サム・アルトマンはOpenAIの最高経営責任者(CEO)であるにもかかわらず、自分は最も重要な人物ではないと常に主張してきた。アルトマンは今年、非公式の“AI大使”として世界の指導者たちと会うなかで自身の役割を控えめに語ってきたが、その間にも彼はサンフランシスコにあるOpenAIの豪華なオフィスで何が起きているのかを把握するために、スマートフォンをこっそりのぞき込んでいたのだ。
「ここには非常に素晴らしいチームがあり、さまざまなことを実現できます。ですから基本的に、わたしはチームのメンバーたちに従います」──。アルトマンが不在の際にOpenAIはどのように運営されるのか、5月に尋ねた際にアルトマンはこう語っている。「でも、CEOにしかできないこともあります。それは、その時々の人事であったり、プロジェクトの中止や主要パートナーとの取り決めなどです」
このようなタスクは彼のスマートフォンに蓄積され、1日の終わりに彼は大急ぎで返信を打っていた。そうして彼はスピーチの場に戻り、開発者たちと会い、各国の首相とお茶を飲むのだった。
そうして11月17日(米国時間)に、「その時々の人事の問題」の先駆けとなる知らせが突如としてアルトマンにもたらされた。OpenAIの共同創設者でアルトマンの味方でもあるグレッグ・ブロックマンによると、この人工知能(AI)企業を統括する非営利組織の取締役会は昼ごろに突然、CEOを解任したのである。
“ClosedAI”との異名もある会社にふさわしく詳細は不明だが、声明によると取締役たちは「アルトマンは取締役会とのコミュニケーションにおいて一貫して率直でなく、取締役会がその責任を果たす際の妨げとなっていた」と結論づけたのだ。ウェブメディアの「Axios」が最初に報じたOpenAIスタッフへの内部メモにより、後にこの動きは「不正行為への対応ではない」ことがわかったが、詳細な説明はほとんどなかった。
アルトマンの退任はチーフサイエンティストのイルヤ・サツキヴァーと最高技術責任者(CTO)のミラ・ムラティによって支持されていたことが、後に徐々に明らかになった(後者が後任のCEOとなった)。17日の夜が終わる前にOpenAIの社長であるブロックマンは同社を辞め、また彼のほかに数名の主要なエンジニアも辞めるとの報道があった。
ナイキの在庫一掃セールでは新たなセール品が次から次へと発表されるが、今回の一件についてはそれより多くのニュースが発表される可能性がある。OpenAIにとって次に何が起きるかを正確に知るには、まだ時間がかかるだろう。しかし、すでに明らかになった取締役会のクーデターは、シリコンバレーの歴史において1985年にアップルがスティーブ・ジョブズを解雇したことと同じように衝撃的な出来事のひとつになっている。
『WIRED』US版では雑誌の2022年10月号でOpenAIを特集した[編註:『WIRED』日本版でも11月20日から順次掲載]が、その取材の結果からはアルトマンを失う影響についていくつかのことが言える。
まず初めに、OpenAIはアルトマンとイーロン・マスクにより、ある使命を果たすために設立されたものだという事実を思い出すことが重要だろう。「この組織は人間にとってプラスになるAIを開発しようとしています。それは非営利組織であり、世界の人々がこれを所有することになるのですと、アルトマンは2015年12月の取材に語っている。それはプロジェクトが世界に公開される直前のことだった。
アルトマンが主導者であることは明らかだったが、彼はまだOpenAIのリーダーではなかった。しかし、OpenAIの事業はまさに彼の専門領域にあった。OpenAIはスタートアップインキュベーターであるYコンビネーターの研究部門の一部であり、アルトマンはそのCEOだったのである。
アルトマンは、Yコンビネーターの代表に就いたとき、テクノロジーを使って世界の厄介な問題を解決するという夢を追い求めるためにこの部門を立ち上げた。OpenAIのもともとの計画は、世界最高のAI科学者たちを比較的少数集め、人間をあらゆる次元で凌駕する汎用人工知能(AGI)の鍵を見つけ出すことにあった。
そしてその計画は、この信じられないほど強力な技術の所有権を、巨大な企業ではなく人々に与えるという構造のなかで進めていくというものだった。
汎用人工知能の実現に向けた献身
OpenAIは初期の数年間、目標に向けて小さなステップを踏む代わりに大きな飛躍を遂げるスキームを考え出すまで苦労していた。18年初頭、アルトマンは会社を買収しようとしたマスクの提案を断ってCEOの座に就き、自らを困難な状況に置いた。Yコンビネーターから退き、AIの探求に自身のエネルギーの焦点を当てたのだ。
