メタのAIグラスで“賢くなる”ことに伴うぎこちなさ

メタのCEOであるマーク・ザッカーバーグは、将来スマートグラスをかけていない人は「認知機能の面で不利な立場」に置かれると主張している。ただし、そこにはどうしても不自然さや気まずさがつきまとう。
The Meta Ray Ban Display.
Meta Ray-Ban Display。Courtesy of Meta

この夏の決算説明会で、メタ・プラットフォームズの最高経営責任者(CEO)であるマーク・ザッカーバーグスマートグラスの未来について大胆な主張をした。彼は、人工知能(AI)を搭載したスマートグラス(できれば自社製のもの)をかけない人々は、いずれスマートグラスをかけた人々と比べて「認知機能の面でかなり不利な立場に置かれる」と信じているのだ。

しかし、メタがフェイス・コンピューティング・プラットフォームによって人間を高めようとした最新の試みは、その主張を裏づけるにはほど遠いものだった。

9月17日(米国時間)に開催された開発者会議「Meta Connect 2025」の基調講演で、CEOのザッカーバーグは発表したばかりの新しいAIグラスを披露し、デモンストレーションへと進んだ。ところが、その実演は即座に混乱に陥った。あるシェフが登壇し、メタグラスの音声アシスタントにレシピを教えてほしいと「Hey Meta」と呼びかけると、会場に配布された何百ものメタのスマートグラスが一斉に反応したのだ。

イベント後に投稿されたInstagramリール動画で、メタの最高技術責任者(CTO)であるアンドリュー・ボズワース(自身のステージも技術的トラブルに見舞われた)は、同じ場所であまりにも多くのAIが稼働してしまったため、自分たちでDDoSを引き起こしてしまったと説明した。しかし、ビデオ通話のデモも失敗し、うまくいったデモもラグや中断だらけだった。

Meta Connectの基調講演を単に笑いものにしたくて、このように書いているわけではない(わたしたちはライブデモが大好きなのだから! )。だが、ぎこちないやりとりや繰り返される命令、でくのぼうのような会話は、この技術が現実世界でいかに“不器用”かを浮き彫りにしてしまった。

「一番の問題は、AIアシスタントに話しかけて何かを頼んでも、理解されない場面があまりに多いことです」と、調査会社CCS Insightsのディレクターでアナリストのレオ・ゲビーは語る。「失敗のリスクは依然として高く、デモで示されるものと実際に得られる体験との間には、大きな隔たりがあります」

Live Captions seen on the Meta Ran Ban Display.
Meta Ray-Ban Displayに表示されるライブ字幕。Courtesy of Meta

スマートグラス越しの世界

今回、ザッカーバーグが思い描くスマートグラスが人類をより高次の思考や機能へと導くコンピューティング基盤になるという未来像までは、まだほど遠いことが示されてしまった。顔にインターネット接続されたデバイスを装着すれば、情報にアクセスするのは確かに容易になり、速くなる。そのことで、より賢く、あるいは少なくとも賢く見えるようになるかもしれない。しかし、Meta Connectのデモが公然と示したように、顔にチャットボットとスクリーンを乗せる行為そのものが、認知的な利点を帳消しにしかねない。スマートグラスは、「社会的」な意味で着用者を不利にしてしまうのだ。

現在、メタのAIグラスは市場で手に入る最高のスマートグラス製品だといえる。かつての「Google Glass」のような“ダサさ”は影を潜め、レイバンやOakleyを傘下にもつエシロールルックスオティカとの提携によって、ビジュアル面でも大幅に改善されている。新しい第2世代「Ray-Ban Meta」モデルは、見た目はほとんど普通の眼鏡だ。だが、そこに認知力を高める機能を積み重ねていくと、重量もかさんでいく。「Meta Ray-Ban Display」の存在感を見ればわかる。Instagramのリール動画を視聴できるが、見た目は大きく、かさばっており、野暮ったさも否めない。

