2025年モデルのクルマを購入した約10万人に対して、新車についての印象を問う調査が実施された。このJ.D.パワーの「新車初期品質調査(Initial Quality Study)」の結果は、実に驚くべきものだった。ワーストパフォーマーはどこだったか? 不名誉な結果となったのはアウディで、100台あたり269件の問題が報告された。
しかし、リリースに調査の主要ポイントとして記されていたのは、物理ボタンの欠如でも、スピード警告の耳障りなアラート音でもなかった。注目されたのは、意外にも「カップホルダーへの不満」の増加だったのだ。
「カップホルダーの問題はすでに解決されたかのように思われていたが、実際にはメーカーは、ますます多様化する容器の形やサイズへの対応に苦戦している」と報告書は述べている。
つまり、自動車業界がソフトウェア定義型車両に夢中になっているにもかかわらず、多くの購入者は、複数の米国サイズの巨大カップが収まるスペースさえあれば、どれだけ多くのデジタル機能を犠牲にしても構わないと感じているようだ。ADAS(先進運転支援システム)、アンビエントライト、背中を揉むシート、「ドッグモード」などの最新技術をふんだんに搭載した高級車に大金を払っても、飲み物ホルダーの拡張性が足りないと不満を漏らす購入者は後を絶たない。
この年次のベンチマークレポートはここ数年にわたり、自動車メーカーに対して「カップホルダーへの不満の声にもっと注意を払うべきだ」と助言してきた。円筒形の空間──あるいは車種によっては、折り畳みのトレイやドアポケット、洒落たホルスターやヒンジつきの収納など──について、「小さすぎる」と多くの回答者が文句を言っている。だが、何と比べて「小さい」のか? おそらく、スタンレーの巨大タンブラーやYETIランブラーの1ガロンジャグといった圧倒的な大容量ドリンク容器だろう。もしこぼれれば、砂漠を緑に変えるほどの液体量である。
近年のクルマには、それなりのデジタルコクピットには巨大なタッチスクリーンが欠かせない存在となっているため、センターコンソールのスペースは非常に貴重なものとなっている。それでもなお、米国、そして中東やオーストラリアにも広がりつつある「ビッグドリンク文化」は、自動車メーカーに対し、カップホルダーの収納力だけは決して手を抜くなと要求している。
日産のカップホルダー担当が語るこだわり
20年前、プライスウォーターハウスクーパース(PwC)のレポートは、米国の車両におけるカップホルダーの数が、自動車購入の決め手となる最重要要素のひとつであると指摘していた。そしてそれがいまもなお同じくらい重要であるという事実は、ソフトウェア系の自動車エンジニアたちにとっては腹立たしいことかもしれない。だが、日産でカップホルダーを担当するエンジニアのクリス・フィッシャーにとっては驚きではない。「カップホルダーがちゃんと機能することは、顧客満足にとって重要です」とフィッシャーは『WIRED』に語る。「それはクルマを買うときの重要な決め手になるんです」
ミシガン州ファーミントンヒルズにある日産の北米テクニカルセンターに拠点を置くフィッシャーは、同社の車両性能開発部門のシニアマネージャーであり、「キャビンユーティリティ」担当のエンジニアチームとともに、車内の飲料収納の改良に取り組んできた。その始まりは15年、カップホルダーの性能が低かったことが、J.D.パワーのベンチマーク評価スコアに悪影響を及ぼしたことがきっかけだった。
カップホルダーのデザインは、消費者にとって非常に大事な要素だとフィッシャーは言う。「毎日触れる部分に不満があると、そのクルマにもう一度乗りたいという気持ちが薄れてしまうんですよ」
「タッチポイントは非常に重要です」と語るのは、ロンドンに本拠を置くデザイン&イノベーション企業Seymourpowellの共同創業者であるディック・パウエルだ。「優れたデザインとは、根本的には、ものごとをよりよくすることなんです。そして自動車のショールームに足を踏み入れたとき、最初に触れるのがタッチポイントです。ドアハンドルの感触はどうか? ドアを開けたときの印象は? カップホルダーはどこにあるのか? そういったところです」
「買い手はタッチポイントがよければ、このクルマは全体的にもよいに違いない、と感じるものなんです」と、パウエルは続ける。