後に語っていたことだが、彼は人類がAGIをつくり出すチャンスは一度しかないと気付き、その機会にかかわりたいと思ったのだ。こうして彼の指導のもと、会社は小さな研究所から世界で最も強力な技術を開発する場所へと変貌を遂げた。
「ChatGPT」の登場以降、アルトマンはOpenAIの顔というだけでなく、AIが約束する未来やAIが潜在的にもつ危険な力を象徴する存在でもあった。議論の余地はあるかもしれないが、彼はシリコンバレーで最も賞賛されていたテック業界のリーダーだったのだ。
OpenAIはアルトマンなしでこれまで実現してきたようなブレークスルーを続けられるだろうか。アルトマンは科学者ではないので、OpenAIの重要な技術的成果のいずれにも直接的にかかわっていないとしても驚くべきことではない。しかし、AGIの探求に対する彼の献身は、OpenAIを忠実に支えてきたものであり、機械学習の専門家たちの応援団でもあった。
アルゴリズムの観点から言えば、会社の中心はAIのパイオニアであるサツキヴァーであり、彼のAGIを創造しようとする情熱はアルトマンと同じくらい強力である。OpenAIが「GPT-3」のテキスト生成AIがコードを書く様子のプレビューを見せてくれたとき、そのダイナミクスが具体例として示されるさまを目にしたのだ。
このときアルトマンは最初に、そこをAGIの開発に向けた取り組みの場所と位置づけながら、このプロダクトの重要性を概説した。そしてサツキヴァーと彼の技術チームがデモを披露し、その裏側にある魔法を説明するなか退席した。
いま、わたしたちはChatGPTの登場によってAIの新時代を認識している。しかし、GPT-3のようなシステムがこの画期的なAI新時代を切り拓く可能性が明らかになったとき、アルトマンはOpenAIの実存的課題に対処するうえでより直接的に重要な存在となった。
こうした大規模な言語モデルのトレーニングには数十億ドルと膨大な計算インフラが必要とされたが、アルトマンはもともと非営利だった組織の取締役会によって制御される営利企業がAGIの構築の使命を引き継ぐという異例の企業構造への転換を実現した。彼はまた、転機をもたらす130億ドルの提携をマイクロソフトと結んだが、これによりOpenAIはサーバーやAIチップに投じる資金を得て、それらを利用できるようにもなったのだ。
このような動きによって、OpenAIは22年に一躍有名になった。しかし、一部の関係者には、大企業に対抗すべく設立されたOpenAIが、その大企業へと変貌しつつあるように見えた。
11月17日(米国時間)の取締役会によるアルトマンの解任は、マイクロソフトとの関係を危うくする可能性がある。マイクロソフトのCEOであるサティア・ナデラは、つい先週のOpenAIの開発者会議でもアルトマンとの協力関係を公表していた。
マイクロソフトは17日、OpenAIへの支持を再確認するナデラの声明を発表したが、数十億ドルと自社の将来を賭けたプロジェクトがこのような混乱に陥っている様子を目の当たりにして、ナデラは不満を感じているに違いない。
世界を説得してきたアルトマンの功績
アルトマンのもうひとつの功績は、政治家や世界のリーダーたちを口説き落としたことだろう。業界の力が大きくなるにつれ、テック業界のリーダーたちはこの説得に失敗してきたのだ。
米上院議員のリチャード・ブルメンソールは、アルトマンがChatGPTの初期バージョンを示してAIの規制を支援するために上院と協力することを申し出た経緯を、好意的にまくしたてた。AIの推進者であるアルトマンは、同様に世界中の指導者を魅了した。フランスのデジタル担当大臣は18日、“失業中”のアルトマンが有益なAIの探求をフランスにもたらすことを歓迎すると、Xに投稿している。これに対してOpenAIは、アルトマンが政府関係者やパートナー、開発者と築いてきた関係を再構築しなければならない。
暫定CEOに就任したムラティは卓越したコミュニケーターであり、世界各国がAI規制の機構を立ち上げるなかOpenAIのパートナー関係を維持し、会社の代表として素晴らしい仕事をするかもしれない。しかし、ムラティの新しい仕事の大部分は、社会的な混乱を引き起こした不穏で不透明な経営陣交代の後、なぜOpenAIが信頼に値するのかを説明することだろう。
AI科学者のペドロ・ドミンゴスはXへの投稿で、この疑問を端的に表現している。「このドジな連中が人類の安全に責任をもちたいというのか?」
アルトマンの追放は、スーパーインテリジェンスを人類に同調させることを意図したOpenAIが、自社の役員やトップの価値観さえも同調させることができないことを示している。非営利プロジェクトに利益追求の要素を加えることで、OpenAIはAI大手へと変貌した。
