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吟遊詩人の歌声は呪われた王国に届くか  作者: 新道 梨果子


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16.  幸福な時間

 お腹が大きくなっていくのは、自分の身体とはいえ、不思議な気がした。

 マロウやシアンが、何度も何度も入れ代わり立ち代りやってきては、おめでとうございます、と涙ぐんで去っていく。

 それだけが、身篭っているということが事実なのだと、教えてくれるような気分だ。


 雨が降る外を、窓の中から見ながら、つぶやいた。


「なんだか退屈。街に出たりとかできないのかしら。つわりが酷いし、それは贅沢としても、せめて、元気になったら以前のように掃除したりしていたいわ」

「いけません、妃殿下。大事なお世継ぎかもしれませんし、無理は決していけません。もう妃殿下一人のお身体ではないんですよ」


 隣でアガットが腰に手を当てて言う。


「はあーい」

「もう、妃殿下ったら」


 そう言うが、本当に困った風ではない。手の掛かる子どもの躾をする親のような気持ちなのかもしれない。


「そんなに退屈でしたら、刺繍などいかがですか」

「刺繍ねえ……。私、細かい作業は苦手なのよ。やったことはあるけれど、すぐに投げ出しちゃったわ」

「大丈夫です、よければ一緒にやりましょう。刺繍は貴族の娘のたしなみですわ」


 そう言われると、断ってはいけないような気がする。

 実のところ、未だ自分の生まれに対して引け目がないわけではないのだ。


 針や布や糸をアガットが用意してくれて、二人で向きあって取り組んでいく。花が得意だとアガットが言うので、ユーディアも見よう見真似でやってみる。

 だが少しして、手が止まる。


「ああ、肩が凝っちゃう」

「力を入れすぎなんですよ」


 見てみれば、アガットはあっという間に布の上に花壇を作るかのように、模様を広げていく。


「すごい! 器用ねえ」

「えっ、そんな、褒められるほどでは」


 ユーディアの言葉にアガットは頬を染めて俯く。けれど嬉しくないわけではなさそうだ。


「こんなにたくさん色を使っているのに、絡まないの」


 ユーディアは一色二色でもう嫌になってきているくらいだ。


「絡むときもありますよ。でもこれくらいなら」

「やっぱり私は、性に合わないのかも」

「では目標などを作られてはいかがです。御子のおくるみなどに、妃殿下の刺繍を入れるとか」

「なるほど」


 ユーディアは少し考えてみる。確かに、刺繍の入ったおくるみに包まった赤ん坊を今までにいろんなところで何度か見かけた。あれらは、母親の愛情が詰まったものだったのかもしれない。

 愛情を目に見える形で表すのは、とてもいいことだと思った。


「それなら、頑張れるかも」

「私もお手伝いしますよ」

「お願い」


 そんな風に二人で笑いながら過ごす。何て穏やかで幸せな時間なのだろう、と思う。


          ◇


 レイヴァンは足しげく海の宮に通ってくる。ユーディアのお腹を撫でては、幸せそうな笑みを浮かべる。ユーディアはそれを見るのが好きだった。


「陛下、ケープは今日は見えますか?」


 ユーディアがそう訊ねると、レイヴァンは首を傾げた。窓の外は晴れている。けれど、宮の中からは、ケープの方角は見えない。


「どうだったろうね、まだ立ち寄っていないから」

「では、一緒に見に行きませんか」


 つわりが酷くて、なかなか部屋から出られなかった。体調が良くとも、見に行くまでもなく雨だったり曇り空だったりして、なかなか好機が訪れなかった。

 今日はもう調子がいいし、外に出てみたい。


「大丈夫?」

「ええ、大丈夫。父さまと母さまに、まだ報告していないから、気になって」

「そうか。じゃあ、一緒に出てみよう」


 宮の庭に出る、とアガットに告げると心配はされたが、レイヴァンと一緒ということで、ひとまずは安心したらしい。二人のかなり後方について行く、ということで納得した。


 一歩、庭に歩み出る。

 久しぶりに外の空気を吸った気がした。

 レイヴァンに手を引かれて、あの長椅子まで歩いていく。

 そしてケープの方角に目を向ける。

 見える。遠くに、あの、山影が。

 長椅子に腰かけて、じっとケープを見つめる。

 父さま、母さま。

 私、未だに信じられないけれど、この国の王妃になったのよ。

 隣にいるこの人が、私の愛した人なの。

 そして私、この人の子どもを身篭っているのよ。信じられる?

 私、幸せなの。

 きっと、父さまと母さまと同じくらい、私たち、愛し合っているわ。


「報告した?」


 隣に座る人が、ユーディアの顔を覗き込んできて、そう問う。


「ええ、したわ」

「なんて?」

「私、本当に幸せだって」

「私の方も幸せなんだって、ついでに報告してもらえないかな」

「もちろんだわ」


 そう言って笑うと、彼も笑った。


「君の笑顔は、本当に私を幸せにしてくれるよ」

「あなたのくれた鏡のおかげだわ。それできっと、綺麗に笑えているのだわ」


 彼の肩に頭を乗せて、体重を預ける。


「こんなに幸せでいいかしら」

「いけないと思う?」

「いいえ、いつまでも続けばいいと思うわ」

「続くよ。二人でずっといられれば、それだけで」

「そうね」


 手と手を重ね合わせる。

 ユーディアは、この幸福な時間は、永遠に続くと信じて疑ってはいなかった。

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