並び順

ブックマーク数

期間指定

  • から
  • まで

1 - 40 件 / 76件

新着順 人気順

childhoodの検索結果1 - 40 件 / 76件

childhoodに関するエントリは76件あります。 増田人生育児 などが関連タグです。 人気エントリには 『子供の不機嫌への対処法 - 感情の考察、日常の幸福』などがあります。
  • 子供の不機嫌への対処法 - 感情の考察、日常の幸福

    7歳長女は、些細なことで不機嫌になるタイプだ。 そのせいで揉めることが多く、でも本人に悪気はないし…と悩んでたんだけど、 最近長女と一緒に編み出した対応策がすごく良かったので書き留めておこうと思う。 その対応策は、"不機嫌になった後にハグする"こと。 下に詳しく解説書くので、すごく長くなるけど、ぜひ読んで欲しいし、よければ参考にして欲しい。 長女の性質 私の長女は本当に「え!?」と思うことで傷ついて不機嫌になる(ちなみに眠い時は傷つきやすさ5割増になる) どうも言葉を深読みしすぎて、こちらが意図してない形で受け取ってしまうらしい。 たとえば下の子が泣いた時に「赤ちゃんを産んだ後の女の人って、赤ちゃんの泣き声を聞くとすごく辛い気持ちになるんだよ」と言うと「じゃあ私なんていなくてもいいんだ!」と言ったり(下の子の方が可愛いと言われたと思い込んだらしい) 会話の中でふと昔のお笑いネタを思い出して

      子供の不機嫌への対処法 - 感情の考察、日常の幸福
    • 6歳のとき、友達のマホちゃんが誰も履いていないようなフリフリのスカート..

      6歳のとき、友達のマホちゃんが誰も履いていないようなフリフリのスカートを履いていた。みんなは可愛いねと言ったけど私は変だと思ったから、変だねと言った。マホちゃんは怒って泣いた。 8歳のとき、父親が知らない女の人といるのを見た。私はそれを浮気だと思ったから、晩御飯のとき二人にそれを伝えたら、数カ月後、両親は離婚した。母親は一言私に、アンタのせいよとだけ言って、それ以来父親の話をしなくなった。 14歳のとき、マホちゃんが好きだと言っていた先輩に告白された。マホちゃんがあなたの事好きらしいので、と断った。それを伝えたら、マホちゃんは怒って泣いた。 16歳のとき、初めてのバイト先で品出しをしていたらパートの人からバックヤードに呼び出された。私の品出しの仕方が間違っていると話し始めた。私は慌てて商品のところに行って、直してから退勤した。それ以来パートの人から無視されるようになった。 18歳のとき、美

        6歳のとき、友達のマホちゃんが誰も履いていないようなフリフリのスカート..
      • 無印良品のランドセルの思い出 - プロムナード

        ワークマンが8,800円のランドセルを売り出すというニュースが「はてなブックマーク」で話題になっていた1。そのニュースに対する反応を見ていて思い出したのだが、私も無印良品の安いランドセルを使っていた。それについて書く。 今ではもう売っていないようだが、かつて無印良品もランドセルを取り扱っていた。一般にランドセルは数万円するところ、無印のランドセルは当時6,150円だった。私は2005年に入学したのだが、ちょうどその年の新入生に合わせて発売された製品のプレスリリースがインターネットに残っていた。 出典:良品計画プレスリリース 6歳の私はどう思っていたか。ませた子供だったので、これがランドセルの相場に比してかなり安いらしいということは理解していた。でも普通のランドセルよりむしろかっこいいなと思っていて、わりと気に入っていたように思う。 ところで、なぜ親は数あるランドセルのなかでこれを選んだのだ

          無印良品のランドセルの思い出 - プロムナード
        • 小島よしおが「親友に仲間外れにされている」と悩む小3女子に伝えたい「心の握手」とは | AERA with Kids+

