はじめに
私たちは自分の思考を、理性的で、頭の中で完結する営みだと考えがちです。しかしその思考のさらに奥には、もっと原始的で身体的な前提が横たわっています。
それは――生きるためのエネルギーを、私たちはどのように得てきたのか、ということです。言い換えれば、生物としての人類がどのように食料を獲得し、どのように調理し、どのような器で口にしてきたのか、その積み重ねそのものが、思考の土台を形づくってきました。

人類は長い狩猟採集の時代を経て、やがて食料生産へと移行しました。その過程で、現在世界の主流である、ユーラスア文化圏においては、主に次の三つの生業が成立しました。
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麦を中心とする畑作
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米を中心とする稲作
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牧畜・遊牧
これらは単なる農業技術の違いではありません。どの作物を主食としたかは、調理法と器を規定し、それが時間感覚、労働の分業、神の観念、社会構造、さらには国家の形にまで影響を及ぼしてきました。
では一体、「食・器・調理」という具体的な足場が人類の思考と文化にどのように影響したのでしょうか。

火と食料生産が思考を変えた
火は「思考の環境」を変えた
人類の思考が高度化した背景には、火の利用があります。火は食物を調理することを可能にし、消化効率を飛躍的に高めました。その結果、短時間で多くのエネルギーを得られるようになり、余剰エネルギーが脳の発達を支えたと考えられています。
さらに、食べられる様に加工できるようになり、食元の種類を増やしました。また、人々が火を囲むことによって、多くの人が一か所に集まる事となり、会話が生まれたのだろうと思います。
そうなれば、食物の在処や食べたらいけない物をなどの経験を伝えあったと思います。それが言語を発展させ、覚えやすい物語へと昇華していったのでしょう。この物語を作ったり、人の物語を信じたりする能力が発展しました、この意味で火は、単なる調理道具ではなく、人類の思考環境そのものを変えた装置でした。
狩猟採集社会が育てた思考様式
しかし、人類の思考をさらに大きく分岐させたのは、狩猟採集から食料生産への転換です。狩猟採集社会では、同じ場所に留まり続けることはできません。食料は常に不確実で、生存は偶然と経験に大きく左右されます。そのため人々は、
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どこに行けば食料が得られるか
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何が食べられ、何が毒か
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季節と環境の変化
といった情報が無くては生きていけません。特に「食べてはいけないもの」の知識は、生き延びるための最重要情報でした。そこで、味覚を発展させるととともに、個人では記憶をし、その記憶は親から子へ伝わっていきました。
味覚

甘味=糖質(エネルギー源)
甘味受容体は、ブドウ糖・果糖・ショ糖など即効性の高いエネルギー源を感知します。
進化的には
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甘い=「食べて安全」「脳と筋肉の燃料」
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乳幼児が甘味を好むのも生存戦略
人工甘味料が甘く感じるのは、この受容体をだましているだけです(身体は後で気づきます…たぶん)。
うま味=タンパク質(アミノ酸)
うま味は主に
つまり、うまい=「身体を作る材料がある」出汁文化が発達した日本は、ここを極端に洗練させました。海に囲まれた日本列島は気候的にも豊かな食文化を育ますことが出来ただろうと思います。
酸味=腐敗・異常の兆候
酸味は
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腐敗
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未熟
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発酵途中
などの「状態変化」を知らせるシグナルです。腐敗「し始めている可能性」があり、注意のシグナルでした。ヨーグルト・酢・漬物・ワインのように、世界各地に発酵食品があります。
苦味=毒
多くの毒素・アルカロイドは苦味を持ちます。
そのため
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子どもほど苦味に敏感
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本能的に避ける
という仕組みがあります。
コーヒー、ビール、山菜を「うまい」と感じるのは文化と学習で本能を上書きしている状態です。薬味などの大人の味=危険を理解した上で楽しむ味、とも言えますね。
塩味
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神経伝達
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筋肉収縮
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体液バランス
生きる上で不可欠なので、塩味は強力な快感を伴います。本来は得にくい栄養素でしたが、容易に手に入るようになった現代では、成人病の原因の何時と言われています。
味覚とは「これは食べていいか?」を瞬時に判断するシグナルでした。
この膨大で細分化された知識は、記憶を経て言葉と物語によって世代を超えて共有されていきます。これが、いずれ伝統を築くこととなります。

