庵野秀明と『エヴァンゲリオン』が引き継いだ、究極の欲望
2021.03.19
もういいだろう。押井守監督を語るのに、いつまでも現実と虚構の対立や曖昧さみたいな見方をするのは。
そうした見方はアニメ評論家の藤津亮太氏が、押井監督の『スカイ・クロラ』(2008年)公開時に執筆した批評の「変奏される『虚構と現実』」などに顕著だ。ただ、いつまで『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』(以下、ビューティフルドリーマー)を持ち出しながら、このテーマで彼の作品を評し続けるつもりなのだろうか。
押井監督があまり新作をつくらなくなり、批評が更新される事も減った。このまま監督の評論も固まるのかと思われていた。
そんな2025年、批評が書き換わるきっかけになるだろう作品が蘇った。1985年にOVAでリリースされた『天使のたまご』が4Kリマスター化されて上映されたのだ(外部リンク)。今度はビデオデッキで観るものじゃない。映画館に観客たちが集まって、あの世界を共有する。11月14日にドルビーシネマが先行公開され、11月21日から全国で公開されている。
僕が本作をはじめて観たのはOVAのリリースから22年後。2007年にNHK-BSで放映されていたものをVHSに録画したものだった。当時は決して芳しい印象ではなかった。すでに『機動警察パトレイバー 2 the Movie』(以下、パトレイバー2)も『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(以下、GHOST IN THE SHELL)も『アヴァロン』も知った状態で観たとき、まだ何かを実験している段階のように思えた。
しかし初リリースから40年後の現在、『天使のたまご』を4Kリマスターで観直したときに考えは変わった。ここには後の監督作品が抱えている、ある要素が映像として映っている。
それは人間がどこまでも荒涼とした風景を観続けることだ。目の前に見える状況に対して、自分の役割も意思も信じられず、その状況に関わることもない。それはこれまでの押井作品にしばしば現れた風景でもある。
『天使のたまご』の風景は決して前衛的なものじゃない。あるリアルな感覚を映している。そのリアルさは、今日でも押井作品が強い力を持つことに繋がっている。それこそ、4Kで『天使のたまご』を観直す意味になる。
目次
- 押井作品の真価は言葉じゃない。風景にある
- 押井作品と、連綿とつらなってきた“風景”の描写
- なぜ押井守作品の男性主人公は、なにものにも関与しないのか

『天使のたまご』は、はっきりとした物語がないアニメだと言われてきた。しかし押井守監督のアニメも実写もほとんどの作品を観たいま、本作を観るとむしろ、ある物語性に満ちている事に気づく。
押井監督への評でついて回るのは、登場人物の長尺による衒学的なセリフについてだろう。言葉は強い。膨大な言葉で語るシーンから、つい映画の評価を下してしまいそうになる。でも僕が思うのは、むしろ言葉がまったく出てこない、風景を映すシーンにこそ物語性があるんじゃないかということだ。
そして『天使のたまご』はセリフがほとんどないアニメである。だからこそ押井監督作品の真価を考え直すのにうってつけの一作だといえる。
ここまで静かに、風景を映すようなアニメをつくったのは、押井監督が憧れている旧ソ連の巨匠であるアンドレイ・タルコフスキー監督の影響なんだろうなと以前の僕は思っていた。タルコフスキー監督は『ノスタルジア』や『惑星ソラリス』といった代表作を持ち、ある風景を長く映す詩的な手法が世界的に評価されてきた。押井監督も著書で言及している(外部リンク)。そんなアートハウス映画をアニメでできるかどうかを試していたくらいに考えていた。
しかし『天使のたまご』を映画館で観直してみると、どうもタルコフスキー監督に憧れたセルアニメにはとどまらないのではないか、と感じる。なにか風景を映す手法が押井監督の核心を映しているように思える。
はじめて見た時は、正直なところしんどい部分のあるアニメだった。アニメのキャラクターデザイナーからイラストレーターへと転身した天野喜孝の画風をそのまま使う絵柄や、現代音楽家の菅野由弘が織り成す不協和なBGMを自宅の小さなアナログテレビで受け止めるのは難しいものがあった。
だが今回、4Kの画質と音響でリマスターされたものを映画館で観ると、むしろ前衛的な要素は世界の広がりとして素直に見ることができる。考えてみれば、押井作品でアーティスティックなイラストレーターや現代音楽家を扱う座組は本作が最初で最後でもある。もっとも前衛的なチームゆえに、スクリーンで観たほうがしっくりくる。

『天使のたまご』について書くとき、ストーリーの真相を探る考察は一旦やめにしたい。 “聖書とノアの箱舟を題材とした世界観”を元に、断片的な物語の謎を解こうとするやり方はたくさん繰り返されたから。
僕が指摘したいのは、本作がどこまでも主人公の目を通した風景で出来上がっていることだ。なぜ登場人物は風景ばかりを観続けるのか──そこにこそ押井監督作品の核心があるように思うのである。
白髪の少年が赤く染まった空と煤けた大地の水平線の前に立ち、巨大な黒い球体が浮いているのを眺めている。球体には膨大な彫像が埋め込まれている。少年は表情を変えずに球体と彫像を観続けている。彫像が宗教的な象徴なのか、あるいは死者なのか、その背景は作中で知らされない。
少年は球体に関与しない。ただ、見つめるだけだ。
その風景は『天使のたまご』から18年後の『イノセンス』で、主人公バトーが事件の真相に関わる企業ロクス・ソルス社の本拠地、択捉経済特区の光景を先行している。バトーは重要人物へ会いに向かう途中、アジアのさまざまな国の伝統文化が入り混じったような巨大な行進を目の当たりにする。サイバーパンクの社会と違う古風な行進は、物語を象徴しているのか、あるいは街の歴史を表すのか、その背景は作中でわからない。バトーは行進に関与しない。ただ通り過ぎる。
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