ゲイリー・レフは、旅行関連のリワード(特典)プログラムを駆使するネット界の達人のなかでも「王者」と呼ぶにふさわしい存在だ。米大学の研究センターで最高財務責任者(CFO)を務める一方、23年間にわたり旅行情報ブログ「View from the Wing」を更新し続けている。マイルやポイント、そして各種特典は、レフにとって小遣い稼ぎや副業ではなく、もはや生活の一部になっているという。
「ブログにどれだけの時間を費やしているかなど意識していません。もともと好きなことをしているだけですから」とレフは語る。「正直、熱中しすぎて読者がいることすら忘れてしまうこともあります」
レフと話していると、まるで人間の姿をしたスプレッドシートなのではないかと思える。頭のなかに無数のタブが開かれていて、フライトやホテル滞在、クレジットカード利用のすべてから最大の価値を引き出すために、絶えず複雑な計算を続けているかのような印象を受ける。そこで『WIRED』は、その緻密な計算の背後にあるロジックについてレフに尋ねた。
──まずは核心から教えてください。クレジットカードは何枚持っていますか?
何枚あるかは正確に把握していませんが、机の横の引き出しには、カードが束になって入っています。更新の時期が近づくと、カレンダーにリマインダーを入れ、そのカードを継続すべきかどうか見直すようにしています。各カードの使い道はすべて把握していて、それぞれに明確な目的があります。
──ロイヤリティ・プログラムにはいくつ参加していますか?
旅行関連、つまり航空会社やホテルのプログラムに限れば、おそらく70以上です。これは、クレジットカードに付随するポイント制度を除外しての数字です。
──最初にポイントに関心を持ったきっかけは?
10代のころ、家族を訪ねてオーストラリアに行った際に初めてポイントを獲得しました。ただ、その時はポイントを失効させてしまい、いま思えば非常にもったいないことをしました。
その後、航空会社から郵送されてくる案内を読むようになり、細かい条件のなかに興味深い仕組みがあることに気づきました。例えば、特定の3つのレストランを利用すれば大量のボーナスマイルがもらえるといったキャンペーンです。条件をよく確認してみると、最低利用額が記載されていませんでした。つまり、ソーダドリンク1杯だけでも対象になるのではないかと考え、実際に試してみました。結果として、非常に効率的にマイルを獲得できることがわかったのです。
──これまでで最も大きな成功体験は?
お得な情報や割引キャンペーンだけでなく、“誤掲載運賃・料金(mistake fare)”にも常に目を光らせています。以前はいまよりもずっと頻繁にミスが発生していました。
例えば、タイのビーチ沿いのホテルが、宿泊料金を米ドルではなくウガンダ・シリングで表示してしまっていたことがありました。その結果、最上級のオーシャンフロント・ヴィラ(専用プール付き)に1泊わずか33ドル、それも朝食と税金込みで泊まることができました。さらにそのときは、アメリカン・エキスプレス・トラベル経由の特典と組み合わせて、バンコクにあるコンラッドのプレジデンシャル・スイートも1泊51ドルで予約できました。
──なんとも驚くべき話ですね。
別の例を挙げると、新婚旅行でフランス領ポリネシア内の航空券を手配しようとしたときのことです。本来であれば往復約330ドルかかるところ、オンライン予約サイト「Travelocity」で為替換算の誤りにより33ドルと表示されていたのです。細部に注意を払い、また人とのネットワークを通じて情報を共有していれば、このような好機を見逃さずに活かすことができます。
──こうした細かい情報を共有したいという思いからブログを始めたのですか?
2002年、ワシントンD.C.に住んでいたときに、知り合いが次々と政治関連のブログを立ち上げました。しかし、自分はその分野で独自の視点を打ち出せるとは思えませんでした。そこで人からよく質問を受けるトピックはなんだろう?と考え、旅行のコツを書き始めることにしたのです。
その年の5月のある週末、Blogspot.comで無料アカウントを開設し、最初は30人ほどの読者に向けて記事を書いていました。それが500人、1,000人と読者が増えていきました。直近の6月には550万人とやや減少しましたが、今年3月には750万人まで増えていました。
──では、具体的な数字の話をしましょう。ポイント制度はそれぞれ微妙に仕組みが違います。例えば10万マイルといっても、プログラムごとに実際どのくらいの価値になるのかがわかりにくいです。あなたはどうやって判断しているのですか?
それぞれのポイントやマイル別に、大体ドルでいくら位になるかを把握しています。例えばホテルのポイントでいうと、マリオットは0.65セント程度、ヒルトンは0.40〜0.45セントほどで、IHGもほぼ同水準と見ています。一方、ハイアットのポイントは1.4セントほどで評価しており、これはアメリカン航空やユナイテッド航空のマイルと同程度です。デルタ航空のマイルはおよそ1セント、ヴァージン・アトランティック航空のマイルは0.9セント前後と考えています。
──その基準を踏まえて、マイルを最も有効に使う方法は?
マイルの価値を私的通貨として考えるべきです。中央銀行が存在せず、特定の価格水準に従うことになります。最もシンプルなモデルは、政府発行通貨のインフレ分析と同じ手法です。シンプルな貨幣数量方程式、MV=PQを使います。市場に流通する貨幣の量(M。マイルの発行量)に、流通速度(V。マイルが使われる速さ)を掛けたものが、取引量(Q。座席数などの特典の量)と物価水準(P。特典を得るのに必要なマイル数)の積に等しくなる、わかりますよね?
──ええ。それは理解していました。
価格(=特典ひとつあたりに必要なマイル数)は航空機の座席数に左右されます。航空会社は“キャパシティ・ディシプリン(供給管理)”と呼ばれる手法を駆使して、売れ行きの悪い便は飛ばさないように、巧みに調整しています。その一方で、毎年発行するマイル数は実際に使われる量を大きく上回っており、しかもマイルを貯める方法は以前よりずっと増えているのです。
──初心者はどうすればいいですか?
マイルを取りこぼさないことです。まずはプログラムに登録すること。そして、ポイントを管理することです。わたしはAwardWalletを使っていますが、管理方法は自分に合ったやり方で構いません。オンラインで買い物をするときは、会員番号を入力し、ショッピングポータルを経由するのもいいでしょう。さらにCashback MonitorやSavewise のような比較サイトを使って、どのポータルを経由するのが最もお得かを調べることで、リターンを最大化できます。
──まるでエクセルを自在に操る、“ポイント・ハッカー”のようですね。
実は、わたしはスプレッドシートをあまり使っていないです。記憶力には自信がありますし、マイルやポイントの仕組みを追い続けて、かれこれ30年近くになりますから。
(Originally published on wired.com, translated by Miki Anzai, edited by Mamiko Nakano)
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雑誌『WIRED』日本版 VOL.56
「Quantumpedia:その先の量子コンピューター」
従来の古典コンピューターが、「人間が設計した論理と回路」によって【計算を定義する】ものだとすれば、量子コンピューターは、「自然そのものがもつ情報処理のリズム」──複数の可能性がゆらぐように共存し、それらが干渉し、もつれ合いながら、最適な解へと収束していく流れ──に乗ることで、【計算を引き出す】アプローチと捉えることができる。言い換えるなら、自然の深層に刻まれた無数の可能態と、われら人類との“結び目”になりうる存在。それが、量子コンピューターだ。そんな量子コンピューターは、これからの社会に、文化に、産業に、いかなる変革をもたらすのだろうか? 来たるべき「2030年代(クオンタム・エイジ)」に向けた必読の「量子技術百科(クオンタムペディア)」!詳細はこちら。