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AI時代にリベラルアーツの卒業生に贈る言葉|スティーヴン・レヴィの場合

卒業生諸君、AIによってきみたちのキャリアが始まる前に終わるなんてことはない──30年にわたりテックジャーナリストとして業界を取材してきた『WIRED』エディター・アット・ラージのスティーヴン・レヴィが、母校テンプル大学の卒業生たちに贈った祝辞。
A student wearing a graduation gown and holding a graduation cap.
PHOTO-ILLUSTRATION: WIRED STAFF/GETTY IMAGES

AI時代が幕を開けるなか、リベラルアーツの学位を取得して卒業するのはどういう気持ちだろうか。それが、2025年5月初めに(わたしの母校でもある)テンプル大学リベラルアーツ学科でスピーチをしたわたしが直面した心境だった。正直なところ、人工知能(AI)を開発している人々を含め、誰もAIについて今後何が起こるのかはわかっていない。わたしはひとつの核心的な真実に基づいて楽観的な見解を述べた。AIがどれほどすばらしいものになろうとも、定義上、AIは人間にはなれず、したがってわたしたちホモ・サピエンスが築く人間同士のつながりは唯一無二であり、それがわたしたちに優位性を与えるだろう、と。

以下が祝辞の内容だ──

テンプル大学リベラルアーツ学科2025年度卒業生に向けてお話しできることを光栄に思います。みなさんは「興味深い時代を生きる」という“呪い”に打ち勝ってきました。

高校時代から大学初期にかけてはコロナ禍に対処し、ソーシャルメディアの騒音をかき分けて道を進み、そしていま、困難な政治情勢に直面しています。最後の点については、わたしも同じような経験があります。わたしは国家が混乱していた時代にテンプル大学に通っていました。リチャード・ニクソンが大統領で、ベトナムで戦争が激化し、未来は不確かに思えました。

しかしみなさんは、50年以上前に卒業したわたしやわたしの同級生たちには想像もできなかった憂慮も抱えています。人工知能が将来の仕事を担い、自分たちのキャリアの夢を台無しにしてしまうのではないかという不安です。

テンプル大学で過ごした4年間、わたしはコンピューターのキーボードに触れたことはありませんでした。初めてコンピューターに直接触れたのは、卒業から10年近くが経ってからです。『ローリングストーン』誌でコンピューターハッカーについての記事を書く仕事を与えられたのがきっかけでした。わたしはハッカーらの世界に活力と魅力を感じ、そのテーマについて書き続けることにしました。

記事が発表されてまもなく、わたしはMITを訪れ、マーヴィン・ミンスキーに出会いました。ミンスキーは1956年にダートマス大学で開かれた夏の会議で、人工知能というアイデアを思いついた科学者のひとりです。ミンスキーと彼の仲間たちは、わずか数年でコンピューターが人間さながらの思考力を得ると考えていました。この種の楽観主義あるいはナイーブさは、何十年ものあいだ笑いの種となってきました。高度なAIは常に10年先、20年先のものとみなされ、SF的な幻想とされてきました。

20年ほど前まで、そんな状況が続きました。そして今世紀に入って、一部のコンピューター学者がニューラルネットワークと呼ばれる分野で画期的な発見をしたのです。それが一気に進歩し、2017年にもうひとつ別の大きなブレークスルーが起こったことにより、ChatGPTのような恐ろしいほど高性能な大規模言語モデルが生まれました。突然、AIが目の前に現れたのです。

ここにいる誰もが、ChatGPTなどの大規模言語モデルを使ったことがあるはずです。そうでないことを祈りますが、そのなかには、自分の代わりにそれに執筆をさせたことがある人もいるかもしれません。もしそうだとしても、手を挙げないでください。みなさんはまだ卒業証書を受け取っていませんし、みなさんの指導教授たちがわたしの後ろで見ていますから。

わたしはこの数年間『WIRED』での時間の多くを、AI分野を率いる人々の取材や取材に基づく記事の執筆に費やしてきました。自分たちの取り組みを「最後の発明」の創造と呼ぶ人もいます。AIがあるレベルに達すると、コンピューターがわたしたち人間を押しのけて、自力で進歩するようになると考えるからです。そう考える人たちはそれをAGIすなわち汎用人工知能の実現と呼んでいます。理論的には、AIが人間のできるあらゆるタスクを、人間よりもうまく実行できるようになる瞬間を指しています。

いま、学業を終えて社会へ飛び出そうとしているみなさんにとって、この喜びの瞬間には不安も混じっているかもしれません。少なくとも、今後の職業人生において、AIと協力するだけでなく、AIと競争することになるのではないかと心配していることでしょう。AIのせいで、みなさんの将来は暗いものになるのでしょうか?

わたしに言わせれば……答えはNoです。実際、今日のわたしの使命は、みなさんが受けてきた教育がむだではなかったと伝えることにあります。ChatGPT、Claude、Gemini、Llamaがどれほど賢く高性能になろうとも、みなさんには明るい未来が待っています。その理由を説明しましょう。みなさんには、コンピューターが決して手に入れることのできないものが備わっているからです。それはある種の超能力で、ここにいる誰もが豊富にもっているもの。

ヒューマニティ、人間性です。

リベラルアーツの卒業生であるみなさんは、さまざまな科目を専攻してきました。心理学、歴史学、人類学、アフリカ系アメリカ人研究、アジア研究、ジェンダー研究、社会学、言語学、哲学、政治学、宗教学、刑事司法学、経済学。わたしのように、英語学を専攻した人もいるでしょう。

