原発ゼロ」「脱原発」の政党には理想論ばかりが目立つ
最後に、原子力規制委員会に活断層が存在すると断定され、会社の存続が危ぶまれている日本原子力発電が7月11日、活断層の存在を否定する報告書をまとめ、規制委員会に再考を迫ったことに触れておきたい。
日本原電がこうした頑なな態度を貫く背景には、活断層問題によって敦賀2号機の廃炉を迫られれば、独力ではそのコストを背負い切れないという事情がある。
この問題も、政府が早期の日本原電の破綻処理を条件に、長い時間が必要になる廃炉処理を肩代わりする施策を打ち出さない限り、混乱がいたずらに長引くだけだ。
連立与党の自民、公明両党は、万が一の事故に備えた対策を講じないまま、再稼働に突き進む構えだ。その一方で、与党時代から早期の「原発ゼロ」「脱原発」を掲げている民主党はじめ野党には、福島原発事故の後始末や、電力会社が背負い切れない廃炉のコストをどうするかなど、原発を巡る「不都合な真実」の存在に目を向けず、理想論だけを唱えるところが目立つ。いずれも解決へ向けた踏み込んだ議論を展開していないのが実情だ。
参院選の選挙期間は数日しか残されていないが、各党には、それぞれ、もう少し踏み込んで具体的な青写真を示してほしいものである。