そのスタイルを着こなせる人もいるだろう(『カールじいさんの空飛ぶ家』の主人公をファッショナブルにした感じで)。しかし実際に街中で使う過程は、どうしても不自然さが拭えない。

わたしが「Meta Ray-Ban Display」グラスをMeta Connectで試したところ、スクリーンは確かに視認できたが、ややぼやけており、焦点を合わせるのに時間がかかった。テキストを読んだりアイコンを探したりするには、右下に視線を落とす必要があり、相手から見れば完全に寄り目をしているように見えるのだ。

さらに、通知が視界に直接割り込んでくる。「1対1で会話しているときに、突然『WhatsAppにメッセージが届きました』とポップアップが出てきたら、侵入的だと感じないわけがありません」とゲビーは語る。「あまりに気が散ります」

メタのAIグラスで“賢くなる”ことに伴うぎこちなさ
Courtesy of Meta

“第二の現実”のほうが重要に?

教育系非営利団体「West Ed」のシニアリサーチャーであるタナー・ヒギンは、人々がスマートグラスやHUDを使う様子を観察すると、装着者の注意が周囲ではなくインターフェイスに移っていることがすぐにわかると話す。

「装着者を見ていると、明らかに身体的な変化が起きるのです」とヒギンは言う。「注意がディスプレイに移ることで、どこか虚ろな表情、“1,000ヤードの凝視”のような視線になります。そして親指を動かしたりボリュームを調整したりするしぐさがそれを補強する。装着している人によっては、目の前の物理的現実よりも、もうひとつの“第二の現実”に仕えることのほうが、その瞬間は重要になってしまうのです」

街中で誰かと会話しているときにそうなれば、まるで相手がスマートフォン画面に夢中で自分の話を聞いていないようなものだ。いくら認知的に強化されたと言っても、目の前の相手に集中できないのでは本末転倒だろう。

ゲビーは眼鏡を常用しており、本来ならメタのAIグラスのターゲット層に当てはまるはずだと話す。「1日中かけていられるはずですが、わたしは絶対にかけません」と彼は言う。「社会的な関係性を損ないかねない、奇妙な行動を常に気にしてしまうからです」

もっとも、そうした“気まずさ”の可能性が購入を止めることはない。メタはこれまでにレイバンのAIグラスを200万本以上も販売している。同社は今後も、ユーザー体験におけるこうした奇妙な側面に焦点を当てていくだろう。ジェスチャーを滑らかにしたり、ディスプレイの配置を調整したり、1対1の会話を感知して通知をミュートしたり画面を自動的にオフにしたりする機能は、デバイスをより自然に感じさせるための当然の進化といえる。

メタのAIグラスで“賢くなる”ことに伴うぎこちなさ
Courtesy of Meta

利点は懸念を上回るのか

あらゆるテクノロジーと同じく、これらもやがて改善され、日常に組み込みやすくなる。現時点でも、その存在を正当化する機能はすでにある。例えば会話をリアルタイムで字幕化し、テキストを小さな画面に表示する機能は、聴覚障害のある人から道を尋ねる旅行者まで、幅広い人々に役立つはずだ。

「こうした利点は、人々が抱く懸念を上回るでしょうか? 」とゲビーは問いかける。「おそらくすぐにそうなると思います。わたしたちはすでに、レンズ越しの景色に足を踏み入れているのです」

それでも、ザッカーバーグがスマートグラスを脳機能を高める道具として売り込むことには問題がある。それは、テクノロジーを使えばいつでも勝てる、どんな場面でも“より優れた人間”になれる、と暗に示すからだ。人間関係をそうした視点でとらえるのは、極めてシニカルな発想である。

「わたしたちは常に最適化や競争を迫られている感覚をもっています。誰かと接するたびに、その関係からいかに優位性を引き出すか、どんなかたちで活用できるかを考えてしまいます」とヒギンは言う。「そんな風に生きるのは、あまりにも奇妙です」

Meta AI description of a painting style.
Courtesy of Meta

(Originally published on wired.com, translated by Eimi Yamamitsu, edited by Mamiko Nakano)

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