カンヌで注目を浴びた『竜とそばかすの姫』
7月16日に全国416館で公開した細田守監督の最新作『竜とそばかすの姫』が、公開10日間で動員数169万人、興行収入24億円を超える大ヒットスタートを切った。最終的に細田守作品で過去最大ヒットの『バケモノの子』(2015)の58.5億円超えも視野にいれる好調ぶりだ。
古くから知られた『美女と野獣』に触発され、インターネットの仮想空間を舞台にした華やかな映像と音楽、そこに今日的な社会テーマを絡めた本作は、批評家だけでなく、ファンからも支持される。
作品の高い評価は日本だけでなく、早くも海外に届いている。7月6日から17日までフランスで開催された映画界の最高峰、カンヌ国際映画祭のプレミア部門の公式上映で大きな注目を浴びた。公式出品発表は映画祭開幕直前の7月4日、国内の完成報告会見が7月7日だったことから、映画完成のタイミングと合わせたスピード対応となる。カンヌ国際映画祭の細田監督への関心の高さを示したかたちだ。
そして、映画祭では大成功を収めた。細田監督、齋藤優一郎プロデューサーも参加したプレミアは大喝采を浴び、上映後のスタンディングオベーションは14分にもわたったという。映画祭ではどの作品も盛大な拍手は織り込み済み、作品評価と観客の満足度はしばしばこの拍手の長さが判断材料とされるが、「14分」は今年のカンヌでは極めて長かった。
海外メディアの評価は?
プレミア上映を受けたメディアの記事も出ているが、ここでも『竜とそばかすの姫』の評価は上々だ。
7月16日付の英国「Time Out 」、「デイリー・テレグラフ」ではいずれも5点満点中で5点をつけた。カナダの「Collider」はA-の評価。米国有力エンタテインメント誌「ハリウッドレポーター」は好意的なレビューと共に、『竜とそばかすの姫』を同誌の選ぶカンヌ国際映画祭2021ベスト20作品にも選んでいる。
実際の批評はこんな感じだ。
「ストーリーは子供にも分かりやすく進む一方で、大人に向けては創造的なビジュアルが一コマごとに大量に届けられる。映画の音楽は現実世界のSpotifyでも世代を超えたお気に入りになるに違いない。(制作会社の)スタジオ地図は、いまやスタジオジブリと並ぶ存在になった。『竜とそばかすの姫』はそれほどまでのご馳走なのだ」(Time Outから抜粋)
「『竜とそばかすの姫』はネットの内側と外側での生活をテーマにした美しく、驚くべきSFアニメーションによるおとぎ話である。細田守監督の作品としては2012年の『おおかみこどもの雨と雪』以来の傑作であり、これまでの最高傑作でもある」(デイリー・テレグラフから抜粋)
「疑いようもなく2021年のカンヌ国際映画祭で最も成功した映画のひとつ、最高の2時間をもたらした」(プレミア・フランスから抜粋)
「アニメーションによる日本で最も野心的な映画。技術的に素晴らしいだけでなく、人の心に根ざしている」(ハリウッドレポーターから抜粋)
力強い反応は日本の大ヒットスタートと合わせ、今後予定される『竜とそばかすの姫』の世界各国公開の幸先のよい出足になるだろう。文字どおりスタジオジブリと並び、細田守作品が世界で存在感を発揮する道筋になるかもしれない。
世界目指す細田監督とスタジオ地図の挑戦
しかし海外での高い評価、成功は、偶然がもたらしたものではない。むしろ細田監督とスタジオ地図は、海外で大きなヒットを当初から目指している節がある。
大ヒットスタートとなった映画公開初日、恒例の舞台挨拶の場に細田監督のリアルの姿はなかった。ワールドプレミアのため訪れたカンヌからのライブ中継での参加になった。公開初日に監督が舞台に立たないのは、最近ではかなり珍しい。それだけカンヌ国際映画祭への参加が重視されていた。
日本の劇場アニメにとって海外ビジネスは、長い間、ボーナスの位置づけだった。国内で大ヒットした映画でも、北米をはじめ海外の映画館で大規模な興行はされないからだ。限られた数の劇場に熱心なファンや好事家が訪れる。それは世界的ブランドとされるスタジオジブリの映画の多くですら同じである。
このため劇場アニメのビジネスと収益は日本が中心となる。海外での映画興行は多くが期待されず、DVDやBlu-rayといったソフトをファンに売り、最近であれば配信のラインアップに入って追加収入があればありがたいとなる。
国際映画祭での受賞や上映、海外ヒットも、制作スタジオや監督、作品の箔づけだ。日本でのビジネスプロモーションの一環でもあった。
しかし細田監督を擁するスタジオ地図にとっての海外は、これまでとは異なる。
日本と海外を区別せず、海外においても作品がどう受け取られ、どう売るべきかを意識しているようだ。厳しいコロナ禍にわざわざフランスに足を伸ばす理由である。
『竜とそばかすの姫』の海外重視は、制作スタッフ陣から窺える。本作の仮想世界でのヒロイン・ベルのキャラクターデザインは、米国のジン・キムが担当している。『アナと雪の女王』や『塔の上のラプンツェル』などディズニーのアニメーションで活躍した著名なクリエイターだ。そばかすを強調し、色遣いもビビットなベルは日本のファンからは派手めに映るが、グローバルではむしろ愛されるデザインだろう。