ホモ・サピエンスが他の人類種を押しのけて生き延びた理由の一つは、この柔軟で多層的な食の知識体系を社会的に共有できた点にあり、そこには一般化(抽象的に捉える)する能力があったからと思います。このことで、特定の一か所でなく似た数か所に拡大できました。
この思考様式は、食料生産社会へ移行した後も、人間の判断や価値観の深層に影響を与え続けることになります。
器と食べ方と思考
器は食べる速度を変え、食べる速度は社会秩序を変えました。
手づかみの世界
狩猟採集期の食事は、
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手づかみ
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骨・皮・葉などの即席容器
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その場で素早く食べる
という形が基本でした。
ここでの思考は、
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「今ここ」
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即時摂取
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分配は力関係で決まる
というものです。
食事は味わう行為ではなく、生存のための摂取でした。

器がもたらした三つの変化
器、とくに土器・木器・金属器の登場は、決定的な変化をもたらします。
① 食事が遅くなった
盛る、運ぶ、座って食べる。
この一連の動作が、味わう文化を生みました。
② 分配が可視化された
器は量を測ります。
多い器、少ない器は、そのまま地位を表します。
王の器が大きいのは偶然ではありません。
③ 共有という概念が成立した
鍋や甕は保存と再配分を可能にし、
食料を「個人の獲物」から「共同体の資産」へ変えました。
器は、共同体を生む装置だったのです。
器の素材が思考を分けた
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土器:重く割れるが火に強い
→ 定住・保存・計画
→ 未来を考える思考 -
木器・皮袋:軽く移動向き
→ 即時消費・蓄積しない
→ 流動的な思考 -
金属器:高価で耐久性がある
→ 権威・序列・儀礼
→ 支配を可視化する思考
器の違いは、そのまま社会の違いでした。
麦の文化と米の文化
麦――削って食べる文明
麦は加熱するだけでは美味しく食べられません。麦には普通は粉砕という工程が必要です。
このため、
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石臼
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水車
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風車
など人の力を装置に委譲する思考が育ち、文化だ発展する事となりました。
結果として、
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機械化
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分業
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時間管理
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労働の抽象化
が進み、産業革命へと至ります。
パンは焼いたら戻らない。この不可逆性が、直線的時間観、契約、唯一神との考えを生んだのかも知れません。
米――溶かして食べる文明
米は火と水だけで完成します。
粉砕は不要で、土器と鍋が中心となります。
このため、それを耕作する為に灌漑・治水などに多大な労力が注ぎ込まれました。
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定住
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集団化
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管理や統制を取るための身分制度
米文明は、機械よりも人間関係の調整能力を発達させました。

三つの生業と世界観
歴史を見渡せば、日本などを含めて、ユーラシア大陸には3つの生業が支えていました。
| 生業 | 時間 | 神 | 社会 |
|---|---|---|---|
| 麦 | 直線 | 唯一神 | 契約・法 |
| 米 | 循環 | 多神 | 共同体 |
| 牧畜 | 即時 | 天神 | 血縁・武 |
それらが考え方の根底にあります。
おわりに
歴史とは、文明の優劣を競う物語ではありません。
私たちが「伝統」と呼んでいるものの多くは、はじめからそこにあったわけではなく、
品種改良を重ねた作物が広まり、それを基盤として地域の権力構造が形づくられ、やがて社会と一体化した結果として生まれたものです。
食料は生存の基礎となります。それは生活技術だけでなく、人々の価値観や社会の組み立て方と深く結びついてきました。例えば、米文化は共同体を重んじる思考、麦文化は個を単位とする思考つくり、現代にも息づいています。
明治政府は、西洋思想と向き合う中で、「富国強兵」を実現するには、個人主義よりも全体主義的な統合の方が有効だと判断しました。その結果、日本は本来多神的で重層的だった信仰体系を整理し、天照大神を頂点とする一神的構造へと再編しました。天皇は本来のシャーマン的存在から、国家を統合する象徴としての「現人神」へと位置づけ直されます。
それは伝統の継承というより、近代国家を成立させるための制度設計でした。
この延長線上に、帝国日本があり、やがて第二次世界大戦へと至ります。だからこそ、現代においても、政権や権力が強調する「伝統」という言葉には、一歩引いて向き合う必要があります。
それが文化の尊重なのか、それとも政権への批判を封じる者なのかを、慎重に見極めなければなりません。
思考法の根底を形作る大きなピースとして、「食」があると思います。ただ、多くの人はそのことを気づいていない様に思います。
伝統は守る対象であると同時に、常に問い直す対象でもあり、それによって進化し続けています。
政権が「伝統」という事は歴史的にも、非常に危険だと思います。







