これらの科目はどれも例外なく、人間だけが発揮できる共感を用いて、人間の行動と創造性を調査し解釈する学問です。社会科学で行なう観察、芸術と文化に対して行なう分析、そしてあなたの研究成果として伝える教訓は、あなたが仲間のホモ・サピエンスに注意、知性、意識を捧げているという単純な事実に基づいているからこそ、掛け値なく本物なのです。みなさん、だからこそ、わたしたちはそれらを総じて「人文科学(ヒューマニティーズ)」と呼ぶのです。

AIの王たちは、自分たちのモデルに優秀な人間のような思考力を授けるために何千億ドルも費やしています。ですが、みなさんはテンプル大学で4年間を過ごし、優秀な人間として考えることを学びました。この違いは計り知れません。

シリコンバレーですら、この点を理解しています。すでに40年前に、スティーブ・ジョブズがわたしに、コンピューターとリベラルアーツを結婚させたいと語ったことがあります。わたしはかつてグーグルの歴史について書いたことがあります。当初、共同創業者のラリー・ペイジはコンピューター・サイエンスの学位をもたない人材の雇用を拒んでいました。しかし同社は、コミュニケーション、事業戦略、経営、マーケティング、社内文化に不可欠な人材を逃してきたことに気づきます。その後雇用したリベラルアーツ卒業生の何人かは、同社で最も価値のある従業員になりました。

AI企業の内部でさえ、リベラルアーツの卒業生は活躍できるし、実際に活躍しています。生成AIのトップクリエイターのひとりであるAnthropicの社長が英語学専攻だったことを知っていますか? 彼女は小説家のジョーン・ディディオンを崇拝していました。

さらに言えば、みなさんは仕事を通じて、AIには決してできないことをします。それは真の人間同士のつながりを築くことです。OpenAIは最近、同社の最新モデルをトレーニングして、創造的な文章を大量に生成できるようにしたと自慢しました。確かにそのAIは見栄えのいい文章を組み立てることができるのかもしれません。しかし、それはわたしたちが書籍、ビジュアルアート、映画、批評に本当に求めているものではありません。小説を読んで世界の見方を変え、ポッドキャストを聴いて心を高ぶらせ、映画を観て心を打ち砕かれ、音楽を聴いて魂を揺さぶられた後で、それらが人間ではなくロボットによって創造されたものだと知ったら「だまされた」気がすることでしょう。

感情だけの問題ではありません。2023年、一部の研究者がまさにそれを実証する論文を発表しました。ブラインド試験を行なったところ、人は何かを読んだとき、それが同じ人間の書いたものだと考えたときのほうが、人間だと偽る高性能なシステムが書いたものだと思ったときよりも、作品を高く評価したのです。

別のブラインド試験では、被験者に人間とAIの両方が創作した抽象芸術を見せました。被験者には、どちらがどちらかはわかりませんでしたが、どの絵がより好ましいかと尋ねられたとき、人間が創作したもののほうを高く評価したのです。

脳のMRIを使った実験も行なわれました。脳スキャンでも、人はその芸術作品を創造したのがAIではなく人間だと思ったときのほうが、好意的に反応することがわかりました。まるで、人間同士のつながりを好ましく思うのは、人間の本能であるかのようです。

みなさんがリベラルアーツ──人文科学──で学んだことはすべて、そのつながりに依存しています。みなさんは、みずからの超能力を駆使するのです。

わたしは、状況を美化するつもりはありません。AIは労働市場に多大な影響を与え、仕事によっては縮小したり、なくなったりすることでしょう。ですが、テクノロジーが大きく進歩するたびに、失われた仕事にとって代わる新しい仕事が生まれることを、歴史が教えてくれています。

そうした新しい仕事は今後も必ず生まれるでしょう。なぜなら、テクノロジーには真の人間のつながりを再現できないため、AIが決して担うことのできない役割が無数に存在するからです。それこそが、AIにできない唯一のことなのです。テンプル大学で学んだエリートスキルと組み合わせれば、そのつながりがみなさんの仕事に価値をもたらし続けるでしょう。特に、みなさん一人ひとりを唯一無二にする特性になりうる、好奇心、思いやり、ユーモアのセンスをもって仕事に取り組む限りは。

社会に出て働くときには、ぜひ自分に備わる人間的な側面に注目してください。確かに、AIを使えば雑務を自動化し、入り組んだ問題を解説し、退屈な文書を要約することはできます。AIがかけがえのないアシスタントになってくれるかもしれません。ですが、自分の仕事に心を込めて取り組むことによって、あなた自身が力強く成長することになるのです。AIにはそのような心がありません。結局のところ、肉体、血液、柔らかいニューロンのほうが、アルゴリズム、ビット、ニューラルネットワークよりも、ずっと重要なのです。

2025年度卒業生のみなさん、世界に羽ばたくあなたたちに、ある言葉を捧げたいと思います。今後の困難な年月に繰り返してもらいたい言葉です。この単純な真実の繰り返しが、このキャンパスを離れたみなさんのキャリアと人生を導くことでしょう。それは──I. Am. Human. (ワタシハ、ニンゲン、ダ)──です。いっしょに言ってみましょう。

「I Am Human──わたしは人間だ」

おめでとう。さあ、外へ出て、世界をその手につかんでください。これからもまだ、世界を手にするのはあなたたちたちなのです。最後にひとこと──このスピーチを書くのに、わたしはAIを使いませんでした。ありがとうございました。

(わたしが大学式服を着てスピーチしている様子を見たい方は、ここをクリック

(Originally published on wired.com, translated by Kei Hasegawa/LIBER, edited by Nobuko Igari)

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