1984年に設立されたSeymourpowellは、これまでに複数の自動車メーカーとともに、カップホルダーを含む車内インテリアのデザインに取り組んできた。パウエルは『WIRED』に対し、自動車の購入者はメーカーが重視しがちなスペックシートよりも、「ちょっとした要素」に基づいて最終的な購入を決めることが多いと認めている。「最高速度や馬力、四輪駆動の性能といった項目ではなく、本当に心をつかまれるのは、細かなタッチポイントなんです」と彼は語る。
フィッシャーは、日産のキャビン設計チームがシートの座り心地から収納スペースに至るまで、すべてのディテールに徹底してこだわっていると強調する。「わたしたちは、すべてがまだスケッチにしかなっていない初期段階から、クルマの設計プロセスに関わっています」とフィッシャーは語る。
テストは最初は仮想環境で、さまざまな形状・サイズのカップや缶、トラベルマグ、タンブラー、魔法瓶を使って互換性を最大限に高めるために実施される。サイズはエスプレッソ用の小型からグランデサイズ、さらには現在主流になりつつある“バケツ級”の大容量容器まで幅広い。「ドアポケットには、大型のHydro Flaskサイズのボトルも無理なく収まるよう、細かく調整しています」とフィッシャーは語る。
19個ものホルダー付きのクルマも
では、エスプレッソ用の小さなカップが、グランデサイズと同じホルダーにどうやってしっかり固定されるのか? フィッシャーによると、それは直径の違いに応じて調整できるスプリング式のプラスチックタブによって実現されているという。また、マグカップはフィッシャーが「ドッグボーンスペース」と呼ぶエリアに収まる。これはセンターコンソールに設けられた2連のカップホルダーで、一見すると不要に思える溝があるが、実はマグの取っ手を差し込むために設計されたスロットなのだ。
フィッシャーは、J.D.パワーが毎月発表するデータを熱心にチェックしている。「わたしたちは常にデータを見ています。わたしたちは顧客の声そのものなんです」と彼は言う。「人々は、できるだけ多くのカップホルダーを求めています。センターコンソールのスペースに余裕さえあれば、もうふたつ追加したいくらいですよ」
「ちょっとビール缶持っていて」と言わんばかりなのがスバルだ。同社のSUV「アセント」には、業界最多となる19個のカップとボトルホルダーが搭載されており(これは乗員ひとりあたりほぼ3個の計算になる)、その一部は巧妙に隠された位置に設置されている。Facebook上での反応を見る限り、こうした液体収納力の大盤振る舞いこそが、このモデルに多くの消費者を惹きつけている理由のようだ。
米国におけるカップホルダーの原点とその進化
米国で「大量かつ大容量のカップホルダー」への需要が本格化したのは、80年代半ばにミニバンが登場してからのことだ。しかし、初のカップホルダーに関する特許がテキサス州の発明家に認められたのは、それより約30年前の53年である。バーナード・W・バイフォードが49年に出願した「自動車用シートアクセサリーホルダー」は、後部座席に設置された折り畳み式のトレイで、走行中ではなく停車中に、運転手ではなく乗員が使用することを想定して設計されていた。
彼は特許申請書のなかで、「プレジャーカー(娯楽用乗用車)」と呼ぶクルマに乗る人々は、「哺乳瓶やソフトドリンクのボトル、水の入ったグラス、タバコのパックなどを便利に支え、保持できる座席用アタッチメント」をきっと喜ぶはずだと推測していた。
「わたしは、ロードサイドレストランでカーサイドサービスの店員が、取り外し可能なドア用トレイを提供していることを承知しています」と彼は続けている(実際、彼は34年にそのような外付けトレイの特許を取得していた)。それでもなお彼はひるむことなく、「ユーザーの隣の座席に置いたり載せたりできる、適切なホルダーには確かな需要がある」と予測していた。
バイフォードが特許を出願する前年、シトロエンは「2CV」を発表した。このフランス生まれの小さなクルマには、ワインボトルがすっぽり入るほど幅の広いドアポケットが備えられていた。しかし、なんということだろう。“ブリキのカタツムリ”とも呼ばれたこのクルマには、当時の常識の通り、液体専用の収納スペースはまったく設けられていなかった。
