OpenAIが再び「崩壊の危機」に直面しないためにするべきこと

人間らしくあり続けるためのガバナンス体制を築こうとしたOpenAIだったが、その構造は内側から崩壊した。OpenAIはMozilla Foundationなどが実施してきた、非営利組織としての目標と営利目的のベンチャー事業を組み合わせた手法などから教訓を得られるかもしれない。
Open AI logo going through metamorphosis turning into a beautiful butterfly.
Illustration: James Marshall; Getty Images

OpenAIには大胆な改革が必要だ。ChatGPTの開発企業である同社の新たな取締役会と、解任されたもののすぐにCEO(最高経営責任者)に返り咲いたサム・アルトマンは11月末、企業構造の立て直しを図ると宣言した。4人の取締役が会社を瀕死の状況に追い込む行動に出たのは、自社の異様な企業構造のせいだというのだ。

OpenAIは2015年に非営利のスタートアップとして設立された。しかし、人工知能(AI)技術の開発業務は同社の「利益上限付き」子会社が行っている。この子会社はOpenAIの取締役会に対し報告義務を負うが、非営利法人であるOpenAIは、テクノロジーが「広く人類全体の利益」となることを保証する責務を自らに課している。同様の体制をもちながら長く経営を続けているほかの企業を参考にすることで、OpenAIはこの特異な組織構造を盤石なものにできるかもしれない。そうした企業のなかには、第2の取締役会を設け、設立時に掲げたミッションと投資家のための利益追求というふたつの要素を両立させている例もある。

この件について『WIRED』US版がOpenAIにコメントを求めたところ、新たに取締役会長に就任したブレット・テイラーから書面で回答が寄せられた。大手テック企業幹部として豊富な経験をもつテイラーによると、OpenAIの取締役会は最近の騒動について独自の検証を進め、ガバナンスの強化に重点的に取り組んでいるという。「あらゆる利害関係者に配慮したガバナンス構造を築くことに注力しています」とテイラーは説明する。「大規模な改革の実行と、効率的な組織管理に不可欠な、多様で幅広い経験を有する取締役会の構築に積極的に取り組んでいます」

アルトマンは11月末の解任劇を経て復帰した後に『The Verge』の取材に答え、OpenAIの取締役会は予想される数々の変化に対して時間をかけて議論や調査を重ね、“耐圧試験”を行う必要があるだろうと語っている。

何をしたいのかを示す必要

OpenAIが掲げるミッションを額面通りに受け取るなら、同社はこの上なく大きな賭けに出たと言えそうだ。OpenAIが目指すのは、人間と同等の、あるいは人間を超える能力を備えたマシンを生み出せるAI技術の開発だ。実現すれば、この世のほぼすべての職業に影響を与えることになるだろう。この目標を達成できなかったとしても、OpenAIのガバナンス手法は、ChatGPTのような画期的なAI技術の登場によって繁栄を得る人々と、逆に損害を受ける人々とを分断する可能性がある。これに対し、グーグルアマゾンなどの競合企業は、この先もOpenAIのようにガバナンス構造による制限を受けることはないだろう。

「OpenAIの望みは、倫理的な正しさを基盤とするスタートアップであり続けることなのでしょうか。それとも、人類に奉仕する永続的な公的機関としてAI技術を開発することなのでしょうか」と、非営利団体Mozilla Foundationの会長を務めるマーク・サーマンは問う。「本当のところはどうしたいのか、自分たち自身で明確化し、世界に向けてはっきりと示す必要があるでしょう」

世界にはOpenAIのほかに、小売業のイケアや肥満治療薬「オゼンピック」を開発した製薬会社のノボノルディスクなど、数千に及ぶ「企業財団」と呼ばれる組織が存在する。そこでは、完全なる資本主義を実践する企業を、非営利の組織が統治するという体制が敷かれている。巨万の富をもつ経営者のなかには、個人の節税対策としてこうした事業形態を利用する者もいるが、ビジネスとは無関係の目的を優先するプロジェクトも多く存在し、OpenAIは後者を自認している。