          仲良しだった友だちに仲間外れにされて悲しいと相談を送ってくれたのは小学3年生の女の子。数多くの子ども向けライブを開催し、YouTubeチャンネル「おっぱっぴー小学校」も大人気の小島よしおさんが子どもの悩みや疑問に答えるAERA dot.の本連載。小島さんが考える友だちとの適切な距離とは? 【写真】子ども時代の壮絶ないじめを乗り越え、人気芸人になったのはこの人 *  *  * 【よしおの答え】 みーみちゃん、よしおに相談してくれてありがとう。なかなか人に言いにくいことを口に出すのはすごくしんどいよね。でも勇気を出してSOSを送ってくれてうれしいよ。 仲間外れってつらいよね。よしおもその気持ち、わかるよ。仲良しの先輩が他の人と遊んでいてさみしくて、すねたことがある。よしおが35歳くらいのころの話なんだけど……(笑)。大人でもすねちゃうぐらい悲しいことだから、小学3年生のみーみちゃんは、もっとず

            小島よしおが「親友に仲間外れにされている」と悩む小3女子に伝えたい「心の握手」とは | AERA with Kids+
          • 性犯罪者の更生過程

            性犯罪加害者として警察にお世話になった者です。 被害者や同様の事案の被害に遭われた方を不安にさせるので犯罪の時期、内容等は伏せます。 ある1事案で逮捕されて、証拠諸々から余罪も見つかり…という感じです。 いまは社会復帰しています。 自分のケースもレアかなとは思いますが思考の変遷について書き留めたいので、ざっくばらんに書いてく。思いつきで書いてるのでわかりにくいかも。 まずは逮捕後、母親は俺を見捨てて勘当するつもりだったらしい(父親はすでに病気で他界していて兄弟もいない)。 ただ、偶然おれが捕まった頃にテレビか雑誌の記事かなにかで性犯罪被害に遭った方の記事を読んだのか番組?ドキュメンタリー?を見たかしたのと、再犯率が高いとか、俺もそうだったけど1人で複数回犯罪を重ねていたりするケースがままあることを知って、このまま勘当して見捨てたらさらに被害者を増やす可能性があると思ったらしく、成人してる子

              性犯罪者の更生過程
            • 妻の「進捗確認」のやり方に感心した話

              身内褒めで恐縮なんですが、以前、子どもに対する妻の言葉選びで感心したことがありまして、ちょっとしたことなんですが文章にしたくなりました。 先に書いてしまうと、その言葉とは、子どもに頼んだ家事の進捗を確認する時の「○○(頼んだ家事)ありがとう!」という言葉です。 順を追って書きます。 しんざき家は5人家族でして、私と妻、高校生の長男、双子の長女次女で構成されています。 ついこの間生まれたばかりと思っていたら、先日長女次女が小学校を卒業してしまいました。時間の流れが早すぎてビビる他ありません。 で、しんざき家では現在、子どもたちを積極的に家事に参加させる方針をとっておりまして、自分が使った皿は自分で洗うことが前提となっていることを始め、料理やら洗濯やら掃除やら、家事が出来るタイミングでは色々な家事を担当してもらっています。 これ自体は特別なことではないと思いますが、家事を任せるとなったら「手伝

                妻の「進捗確認」のやり方に感心した話
              • 「店員さんにデザートをもらったときにママが喜んだのがイヤだった。喜ばないで」と娘に打ち明けられた話が興味深い

                小咲もも @mangakakuhito 昨日の娘の話が興味深かった。 「この間レストラン行った時、実はイヤなことがあった」と打ち明けられたんだけど、 「店員さんにデザートをもらったときにママが喜んだのがイヤだった。喜ばないで」と言われた。 確かにその時店員さんがサービスで娘にデザートをくれた。 2021-03-04 08:36:33 小咲もも @mangakakuhito 私は娘になぜそれが嫌だったのかを尋ねた。 ママが喜ぶのが嫌だったら、前に娘が『ままだいすき』という手紙を書いてくれたのを喜んだのも嫌だった?と。 それはかまわない、と言う。 なぜならそれは娘が私を喜ばせるためにしていることだから、という。 2021-03-04 08:36:34 小咲もも @mangakakuhito どう言う時に喜んだら嫌になるかを一緒に考えたところ『自分にとって良いことが起きた時にママが喜ぶのが嫌』だ

