答えを教えないChatGPTの「学習モード」で、教育はどう変わるのか?

ChatGPTに新たに追加された「学習モード」は、学生に問いを返すことで“考えさせる”機能だ。これで教育現場にAIが及ぼす課題感は、解決できるのだろうか?
Group of students raising their hand and asking question to the teacher in an IT class  education concepts
Photo-Illustration: WIRED Staff/Getty Images

米国では9月に新年度を迎える学生が多い。それに先立ち、OpenAIChatGPTの「学習モード」と呼ばれる新機能を発表した。この機能は、学生が宿題を手っ取り早く片付けようとするのを防ぐ、あるいは少なくとも思いとどまらせることを目的としたものである。

このモードはソクラテス式問答法に基づいて設計されている。つまり、有効にするとChatGPTはユーザーからの質問に対し直接的な回答を避け、代わりにオープンエンドな質問を通じてユーザーが課題の内容について学べるよう導くのだ。「学習モード」は、無料版を含むログイン済みのほとんどのユーザーが利用できる。

教育現場に押し寄せるAI

ここ数年、OpenAIは教育現場に大きな混乱をもたらしてきた。学生たちはChatGPTをいち早く取り入れたユーザー層であることも一因である。それでもOpenAIは、ChatGPTに「仮想の講師」としての役割を担わせた場合、それは学習者にとって総じて有益な存在になると主張している。

「ChatGPTが教えたり指導したりするよう指示された場合、ユーザーの学習に大きく貢献できる可能性があります」と、OpenAIで教育部門のバイスプレジデントを務めるリア・ベルスキーは語る。「けれども、“答えを出力するだけ”の装置として使われた場合は、かえって学習の妨げになることもあります」

「学習モード」の限界

OpenAIがこの機能を改良し、魅力的な学習モードをつくり上げたとしても、問題は、それがボタンひとつで通常モードに切り替えられる点にある。どんな教科の課題であっても、すぐに(ときに事実に反する内容を含む)答えを直接教えてくれるChatGPTの通常モードに切り替えられてしまう。これは、前頭前野がまだ発達途中にある若いユーザーにとっては抗いがたい誘惑となる可能性がある。

もちろん、授業の課題に取り組まずに楽をしようとする学生たちが利用できる手段は昔から存在してきた。たとえば、文学作品の要約を提供する「CliffNotes」のような参考書シリーズなどである。とはいえ、チャットボットの即時性とユーザーに合わせて回答を生成する性質は、状況を大きく悪化させるように感じる。

バイトダンスのAIアプリ「Gauth」のように、宿題の写真を撮るだけで答えを教えてくれるアプリは、新学期が始まると同時に広く人気を集める。そして最近ではAIを継続的に、そして多くの場合はひそかに使う学生たちに対して、多くの教育者が懸念を示すようになった。

しかし、OpenAIの最高経営責任者(CEO)であるサム・アルトマンは、こうした懸念には同意していない。「わたしが中学生だったころ、グーグルが登場して先生たちは大騒ぎしていました」と、アルトマンは最近出演したポッドキャストで語っている。インターネットや電卓と同じように、AIを「思考を深める」ための道具だと考えているのだ。

問いを返す「学習モード」

ChatGPTの学習モードは、ユーザーに質問を投げ返し、学習目標についての質問をすることで、ユーザーの課題への理解を深めることを目的としている。「最初から長くて冗長な答えを提示するのではなく、まず『どんな成果を求めているのか』『現在のレベルはどのくらいか』と問いかけるようにしています」と、OpenAIのプロダクトチームに所属するアビ・ムッチャルは説明する。

OpenAIの学習モードは、主に大学生を対象に開発されたもので、メディア向けの説明会では大学生たちがベータテストでのよい体験を語っていた。とはいえ、OpenAIは大学生にとどまらず、より若い学生も含めた、さらに幅広い層の学習者の利用も視野に入れている。

OpenAIはスタンフォード大学の教育専門家と連携し、「学習モードを含むAIツールが、K-12教育(幼稚園から高校卒業まで教育期間)における学習効果にどのような影響を及ぼすのかを調査し、共有する」と、自社ブログで発表している。この発表は、トランプ政権による米国の学校でのAI活用を促す大統領令が出された後、ほどなくして公開された。

長期的な影響への懸念

OpenAIが参加する教育とAIに関する研究で、ボットを「答えを出力する装置」としてではなく「講師」として使うことで学生の学習効果が高まる、という主張を裏づける結果が得られたとしても、わたしの懸念は消えない。

今後、学生がAIツールにますます頻繁に頼るようになった場合、その長期的な影響はどう現れるのだろうか。 常にChatGPTの助けを求めながら育った場合、批判的思考の成長が妨げられるほどソフトウェアに過剰に依存するようになるかもわからないのだ。

ChatGPTの学習モードは、学生が自分の理解度に応じて学習に取り組めるよう設計されている。とはいえ、本当に理解を深めるためにこのツールを使うなら、使い方に対するユーザー自身の意識が問われることになる。

AI時代における学生の最大の課題は、学習モードを解除し、宿題の写真を撮って、ChatGPTに答えを教えてもらいたいという誘惑に打ち勝つことなのかもしれない。

(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma, edited by Mamiko Nakano)

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