独立した取締役会

具体的にどのような専門事業を行っているかは各財団によって大きく異なるが、なかでもMozilla Foundationは人道的ミッションと営利目的のベンチャー事業を両立させている好例と言えるだろう。03年に設立されたこの財団は、ウェブブラウザFirefoxの開発企業であり、検索エンジン促進の報酬としてグーグルから多額の支払いを受けているMozilla Corporationや、OpenAIとのオープンソース競争に意欲的なスタートアップのMozilla.aiをはじめ、営利目的の子会社をいくつか所有している。

OpenAIとは異なり、Mozilla Foundationは営利事業を担当する役員を解雇できない。営利事業の子会社にはそれぞれ独立した取締役会が存在し、そのメンバーは非営利の財団であるMozilla Foundationの理事会によって毎年選出される。「どの子会社もそれぞれ違う仕事をしています。いずれも、多様なスキルをもつ人々の集合体です」とサーマンは言う。「違う役割をもっているのですから、当然、権力も分散させるべきです」

特徴とミッションが明確に異なる取締役会を個別に設けることには、各社の商業活動により広範な自治権を与えたいとの意図も込められている。Mozillaはフィランソロピー事業、オープンソース技術、社会問題、技術政策などに詳しい人材を要職につけるようにしているとサーマンは語る。営利目的の会社では、取締役の人選に当たり、ベンチャーキャピタルや企業のマーケティングおよびイノベーション部門でのリーダー経験が重視されるという。

Mozillaの各子会社では、Mozilla.ai設立のきっかけとなった生成AI(Generative AI)の出現のような、テクノロジーの大転換について議論するために取締役会が開かれる場合もある。しかし、最終的な権限を有するのは非営利組織のMozilla Foundationであり、予算を管理しているのも、営利目的会社の取締役を解任する権利を有するのも同財団である。これまで取締役解任の権限が行使されたことはないが、Mozillaの幹部たちの言う「自分たちの活動の目標」と「市場で目指すべき目標」の相反するふたつのゴールをめぐり、激しい対立が生じたことは何度かあったとブライアン・ベーレンドルフは言う。ベーレンドルフは設立当初からMozilla Foundationの理事を務めるソフトウェア開発者であり、非営利財団のApache Software Foundationの共同設立者でもある。

Mozilla Foundationと協議の結果、Mozilla Corporationは15年にオープンソースのモバイルOS開発プロジェクトの打ち切りを決めた。数億ドルの予算を投じたものの、スマートフォン製造企業との提携が難航していたからだ。「競争に勝つには、ソフトウェアの独占権を行使し、公益の創造とは無縁の商取引も成立させなければなりませんでした」とベーレンドルフは言う。「プロジェクトの中止は無念でしたが、自分たちのミッションや財団の指針である『Mozillaマニフェスト』を全うできる方法が見つからなかったのです」。財団の設立文書には、誰もがアクセスできるオープンな空間としてのインターネットを守り続けるとの誓いが明記されている。

複雑なガバナンス整備

OpenAIのガバナンス整備は、さまざまな点でMozillaが経験したことのない複雑な問題を伴う。Mozillaには外部の資金提供者はいるが、投資家からの出資は受けていない。それに対しOpenAIは、人類に奉仕するという会社全体のミッションに取り組む一方で、最近の騒動を受けて組織の方向性に関する発言権の拡大を求める投資家たちの、不安を解消してやらなければならないのだ。特に、OpenAIに130億ドル(約1兆9,000億円)を出資しているマイクロソフトの存在は大きい。

