『ゲゲゲの鬼太郎』を見ていると、一つ気になる点がある。作品に登場する妖怪の多くが、「その種で唯一の存在」として扱われていることだ。ぬりかべは一体、子泣き爺も一体。一反木綿も砂かけばばあも、それぞれ固有名詞として一人だけが登場する。だが、こうした描かれ方は考えてみれば少し不自然である。
本来、種というものは一個体だけでは成り立たない。生物学的に言えば、集団が維持されるには一定数の個体がそろい、繁殖を通じて遺伝的な多様性を確保する必要がある。たとえ妖怪であっても、ある種が存在し続けるなら、それなりの個体群がいると考えるほうが自然だろう。もし「突然変異のように、偶然生まれた一回限りの個体」だとするなら、その奇跡的な偶然が妖怪の種類ごとに何十回、何百回も重なったことになってしまう。これは現実的な説明とは言いがたい。
また、民俗学の側面から考えてみても、妖怪という存在は本来、地域ごとに複数の伝承が積み重なって形づくられている。例えば「ぬりかべ」の話は九州の各地に点在して伝わっており、同じく「子泣き爺」に相当する怪異は地方をまたいで語られてきた。地域ごとに伝承があるということは、もともと「その妖怪の個体は複数いる」という感覚が社会に共有されていたとも言える。
さらに、作中の妖怪が日本全国で事件を起こしたり、人間社会にしばしば干渉したりしていることを考えると、「単独個体が全国を飛び回っている」という前提にも無理が出てくる。行動範囲や社会的役割を踏まえれば、むしろ一定の数の妖怪が各地に存在しているほうが、世界観としても自然だ。
こうして整理してみると、『鬼太郎』の妖怪が“一種につき一個体”として描かれるのは、物語上の分かりやすさゆえであって、論理的にはかなり特殊な設定であることが分かる。もし妖怪を生態系の一部としてとらえるなら、本来そこには複数の個体がいて、集団として息づいているはずなのである。
視点はいいのになぜAIに書かせるの?
彼らは全にして個。個にして全。
それ言おうとしたら書いてくれてた
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当然各地に同族がいるよ。 地方じゃそれぞれの個体名で呼び合ってる。 上京して活動するのは代表みたいなもんだから、種族名で呼ばれてても違和感ないな。 俺は地方だけど、同族の...
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ぬりかべはぬりかべ母とぬりかべ子のぬりかべ一家がいるよ
生物じゃねえよ。妖怪だろ。 バカなの? 死ぬの?
まず、実話怪談を10000本観てから考察しろ。 妖怪と言われるものは幽霊の集合体で空間も超越する。 100キロ離れた幽霊・妖怪でもその怪談を話をしてると飛んでくるし、 霊視できる霊能...
20本くらいで察するだろ
知性あふれる高尚な文章を書きたいんだろうけど、全然駄目。残念すぎて慰めの言葉もないレベルで駄目。 「種」という生物学的な話をしたいなら、そもそも、妖怪は生物か?という...
松井孝典が人類は火星等ですでに生物に遭遇しているが既成概念に毒されているから見逃しているだけだということを書いていたな。 太陽系以外の惑星系について今までは中心の星のす...
犬とかキリンを「ワンちゃん」とか「キリンさんが好きです、増産はもーっと好きです」って言っちゃダメってこと?
あの子ももう35くらいだろ