アイルランドのカートゥーンサルーンの協力を仰いだのもそのひとつ。これまで発表した長編が立て続けにアカデミー賞にノミネートされる、世界的に注目されるアニメーションスタジオである。
作品の内容だけでない。マーケティングや宣伝といったビジネス面でも同様の戦略が貫かれている。だからこそカンヌ国際映画祭、その参加は幸運というより世界の映画人、映画ファンに作品を届けて情報を発信するとの明確な目的の中で掴んだものなのだ。
重要だった『未来のミライ』の一歩
細田守作品における海外重視は、実際は『竜とそばかすの姫』から始まったものではない。前作『未来のミライ』(2018)に原点があり、ここで大きな挑戦を続けていたことは見落とされがちだ。
『未来のミライ』の製作決定の第一報は、日本ではなく2017年のカンヌ国際映画祭だった。米国の映画誌「ヴァラエティ」が独占ニュースとして世界に伝えた。海外配給の交渉もこのタイミングで始まり、国内公開前には北米、ヨーロッパ、中国の主要地域で配給会社が決定していた。
そして、ワールドプレミアもまたカンヌの場で、監督週間のオフィシャルコンペティションである。海外の映画関係者に積極的に作品を見せる戦略は、その後の米国アカデミー賞長編アニメーション賞ノミネート、アニー賞長編アニメーション(インディペンデント)最優秀賞受賞、ゴールデングローブ賞長編アニメーション賞ノミネートへとつながっていく。
『未来のミライ』は日本では興行収入28.8億円のヒットだった。それでも前作の『バケモノの子』から数字が大きく落ち込んだことや、派手さを抑えた家族の小さな物語をテーマにしたことは国内では厳しい評価を受けた。しかし海外での『未来のミライ』の評価は決して低くなく、当初から日本の劇場アニメが世界を目指すことが可能だとの道筋を示したのだ。
『未来のミライ』を携えて海外のクリエイターと交流することで、ジン・キム やカートゥーンサルーンとのつながりも生まれた。『竜とそばかすの姫』の「よく知られた普遍的な物語の再生」、「社会的な問題に正面から対峙」といったグローバルなストーリーづくりも、そうした交流と経験のなかから生まれてきたのではないだろうか。
細田監督はこれまでも社会的なテーマは描かなかったわけではない。しかしそれは「家族との絆」や「ラブロマンス」などを支える位置づけだった。しかし、『竜とそばかすの姫』ではストレートに社会問題が描かれて、物語の中心に据えられる。流れの中から察するのでなく、ストレートで、文化を超えて誰でも伝わりやすい点で、物語がグローバルなのである。
狙えるか、アカデミー賞
グローバルに伝わる作品であれば、今後の海外での活躍と大きな成果が期待される。たとえば2021年度の映画賞レースだ。
結果がでるのが今年暮れから来年となるので予想としては少し早すぎるかもしれないが、2018年の『未来のミライ』に続く結果も予想される。米国アカデミー賞では『未来のミライ』に続くノミネート入りは、かなり有力だろう。
すでに米国配給としてGKIDSという会社が発表されている。GKIDSはスタジオジブリ作品の北米配給を手がけたり、毎年、アカデミー賞など各映画賞のノミネートに作品を送り込むことで知られている。取扱い作品は少なくないが、それでも2021年は『竜とそばかすの姫』が一番の注力タイトルになるはずだ。
既にカンヌで注目を浴び、日本でも大ヒットとなればタイトルが知られている点でも有利だ。さらに制作における海外スタッフの投入も、ここでは効いてくる。
近年アカデミー賞にエントリーする長編アニメーションの数はうなぎ上りだ。『千と千尋の神隠し』が受賞した2002年のエントリー数は17本だったが、19年は33本、20年は27本にもなっている。良作品であっても、選考委員や投票メンバーに知られていない、観られていないだけで候補からこぼれ落ちることも少なくない。
ディズニーやピクサーの大作が賞レースで有利になる理由である。ディズニーで活躍したジン・キムや有名なカートゥーンサルーンが参加する作品であれば、世界のアニメーション・映画関係者が観る理由、観なければいけない作品になってくる。
戦略さえ間違わなければ、『竜とそばかすの姫』が米国アカデミー賞を含めた北米の賞レースに深く関わってくる可能性はかなり高い。ノミネートだけでなく、さらに上を目指すことも可能だろう。
もちろん映画賞だけでなく、興行的な成功も視野にいれたいところだ。これも近年の日本の劇場アニメを取り巻くグローバルの映画業界の状況から、これまでにない結果に挑戦したい。
各国でなかなか大型配給が実現しなかった日本の劇場アニメだが、『君の名は。』(2016)や2020年から21年にかけての『劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編』のヒットで状況が変わりつつある。日本の劇場アニメも大衆層にアプローチできると見られるようになってきた。
魅力的な作品であれば日本アニメも積極的に取り上げ、ヒットを目指したいとの判断も生まれつつある。いま日本の劇場アニメにはグローバルで大きなチャンスがある。この中で大きな才能と共に、意識して世界を目指す監督が現れることは、日本のアニメ界にとっても意味が大きい。『竜とそばかすの姫』の海外での活躍が期待される理由だ。