OpenAIの取締役会によるアルトマン解任の一報が、主要出資者であるマイクロソフトに届いたのは、公式発表の直前だったという。マイクロソフトのCEOであるサティア・ナデラは11月末、こうした不意打ちは容認できないと明言している。ナデラはジャーナリストのカーラ・スウィッシャーのポッドキャストに出演した際にも、「親密なパートナーシップを築いて同社のミッション達成に協力してきたマイクロソフトの存在なくして、OpenAIを語ることはできません」と発言している。「パートナーである以上、重大な決断を下す際には相談を受ける権利があると思います」

OpenAIは11月末、マイクロソフトを議決権のないオブザーバーとして取締役会に迎えると発表した。経営に直接かかわる権利を与えないことで、兼任役員を禁じる法律に関する米独占禁止規制当局の監視をかわしたいのかもしれない。競合する大企業の取締役会メンバーが重複する事態は、公正な競争を脅かすと見なされるのだ。11月末、OpenAI取締役会長のテイラーは、「類まれな人材からなる、質の高い、多様性に優れた取締役会の構築を目指します。役員ひとりひとりの豊かな経験が、技術開発から安全性や行動指針の確立まで、OpenAIのミッションの幅広さを物語っています」と文書のなかで述べている。

OpenAIがMozillaのように営利事業会社の取締役会を別途設けることになれば、マイクロソフトをはじめとする投資家たち、またおそらくは従業員たちも、非営利事業の意義を損なうことなく、経営陣に率直な意見を伝えやすくなるかもしれない。

従業員や投資家たちはアルトマンの解任に強く反発したが、この一件は、騒動の渦中において「第2取締役会」が安全装置としてどれほど役に立つかを実感できる予行演習になったはずだと、かつてMozilla Foundationの理事を務めたロナルド・レモスは言う。「従業員と投資家の間に生まれた連帯は、組織の再編成を進めるうえで極めて重要なものとなりました」と、現在はリオデジャネイロ技術・社会研究所(ITS Rio)の主席サイエンスオフィサーを務めるレモスは言う。

Mozillaはほかにもいくつか営利部門に対する抑制機能を確保している。「Mozilla」の商標権はMozilla Foundationが保有しており、不測の事態が起きた場合に子会社の商標使用ライセンスを無効にできる。「企業としての誠実さを守るための対策です」と会長のサーマンは言う。

子会社が支払うライセンス料は、Mozilla Foundationの助成金事業や慈善活動の資金として使われる。同財団が専任スタッフの人件費として計上する予算額は、年間約3,000万ドル(約43億7,000万円)に上る。納税申告書によると、OpenAIは現在、非営利部門と営利部門で従業員を共有している。非営利部門に取締役会を設け、独自の調査チームや方針策定チームを稼働させれば、営利部門とは距離を置き、独立した監督体制を敷くことができるだろう。

利益相反にならないように

OpenAIにとって、大がかりな構造改革だけがガバナンス強化の手段ではない。今回の解任劇のなかで、投資家やそのほかの観測筋はOpenAI幹部たちの監督能力や、欠員が何カ月も続いた取締役会のあり方に対し、不安を募らせていた。取締役会の構成や後継者育成計画に関する具体的なルールが存在しないなら、この機会に内規として定めてもいいだろう。そうしたルールのなかで、独立した立場の取締役と見なされる基準や、社外取締役の選出方法についても定義すべきかもしれない。

「おそらく最も重要なのは、ビジネスに精通した人材を取締役として確保することでしょう」と、フロリダ大学法学部の教授で、組織設計について研究するピーター・モークは言う。「OpenAIは、博物館や地域の図書館のような、純粋な意味での非営利組織ではありません。市場で圧倒的な存在感をもち、多額の契約をいくつも結び、常に大企業と競い合っているのですから」

取締役会のなかで、役員たちの人脈や利害の対立に関するガバナンス方針を新たに定めたり、内容を拡大したりすることも考えられるだろう。アルトマンは個人的にOpenAIの取引先を含むスタートアップ十数社に出資しており、起業家へのアドバイザーとしても高く評価されている。公共安全機関向けにドローンを製造するBrincのCEOであるブレイク・レズニックは、アルトマンを「Brincの最初の顧客であり、自分を実家のガレージから脱出させてくれたうえに、いまも変わらず支援してくれている恩人」と評する。

