普通や一般常識を主張する人は、自信が無い人だから、気を付けて関わらないといけないよ。 | 植松努のブログ

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講演でしゃべりきれないことを書きます。

僕は、人と話をするときに、気を付けている事があります。

それは、

「普通」や「一般常識」という言葉を使う人は自信が無い。

ということです。

 

なぜなら、それは、自分の意見を正当化するために、

普通や一般常識という「大勢」を味方に利用しようとしていることが多いからです。

 

で、そういう人は、悪い人か、というと、そんなことはないです。

ただし、そういう人には自信が無い、ということを理解した上で

話をしていかないと危険です。

 

自信が無い人は、自分を守るので精一杯です。

だから、攻撃に出るか、逃げにでるか、のどちらかです。

攻撃に出る人は、その人の意見に反することを言えば言うほど、

その人の攻撃性を燃え上がらせてしまいます。

こういう人に対して、勝利をしてはいけません。ていうかできません。

話し合いの論点はずれ、一方的に感情的に否定されるだけになります。

 

逃げにでる人は、意見や交渉をやめてしまいます。

こういう人達と、話し合いをすることはとても難しいです。

 

攻撃に出る人と話し合いをする場合は、

お互いに痛み分けを理解できるような交渉が必要です。

相手の主張を、こちらが折れて受け容れるから、そのかわりに、

こちらの意見も受け容れてもらえないか、という交渉が有効です。

逃げてしまう人は、追い込まないのが一番です。不安を感じさせないことも大事です。

 

こういう人は、先輩にも、後輩にも、上司にも、部下にもいます。

そういう人達の、自信を増やすことが出切れば、

もう少し交渉はしやすくなります。

しかし、その自信の増やし方として、「くらべる自信」を利用すると、

実は自信はどんどん減っていきます。

 

たとえば、営業成績が伸びたことを褒めたりすると、

瞬間的には自信は増えるかも知れませんが、

成績が伸びなくなったり、他の人の成績が伸びると、

最初よりも自信は低下していきます。

 

くらべる自信は、数字が絡んでいることが多いです。

だから、数字がからまないことで、「ほめる」ではなく、「感謝する」方が効果的です。

 

「気が利くね。助かったよ、ありがとう。」

「優しいね。助かったよ、ありがとう。」

 

気が利く、も、優しい、も、定量的な評価が困難です。

だから、そういうものは、学校などの成績評価に登場してきません。

でも、定量的な比較が困難だからこそ、くらべる自信になりにくいです。

 

残念ながら、ほとんどの日本人は、くらべる自信を追いかけています。

だから、ほとんどの日本人は、自信がありません。

だから、自分を守ろうと必死です。

それが、普通や、一般常識を強要し、それはすなわち、「ちがう」を否定します。

それは、差別につながります。

また、努力を「抜け駆け」と評します。

これが、足を引っ張り合う社会を構成していきます。

だれも救われないです。
ものすごく悲しい蟻地獄のような社会です。
自信を奪われた人達が、自分より弱い立場の人達の自信を奪う地獄です。
優しい人が、犠牲になる社会です。
そこでは、「優しさ」の価値が失われます。
ということは、世の中の、悲しいことや、苦しいことや、不便なことの改善がおきません。
ということは、「発明」が生まれない社会です。
発展も成長もない社会です。
 
だれも、そんな社会を望んでいません。
でも、そういう社会は、今日も強化されています。
その原因が、「くらべる自信」です。
それを、捨てる勇気が、この地獄を変える力です。