                  「店員さんにデザートをもらったときにママが喜んだのがイヤだった。喜ばないで」と娘に打ち明けられた話が興味深い
                • ぼったくりバーの店員だったことがある 其の一

                  誰かに話したくなってきた。 まだ二十歳ほどの頃、地元の広島で特に定職に就くこともなくアパート暮らしをしていた俺は、昔からの繋がりの先輩に誘われて、客から高い金を踏んだくる店で働いていた。 福山駅の付近にある繁華街だった。福山といったら知名度はほとんどないが、桃太郎電鉄の青マスとして出てくる程度には良いまちのようだ。当時の俺は、そのへんのアパートで暮らしながら、昼はコンビニアルバイトで、夜はそのバーで働いて、それで明け方に自宅に帰って昼過ぎまで寝る。そんな毎日だった。 地元が懐かしい。もう6年は帰っていない。来年には帰ってみようか。増田民で、もしお勧めのスーパー銭湯とかラーメン屋とか焼肉屋とかあったら教えてくれよ。 すまないが推敲はほぼしていない。変な字があったらごめんよ。 ちょっと自分語りをさせてほしい。滅多にない機会なんだ。いいだろ? 正直、あまりいい門地の生まれじゃない。大きい河川沿い

                    ぼったくりバーの店員だったことがある 其の一
                  • テレビを見ずに育った小学生から見えてきたテレビを見せないメリット・デメリットがとても興味深い「今後はテレビを解禁していく予定」

                    樽香🍷 @Taruka__ テレビを見ずに育った上の子が小学生になり、その功罪めいたものが見えて来たのでシェア。 なお、対照実験はしておらず(できない)、息子本来の特性に因るものとテレビ無しに因るものとの完全な峻別はしていないので、悪しからず。 ちなみに今後はテレビを解禁していく予定。 (ツリーに続) 2023-08-12 19:10:49 樽香🍷 @Taruka__ ①ダーティな言葉を遣わない 「◯ね」「くそ」「お前」等々の言葉選びをしないので、言葉遣いを咎める必要がほぼなかった。 また、戦隊モノから隔離されたためか、息子は行動の粗暴さも同世代男子対比かなり控えめ。 2023-08-12 19:10:50

                      テレビを見ずに育った小学生から見えてきたテレビを見せないメリット・デメリットがとても興味深い「今後はテレビを解禁していく予定」
                    • 多子世帯の大学授業料 無償化へ 2025年度から 政府方針:朝日新聞

                      「異次元の少子化対策」をめぐり、政府は3人以上の子どもがいる多子世帯について、2025年度から子どもの大学授業料などを無償化する方針を固めた。所得制限は設けない。教育費の負担軽減で、子どもをもうけや…

                        多子世帯の大学授業料 無償化へ 2025年度から 政府方針:朝日新聞
                      • 子育ては短いような長いような

                        子供ふたりの結婚式を終え、諸々のことも終えて、やっとゆっくりできる時間ができたので少しネットに放流しようと思う。 上の子と下の子は10歳近く差のある兄妹で、周りの子供1人とか歳の近い兄弟家族に比べると子育ての時間は長かった。人によってどこまでが子育てになるかも違うと思うけど、私は子が社会人になって2年目ぐらいにやっと手を離れたな、と感じた。ふたりとも大学から一人暮らしをしていたけど、やはり働いて初年度はこちらもどうかなーと心配になるので、2年目で大丈夫だな、と思えた、まあ私の問題である。手を離れた、というか私が離しても大丈夫、と思えた、というべきか。 上の子が高校を卒業して実家を出た時に、ああもうこの子と一緒に毎日過ごすことはないんだ、とふと実感し泣いた夜があった。 自分の親もこういう気持ちだったんだろうか、と思って無性に両親に会いたくなった日があった。 私は20代前半で上の子を産んだし兄

                          子育ては短いような長いような
                        • 「生活できない」 埼玉県の“子供留守番禁止条例案”に批判相次ぐ | 毎日新聞

                          埼玉県の自民党県議団が県議会に提出した虐待禁止条例改正案がSNS(ネット交流サービス)上などで波紋を呼んでいる。小学3年生以下の子供を自宅などに残して外出したり、公園などに放置したりすることを禁じた「留守番禁止」「放置禁止」の規定に対し、子育て世代とみられる人たちなどから「現実的ではない」などと疑問の声が噴出している。【デジタル報道グループ】