アルトマンはこのところ、AIソフトウェア用コンピューターチップの新規開発事業のための資金調達に乗り出すとともに、生成AIを搭載したデバイスを開発するベンチャー企業との提携を進めている。彼は『The Information』の取材に対し、基本的にこうした活動がOpenAIでの自身の業務に直接的な影響を及ぼさないようにするとともに、あらゆる情報を開示するつもりだと語っている。また、OpenAIとは利害関係のない一部の投資家は『WIRED』に対し、アルトマンの社外での活動は一見したところ特に警戒を要するとは思えないと語っている。

OpenAIの納税申告書によると、同社は年次の開示義務を伴う利益相反ポリシーを定めている。しかし、活動の幅を広げすぎたせいで、取締役会内部の問題に対するアルトマンの注意が散漫になっていた可能性はあるだろう。一部の報道によると、アルトマンはCEO復帰に向けて奮闘する一方で、会社を追われる前にOpenAIの取締役たちをうまく手なずけておくべきだったと身近な人々に漏らしていたという。

情報の伝え方の問題

簡単なものでも何らかのコミュニケーションポリシーが定められていれば、アルトマンと取締役たちの間の緊張は抑えられ、今回の騒動もこれほど深刻化せずに済んだかもしれない。

アルトマンとOpenAIの元取締役であるヘレン・トナーとの対立は、製品発売に関するOpenAIの決定を批判する調査分析を、トナーが11月に発表した直後に起きた。同社の経営陣をよく知るある人物によると、それはポリシーがなくても「難なく解決できたはずのささいな」意見の食い違いだったという。ところが、アルトマンの追放が最初に公にされた際に、詳しい情報が伝えられなかったことが予想外の展開を招き、会社に必要以上のダメージを与えることになったのだ。

OpenAIは、AI業界に長く君臨する巨大テック企業よりも透明性の高い、オープンな企業をつくるとの誓いを掲げて設立された。ところが、Mozillaが社則や納税申告書のほか、公式の記録と見なされる財務情報すべてをインターネット上で公開しているのに対し、OpenAIは同様の記録を一切公開していない。『WIRED』が政府機関のサイトから入手したコピーにも、明らかな誤りがいくつかある。

23年にデラウェア州に提出されたOpenAIの年次法人税報告書には、長年にわたり同社のフィランソロピー部門で重役を務めたホールデン・カルノフスキー(Holden Karnofsky)の名が取締役として記載されているが、姓のつづりがKarnofskuと誤記されているうえ、別の情報によると彼は21年にすでに退任している。また、この報告書には、OpenAIの共同設立者のひとりで、17年からアルトマンがCEOに復帰した23年11月まで取締役を務めたイリヤ・サツケヴァーに関する記述がない。過去の報告書にも明らかな誤りがいくつもあり、OpenAIが米国税庁(IRS)に開示した情報と矛盾する内容も散見される。公開されたOpenAIの報告書を精査した起業家のジョン・ローバーは、こうした混乱を「不可解極まりない」と評する

OpenAIの経営陣は、不適切な行為による訴追は免れたが、故意に虚偽の内容を報告書に記載したのであれば、偽証罪に問われる可能性がある。デラウェア州当局のロニー・バルタザール報道官は、いかなる企業も年次報告書には「取締役会の構成を含む関連事項について、常に最新の情報を記載すること」が法律で義務付けられていると述べたが、それ以上の言及は避けた。

24年の納税申告シーズンが迫るなか、“新生OpenAI”が最初に取り組むべき仕事は開示情報の整備、そして次のステップは第2取締役会を具体化することかもしれない。

WIRED US/Translation by Mitsuko Saeki/Edit by Mamiko Nakano)

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