カップホルダーの多様な使われ方
量産車に初めてカップホルダーが登場するのは、84年になってからのことだった。クライスラーの「プリマス・ボイジャー」に、浅いくぼみのような簡素な形で備えられたのが最初である。最初からしっかりカップを固定できるような構造ではなかったが、このようなカップホルダーが“元祖”となり、より優れた深型デザインへと続く道の始まりとなった。
もちろん、浅かろうが深かろうが、すべての人がカップホルダーにカップを入れているわけではない。代わりに小銭やスマートフォン、鍵、そのほかの雑多なものを入れている人も多い。子どもたちは、ジュースの箱でベタベタにするか、おもちゃを詰め込むことが多い。ティッシュメーカーのTishooは、カップホルダー専用に設計された円筒形のティッシュボックスを販売しており、Keep Technologiesは、カップホルダーに収まる形状の通信機能付きアラームとカメラデバイスを展開している。これはサイレンや点滅ライトを備え、センターコンソールのカップホルダーをセンサー満載の“セキュリティガード”に変えるという触れ込みだ。
クルマを“動くリビングルーム”のように使い、カップホルダーを本来の用途に使っている人々にとって、ドリンクが手の届く位置にあることは当然の要求だ。しかし、米国人は1日平均約50分をクルマでの通勤に費やしており、その間に飲み物が冷めたり、逆に温まったりする時間は十分にある。そこで自動車メーカーは、保温・保冷機能付きのカップホルダーを搭載し始めた。クライスラーのセダン「300C」では、2011年にこの機能が標準装備されており、テスラが同様の機能で称賛を浴びるよりも3年早かった。
「いまどきのカーシートやセンターコンソール、そしてそう、カップホルダーにさえ、どれだけのテクノロジーが詰め込まれているかを知ったら驚くと思いますよ」と語るのは、パリを拠点とする自動車内装メーカーForviaで「未来のコックピット部門」の副社長を務めるエドゥアール・ダ・シルバだ。同社は、マッサージ機能付きのシートから温度調節機能付きのカップホルダーまで、近年ますます存在感を強める中国ブランドも含む世界中の主要な自動車メーカーにキャビンの必需品を供給している。
こぼれないホルダーの夢と現実
この最強のカップホルダー競争は、数年前にサーブ「9-3」に搭載された、幾何学的で複雑な動きをするスライド式カップホルスターによって制された──そう主張する声もある。確かにその構造は巧妙だったが、液体のこぼれを防ぐという根本的な問題は解決されなかった。走行中の車内では、開いたカップや缶の中身は左右に揺れて簡単にこぼれてしまう。そのため、テイクアウト用カップにはプラスチックの蓋が、真空タンブラーにはストローが必要なのだ。
11年前、シアトルのマキシム・ギボロンスキーは、こぼれないカップホルダーを発明した。彼が14年に開発した「マキシマティック・カップホルダー」は、飲み物がこぼれないように液面を常に水平に保つ自動調整構造を備えていた。このカップホルダーは自由に傾き、急な坂道でも、急ブレーキや急カーブでも、蓋なしで中身がこぼれない設計だった。しかし、この巧妙なアイデアには明らかな需要があったにもかかわらず、当時のクラウドファンディングでは十分な資金を集めることができず、10年後に再挑戦したときも結果は同じだった。
彼の特許を買い取った自動車関連企業もいない。アウディから小鵬汽車(Xpeng)までに部品を供給するドイツの自動車内装部品メーカーMatikonでさえも、本件についてのコメントを控えている。同社のウェブサイトには、「運動学(キネマティクス)の原理に基づいたカップホルダーを製造している」と記載されている。これは、運動を引き起こす力とは無関係に、物体の動きそのものを幾何学的に研究する学問分野だ。
ギボロンスキーの傾斜型カップホルダーがあれば、車内はもちろん、バイクでも蓋なしの飲み物を持ち運べるようになっていたかもしれない。実際、Walmartやアマゾン、Temuでは、同様のジャイロスコープ式ホルダーがすでに販売されている。だが彼の設計が広く採用されなかったのは、人々の多くが今もなお“吸い口”から飲む安心感を求めているからなのだろうか?
