NHK「ネット同時配信」、実現までに10年もかかった「全舞台裏」

マスメディア業界の暗闘があった

NHKの悲願がようやく…

なんと長い歳月を費やしたことだろうか――。

NHKの上田良一会長は1月15日の記者会見で、地上波で放送するテレビ番組を、インターネットに同時に配信する「常時同時配信」と、それらの番組を放送後1週間いつでも見ることができる「見逃し番組配信」のサービスを今年4月から公式にスタートすると発表した。

写真はイメージです(Photo by iStock)

実は、同時配信は、NHKの正式な意向表明からここまで辿り着くのに10年の歳月を要するNHKの“悲願”だった。インターネットの時代にドラマやニュース、スポーツをテレビと同時にインターネットで配信するという当たり前のことがいったい、なぜそれほど長い間、実現しなかったのだろうか。

今週は、その裏にあった視聴者無視のマスメディア業界の暗闘を明らかにしておきたい。

若者のテレビ離れが進む中で、何もせずに手をこまねいていては公共放送の役割を果たせなくなるとの危機感から、番組配信メディアを拡大してインターネットも対象にすることは、古くからのNHKの悲願だった。

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そのことを示す傍証には枚挙に暇がない。例えば、NHK放送文化研究所が今から17年前の2003年5月に創刊した雑誌『放送メディア研究』の第1号には、すでに「デジタル化時代の社会とメディア」や「インターネット・メディアとマスメディア」といったタイトルの論文が掲載されており、NHKがネット配信に強い関心をもっていたことが伺える。

同じ2003年に、NHKは「NHKアーカイブス」、そして2008年に「NHKオンデマンド」を開始したほか、2014年の放送法改正でNHKが手掛けられるインターネット活用業務が拡張的に規定されたことを受けて、翌2015年にはテレビの放送をインターネットで同時配信する検証実験も実施してきた。

実のない会合が繰り返される日々

筆者が現役の新聞記者だった2000年頃、まだ機関決定はなかったはずだ。しかし、すでにNHKの経営陣、幹部の中には、

衛星放送の拡大やインターネットの登場でマスメディアがコンテンツを供給すべき媒体が増えれば、それらのすべてにコンテンツを流していくのは、広くあまねく山間へき地まで、誰でも利用できるようにサービスを届ける義務(「ユニバーサルサービス義務」と言う)を責務とする公共放送のNHKにとっては当たり前のことだ

と公然と主張する人たちがいたことも補足しておく。

そして、2010年、ついにNHKはテレビ番組が常に放送と同時にネットでも見られる常時同時配信に乗り出す方針を表明した。2014年の放送法改正を機に、永田町・霞が関もNHKの悲願の実現を本格的に支援し始めた。

その火付け役となったのは自民党の「放送法の改正に関する小委員会」だ。2015年9月の第一次提言で、NHKに対して受信料の値下げなどを求める一方で、

番組の24時間インターネット同時配信の実現に向けたロードマップを作成することを求める

と、同時配信解禁のお墨付きを与えたのである。

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これを受けて、総務省も「放送を巡る諸課題に関する検討会」を設置。環境整備をスタートさせ、実現機運が一気に盛り上がった。

ところが、この検討会の議論は長引くばかりで埒があかない「小田原評定」に陥った。昨年3月に、放送法の再改正案が図られるまで、第1回会合の開催公表から3年5ヵ月の間に21回も実の無い会合が繰り返されたのである。

一義的には、当時、待ったをかけようとしたのは、民放テレビ各局と新聞各社だったことになっている。

実際、会社によって濃淡はあったが、同じ広告モデルで、コストが格安のうえ、視聴者の属性や広告効果が把握しやすいインターネット事業者に広告クライアント、読者・視聴者を奪われる苦境の中なのに、受信料という安定収入を持つNHKがインターネット事業者側に加わってネット・メディアの魅力を高めるのに一役買うのは許せないという感覚だったのだろう。

総務省による“どんでん返し”

当時から、在京キー局のドンとでも呼ぶべき大物たちが官邸や総務省を訪れて猛烈な抗議活動を展開したのは事実だ。こうしたことからNHKの悲願達成に向けた永田町・霞が関の推進力消滅の原因をこの反対にあったと見るのは通説となっている。