製品の発売は利益だけでなく、有益なAIをより適切に制御・開発する方法を学ぶ機会も提供するはずだった。しかし、AGIを安全に開発するというOpenAI設立当初の約束に反することなくそれを実現できるのだと、現在の指導者たちが考えているかどうかは不明である。
ムラティは、OpenAIにはAIの開発において実行可能な哲学がまだあることを、OpenAIのスタッフや支援者に納得させるという難題に直面している。ムラティはまた、ChatGPTのようなプロジェクトを支える大規模なインフラを運用するために、OpenAIに必要な資金を供給する必要がある。
アルトマンは解任当時、Thrive Capitalが主導する資金調達ラウンドで数十億ドルの新規投資を求めていたと報じられている。資金提供者にとっては、ほんの24時間前と比べてOpenAIの魅力が低下したことは間違いない(Thrive CapitalのCEOであるジョシュア・クシュナーはメールでの問い合わせに返答しなかった)。
さらに、CEOの肩書きに「暫定」という言葉が含まれている人物は、何をするにもさらなるハードルに直面することになる。OpenAIは、常任のCEOを早く任命したほうがいいだろう。
「英雄の旅」のこれから
OpenAIの新たな常任CEOが誰になるにせよ、同社は現リーダーのサツキヴァーとムラティの派閥と、退任したアルトマンとブロックマンの派閥に引き裂かれたチームを引き継ぐことになりそうだ。騒動を理由に辞任したとされている研究者3人のうちのひとりは「GPT-4」の共同発明者であり、その研究を率いてきたヤクブ・パチョッキだった。これは重大な損失であり、今後さらに多くのスタッフが追随することが予想される。
OpenAIは、熾烈なAI人材の獲得競争において非常に不利な状況に立たされるかもしれない。トップクラスの研究者は数百万ドル(数億円)の報酬で確保されているが、最も熱心な研究者にとっては強力なAIをどのように開発・導入するかという問題のほうが金銭よりも重要なのだ。
もし、OpenAIが内部の有力者間の敵対関係によって、人類にとって最も重要な発明を生み出し普及させる最善の方法の決定が妨げられているような環境とみなされれば、優秀な人材は関与したがらないだろう。エリート研究者たちは代わりに、21年にOpenAIを退社した技術者たちによって立ち上げられたA企業のAnthropicや、アルトマンとブロックマンが立ち上げる新しいプロジェクトに目を向けるかもしれない。
アルトマンのこれまでの道のりは、神話学者で作家のジョーゼフ・キャンベル風に言えば、典型的な「英雄の旅」だった。07年にわたしは当時の勤務先だった『ニューズウィーク』のオフィスで、LooptというスタートアップのCEOだったアルトマンに初めて出会った。その瞬間から、アルトマンからはテクノロジー分野の最大の課題を解決しようとする燃えるような情熱がほとばしると同時に、驚くほど人としての謙虚さがにじみ出ていたのだ。
アルトマンは今年、人間や社会にポジティブな影響を与える「ヒューマン・ポジティブ」なAIを推進し、同時に大惨事を防ぐためにAIを規制するよう提言する慌ただしいツアーを実施した。このとき、わたしはロンドンでアルトマンに同行した。アルトマンが群衆に向かって演説したり、セルフィーを撮影するためにポーズをとったり、さらには反対を訴える数人に話を聞きに行ったりする姿を目にしたのだ。しかし、その仕事はストレスの多いもので、上院で証言したときに起きたような偏頭痛を周期的に引き起こしかねないとも感じた。
つい先日、アルトマンは新たな権力と名声に伴う途方もない課題を克服したかに見えた。11月6日に開催されたOpenAIの開発者会議で、アルトマンは自信に満ち、入念にリハーサルに対応し、多数の新製品を紹介し、テクノスフィアにおける究極のプレゼンター、つまりスティーブ・ジョブズのスタイルで驚異的な進歩を明らかにするショーマンであることを主張したのだ。
アルトマンは、ようやくスポットライトを浴びることに慣れたようだった。しかし、その後そのスポットライトが消えた。アルトマンは、別の場所でAGIを開発しなければならないだろう。OpenAIはまだAGIの開発を目指しているかもしれないが、まず事態を収集する必要がある。
(WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)
※『WIRED』によるサム・アルトマンの関連記事はこちら。OpenAIの関連記事はこちら。
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