                            「生活できない」 埼玉県の“子供留守番禁止条例案”に批判相次ぐ | 毎日新聞
                          • レズカップルに育てられた人

                            一応今も仲良くしてるものの、女親2人っていうのがしんどくて家を出た。ビアンって言えとか主張は各々あるだろうけど、ここではレズって書く。 登場人物は 自分→女でノンケ 親1→レズのメンヘラで血が繋がってる 親2→レズのモラハラで血が繋がってない 特殊すぎて身バレしそうだから多少フェイク混ぜます。 レズカップルの家庭って言うと「お母さん2人だね」っていい話し風になるんやけど、提供者の精液をスポイトでぶち込むみたいな方法で親1の腹から生まれたので、自分の感覚としては母親+同居してる女の人って感じになる 結局は産んだ方と接する機会が多いし、「母親が2人ですよ」って言われても意外とピンとこなくて、同じように甘えたりはできない。かといってもう1人からは父性みたいなのも感じないから父親代わりじゃないな、みたいな? 家族ってある程度は本能で理解するのであって、理屈じゃないんだなと保育園くらいから思っていた

                              レズカップルに育てられた人
                            • 保育園児を乗せて運ぶ「サンポカー」を作っている会社

                              1975年宮城県生まれ。元SEでフリーライターというインドア経歴だが、人前でしゃべる場面で緊張しない生態を持つ。主な賞罰はケータイ大喜利レジェンド。路線図が好き。(動画インタビュー) 前の記事:ギガファイル便の人に「なんで無料なんですか?どういうことですか?」と聞く > 個人サイト 右脳TV ライターwiki お世話になったお礼を言いたくて 訪れたのは東京都墨田区にある五十畑工業株式会社。創業は1927年(昭和2年)。まもなく創業100年の老舗である。 五十畑工業株式会社。すぐそばには東京スカイツリーがそびえ立っているが、こちらのほうが先輩だ。 三代目社長の五十畑雅章さん(中央)。雅章さんの長男で企画室の勝通(かつゆき)さん(左)と、次男で営業企画部の和德(かずのり)さん(右)にお話を伺いました。 この取材が決まったときから、どうしても確認したいことがあったのだ。 我が家の2人の子どもたち

                                保育園児を乗せて運ぶ「サンポカー」を作っている会社
                              • 最近人の親になったけどあの時の親の気持ちがやっぱり全くわからない

                                中学3年のときの話。 学園祭が終わった夜、部活の同級生4人でオールをしようということになりカラオケか雀荘か漫喫に行く流れでまとまったのだが(今は知らないが、当時は詰襟のままでも平気で入れてくれる所は新宿渋谷池袋あたりの繁華街まで足を運べば必ずあった)、1年生の後輩が自分も付いて行きたいと言い出した。 「お前は家に帰れ」と皆で説得したけれど、どうしても一緒に行きたいとテコでも動かなかった。結局、「学園祭の日だから特別に親の許可が出てるんです」の一言で仕方なく後輩も仲間に入れることにした。 翌朝、俺は母親に叩き起され、顔を真っ赤にした父親から今までの人生で一番迫力のある説教を喰らい、挙句ビンタまで御見舞された。 後輩の母親が俺の家へ「嫌がってるうちの子を無理矢理朝まで連れ回すとは何事か」と猛抗議の電話を寄越したのだ。 週明け、早速俺は昼休みに後輩のところへ行き 「お前とはもう絶対に遊ばないけど

                                  最近人の親になったけどあの時の親の気持ちがやっぱり全くわからない
                                • 宿題をメモしない長女に伝えた、「覚えていられる」ことをあえて書き出すメリット | レバテックラボ(レバテックLAB)