文化人類学者でマーケティングコンサルタントのG・クロテール・ラパイユは、車内でキャップ付き飲料を口に運ぶという行為を、「授乳」と結びつけて説明している。「子どものころに感じた“安全”の核心は何か? それは母親が温かい液体を与えてくれることでした」。彼は04年、マルコム・グラッドウェル著『The Tipping Point』のなかでそう語った。「だからこそ、カップホルダーは安全にとって絶対に欠かせないものなのです。もしクルマにカップホルダーがなければ、安全ではないのです。わたしがSUV(の高い位置)に座っているとき、そこにコーヒーを置けて、すべてが丸く、やわらかいのであれば、安心できるんです」
クルマの運転にマルチタスクは必要か?
それは「見かけ上の安全」であって、実際の安全ではないと語るのは、英国ノーサンブリア大学でかつてデザイン学部長および副学長を務めたスティーヴン・キッフィンだ。「そもそもわたしたちは、運転中の飲食を前提にクルマを設計するべきなのでしょうか? 」と彼は問いかける。そして『WIRED』に対し、「自動車のインテリアは、本来マルチタスクではなく、注意力を促す方向に設計されるべきです」と助言している。
カップホルダーの使用には否定的な立場をとるキッフィンだが、そのデザイン力については認めている。「カップホルダーは、自動車の『家庭化』の一部なのです」と彼は語る。それによってクルマは、「単なる移動手段から、快適でプライベートな空間へと変化し、役割や文脈をシームレスに切り替えられるようになる」のだという。カップホルダーを設計する者は、「運転中の実用的な人間工学にとどまらず、クルマという空間の役割が変わることによって生じる、身体的、感情的、心理的なあらゆる側面、特に“手の届きやすさ”や“視線を向けるまでの時間”まで考慮しなければなりません」と彼は語る。
カップホルダーのデザインや配置は、近い将来大きく変わるかもしれない。Forviaをはじめとする自動車部品サプライヤー各社は、これまでコンセプトカーのなかだけに存在していた未来的な車内空間の商業化に取り組んでいる。自律走行車の普及が進むことで、「もはや人がクルマを運転しない」という前提が現実になれば、ドライバーが同乗者に変わり、よりリラックスした状態で移動を楽しむようになる。そうなれば、飲み物を飲んでくつろぐ移動体験のために、カップを収納するスペースの需要もさらに高まるだろう。
その未来がやってくる日を待つ間にも、やはり中国ブランドがこの分野をリードしているようだ──例えばLi Autoの「L6 Max」には、8.8リットルのコンパートメントが搭載されており、飲み物を0°Cまでキンキンに冷やしたり、50°Cまで温めたりすることができる。それでも少なくとも、スタンレーのタンブラーが車内に収まらない問題については、レクサスがすでに完全に解決してくれている。
(Originally published on wired.com, translated by Eimi Yamamitsu, edited by Mamiko Nakano)
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雑誌『WIRED』日本版 VOL.56
「Quantumpedia:その先の量子コンピューター」
従来の古典コンピューターが、「人間が設計した論理と回路」によって【計算を定義する】ものだとすれば、量子コンピューターは、「自然そのものがもつ情報処理のリズム」──複数の可能性がゆらぐように共存し、それらが干渉し、もつれ合いながら、最適な解へと収束していく流れ──に乗ることで、【計算を引き出す】アプローチと捉えることができる。言い換えるなら、自然の深層に刻まれた無数の可能態と、われら人類との“結び目”になりうる存在。それが、量子コンピューターだ。そんな量子コンピューターは、これからの社会に、文化に、産業に、いかなる変革をもたらすのだろうか? 来たるべき「2030年代(クオンタム・エイジ)」に向けた必読の「量子技術百科(クオンタムペディア)」!詳細はこちら。