しかし、小田原評定が続いた原因はこれだけではない。

いかにも日本的な話だが、当時の総務官僚の根回し下手が災いした面も見逃せないのだ。大物政治家たちのお気に入りの官僚が民放に十分な説明を怠っていたことや、政治家間の根回しの順番で配慮を欠く事態が相次いでいたのだ。

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あまり報じられることはなかったが、結果として、早い段階で根回しを受けておらず軽視されたと知った政治家が、官僚人事に手を突っ込んで報復するような事態に発展、5年前の盛り上がりは勢いを失った。NHKにとっては2010年の方針表明時に続く、2度目の失速だった。

ようやく動き出したかに見えたのが昨年3月だ。

総務省の検討会で突然、NHKのガバナンス、コンプライアンス、情報公開の確立を条件に、同時配信を解禁する放送法再改正案が提示され、承認されたのだ。ここから話はとんとん拍子で進み、同5月には同法改正法が成立、さらに同10月にはNHKが具体的な「実施基準」を総務省に提出、総務省の認可が間近とみられる状況に漕ぎ着けた。

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ところが、ここでも再びどんでん返しが待っていた。昨年11月になって、「このままでは認められない」と、認可準備を進めていたはずの総務省が再検討をNHKに言い渡したのだ。

このどんでん返しの中心人物は、その2ヵ月前の内閣改造で国務大臣に返り咲いたばかりだった高市早苗総務大臣だ。自身が以前の大臣時代に、NHKの番組同時配信の条件とされ、前年の本格議論再開時の条件にも認可条件として確認されていたはずのガバナンス、コンプライアンス、情報公開の確立が不十分だというのである。

民放「節度を持って抑制的に…」

どんでん返しにNHKは大きな衝撃を受けた。

NHK放送文化研究所の『放送研究と調査』(2020年1月号)は論文「NHKの常時同時配信に向けたネット実施基準案,総務省が再検討を要請」の中で、総務省が公表した文書には、

NHKが実施基準案で示した内容の詳細や費用配分への厳しい意見が並んだ。総務省から,認可の適否ではなく,再検討を要請する考え方が示されるのは異例のことだ

と記している。

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一方、日本民間放送連盟の大久保好男会長(日本テレビ放送網代表取締役会長執行役員)は記者会見で、総務省の示した考え方は

民放連の従来の意見と重なる点が多く、私たちの意見にご理解をいただけたものと受け止めている

NHKは受信料収入で運営される公共放送なので、常時同時配信も公共放送の目的や使命、視聴者ニーズに照らして、本当に必要な業務なのかよく精査し、民間事業と競合しないよう、NHKの業務の過度な肥大化が進まないよう、節度を持って抑制的に、段階的に運営していただきたい

巨大な外資系のプラットフォーマーや動画配信事業者が強力な競争相手として登場している今、NHK、民放を問わず、放送事業者全体の連携と協力が欠かせない

などとコメントした。

記者から「総務省はNHKの自主的な取り組みに任せるべきという有識者の声もある。個別の放送局への口出しにも見え、所管官庁といえどもこうしたことが続くのは望ましくないという印象があるがどう考えるか」との問いかけにも、同会長は

総務省が所管官庁としての行政責任および権限にもとづいて行っているのだと思う

と、どんでん返しを擁護した。

気になる「同時配信サービス」の内容は

また、日本新聞協会(会長:山口寿一読売新聞グループ本社代表取締役社長) も「メディア開発委員会」名で、

総務省に対し、放送番組のインターネット常時同時配信開始に先立ってNHKに経営改革を促すよう求める意見書を提出した

NHKの『ネット実施基準』改定案に関連し、ネット事業費を東京五輪関連を除き現行規模で収めるよう要望した総務省の考えは適当だとし、NHKはネット事業を抑制的に運用すべきだと主張した

と発表している。

どんでん返しの末、様々な追加の制約が課されたうえで、NHKは悲願の認可を得られたというワケだ。

では、その番組同時配信サービス「NHKプラス」の概要に触れておこう。

画像:NHK報道資料より
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インターネットでの配信対象になるのは、従来、災害ニュース、スポーツなどの重要情報に限定されていたが、これが南関東エリア(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県)の地上波2波(総合テレビとEテレ)の番組に拡大され、日本全国向けに配信することになる。

