奇書である。しかし最大限の賛辞をもっての。ならば奇書とは何か、という定義から始まらなくてはならない。それは単に字面から浮かぶ「変わった書物」という意味ではない。だったら少なくとも「普通の書物」とは何かを定義できなくてはならなくなるし、それはほとんど意味がない。「普通」だとわかっている代物をわざわざ読もうという者はいないからだ。 「普通の書物」などという凡庸なものは議論に値しないけれど、書物を編もうとするときの人の心性の通常のあり様というものはある。それはテーマと呼ばれるものの存在で、著者の価値観の中心的なあり方に関わる。奇書とは、テーマそのものが奇であると言うより、テーマと著者との関わり方、その距離感に独特のずれがあるものと言える。何からずれているのかはたいした問題ではない。それこそ通常の感覚から、と言うしかないし、それよりも何故にずれているのか、ということの方が興味深い。それがわかれば、