ただ、2020年度のインターネット活用業務の費用は、東京オリンピック・パラリンピック関連費用(170億円)に含まれる部分を除いて、受信料収入の2.4%にとどめるとしている。これは、NHKの肥大化と民業圧迫を防止する狙いから、常に、オリンピック関連の費用に含まれるものを除いた常時同時配信の費用をNHKの受信料収入全体の2.5%以内に抑えるよう規制されているからだ。

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このため、NHKは、配信時間を当初予定していた1日24時間から18時間(午前6時から翌日午前0時まで)に短縮する措置を追加した。また、見逃し番組配信は原則、放送後7日間いつでも利用可能にするとした。

すでにNHKとの受信契約を結んでいる契約者や、契約者と生計を同一にする人は、利用申し込みと認証の手続きをすれば、追加の費用負担なく利用できることもポイントだ。ちなみに1契約に就き1IDが発行され、1IDで5画面(ストリーム)まで視聴できるようになるという。

「受信料」をめぐる懸念は消えず

NHKでは3月1日から試行的にサービスを始め、4月から公式サービスに移行するとしている。

これらを踏まえて、NHKの上田会長は1月15日の記者会見で、今の経営計画は放送を太い幹としていると前置きしたうえで、今後、インターネットも適切に活用すると表明した。今回の措置で、公共放送から、悲願の公共メディアへの脱皮が実現するとも述べている。

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ただ、上田会長がこの席で、これからも信頼される『情報の社会的基盤』としての役割を果たし続けていくとしたのは良しとして、「大きな飛躍の一歩だ」と語ったのは、将来の肥大化懸念を残すものと取れなくもない

というのは、NHKプラスは、家庭にテレビの受像機があって受信契約をしていれば、PCからでもスマホからでも見られるようにするサービスだが、今後は、公共メディアになったという主張を盾にして、家庭にテレビがなくても、スマホでNHKプラスを利用するのならばNHKと受信契約を結んで受信料を支払えといった形で議論を飛躍させるリスクが否定できないからである。

Photo by iStock

そういう議論が出てくると、肥大化も現実のリスクとして議論すべき事態になりかねない。とはいえ、NHKが伝送路としてインターネットを確保したことで公共メディアに脱皮できたと慢心しているとすれば、そちらの方が危ういだろう。

NHKが嘆く若者のテレビ離れは、スマホが便利だからというだけではなく、おカネを存分にかけた映画、最新のスポーツや音楽、最先端のゲーム、あるいは仲間やコミュニティとダイレクトに繋がるソーシャル・メディアといった魅力あるコンテンツが豊富にあってのことだからである。

今のNHKには、若者の強烈な支持を得られるコンテンツがそれほど多いとは考えにくく、その開発・配信こそ急務だろう。このままでは、インターネットという新たな伝送路の宝は持ち腐れに終わりかねない。

NHKが考えるべきは「運営方法」

一方、昨今の“民業圧迫”議論の根底にあるのは、商業モデルと言う点では同じであっても、利益率がまったく違うインターネット・メディアと激しく競合し、経営的な苦境に瀕している民放テレビ局にとって、受信料収入で持続的な経営の糧を保障されているNHKが同時配信で豊富なコンテンツを配信することによってネット・メディアの魅力を高める側に回るのが許せないという問題だ。

新聞社にも、利益率の低いインターネット・メディアのニュース配信の分野に強力なライバルが登場するのは容認できないという向きがある。

しかし、民放が既存のテレビ放送、新聞各社が紙の新聞経営に安住していれば経営が安泰な時代はとっくに過ぎ去っているし、その事実を自覚していない民放も新聞社も存在しないだろう。それゆえ、民放の中には独自にネット配信に乗り出したり、ネットフリックスやHuluと提携しているところもあれば、電子版を収益源に育てる努力に傾注している新聞社も多い。

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もはや、腹の底からNHKのインターネット同時配信を民業圧迫であり容認できないと考えている民放や新聞社があるとは考えにくいのだ。

ここで、NHKが真摯に考えるべきことは、NHKが受信料収入を充当して構築するであろう壮大なサーバ網など配信網の運営方法ではないだろうか

この部分で民放や新聞社と積極的にアライアンスを組んだり、NHKが整備した配信網の民放や新聞社向けの開放を行えば、時代遅れの“民業圧迫”批判がなくなるばかりか、世界に向けて日本のコンテンツを発信する良きインフラになるのではないだろうか。今一度、総務省も汗をかいて、考え直してみるべきポイントだと筆者は考えている。

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