                                  しんざき システムエンジニア、PM、ケーナ奏者、三児の父。南米民族音楽の演奏が趣味。仕事・育児・演奏活動の傍ら、レトロゲーム雑記ブログ「不倒城」を20年程運営している。 X:@shinzaki ブログ:「不倒城」 こんにちは、しんざきです。 なんだかいきなり寒くなってきましたね。秋が2週間くらいしかなくって、夏から秋キャンセルで即冬になってしまったような気がするんですが、最近の秋はちょっと根性がなさすぎなのではないでしょうか。せめて3ヶ月くらいは秋であり続ける気概を持っていてほしい。 この記事で書きたいことは、大体以下のようなことです。 以上です。よろしくお願いします。 さて、書きたいことは最初に全部書いてしまったので、後はざっくばらんにいきましょう。 keyboard_arrow_down 「メモをとらずに覚えていられる」長女の宿題忘れ問題 keyboard_arrow_down 頭の外

                                    宿題をメモしない長女に伝えた、「覚えていられる」ことをあえて書き出すメリット | レバテックラボ(レバテックLAB)
                                  • 妹がピルを飲んでいた

                                    久々に実家に帰ったら、台所に薬があった。 妹が服用しているピルだそうだ。 それを母から聞いて家の中をめちゃくちゃにしたくなった。 センター試験を受ける数か月前、センター当日に生理がかぶることが濃厚だと察した。わたしはぶっ倒れたり動けなくなるほど重たい生理の諸症状を持っていたわけではないが、頭痛腹痛吐き気眠気には襲われる。親に「世の中には特定の日と生理がかぶらないようにする術があるらしいので、病院にかからせてくれないか」と言った。「行ってみなさい」か「そんなのダメ」と言われると思っていたが、どういうわけか烈火のごとく叱られた。「生理を病気扱いするな」「アンタの同級生でそんな子一人もいないよ」「センターの日をずらせばいいじゃないか(親はセンター試験を受けたことがないので仕組みを知らない)」「楽するな」などなどボロクソに怒鳴られた。なぜ怒られているのか。これは一体何の時間なのか。軽率に相談したこ

                                      妹がピルを飲んでいた
                                    • 復讐するために子育てしてる

                                      40歳で子供ができた。 私にそっくりな顔のその子は、もう4歳になって幼稚園に通っている。 毎日楽しそうに友達と走り回っている。何がそんなに楽しいのか。 子育てをしていると、嫌でも昔の自分が思い返されてしまう。 幼稚園。なぜだろう、先生の声は私の耳には届いてこないことが多かった。 みんながわいわい遊びはじめても、私の世界はよく半径1mほどに縮まる。 足元への焦点はよく合った。 ひとり無表情で考えていたことは、「自分に子供ができたら、うん子と名づけていじめてやろう。」だった。 学校が嫌だった。 ひとりぼっちの休み時間は、早く終われと数を数えて、長すぎる地獄のような時間をやり過ごした。 学年が変わるたび、なんとか黒い内面を隠し「普通の子」に擬態して、周りに溶け込めないかと期待したが、いつも失敗した。 私の母親は明るく楽しい人だった。 平日は遅くまで仕事をしていたが、休みの日には色んなところへ連れ

                                        復讐するために子育てしてる
                                      • 自分の性欲と性癖について聞いてほしい。【追記】

                                        30代女性。 セクシャリティがよくわからないので性欲と性癖について聞いてほしい。 【幼少期】 小さい頃から性欲が強くよく父親の持っている週刊誌のグラビアページを見てニヤニヤしていた。 セーラームーンのアニメが大好きで戦闘シーンのパンチラ(レオタードなので正確にはパンチラではない)をコマ送りにしてもらって喜んでいた。 幼稚園で親友の女の子が用を足しているのをドアの上から覗いたり(ごめんなさい)公衆トイレで母親が用を足しているのをドアの下から覗いたり(ごめんなさい)公園で母親のスカートをめくって死ぬほど怒られたり(ごめんなさい)母親の実家に帰省したとき叔母の風呂を覗いたりした。(ごめんなさい) ただその後ふつうに叔母に風呂に入れてもらったときは恥ずかしくてずっと下を向いていたので、単に裸が好きというより相手の意に反して隠されているところを晒したいという加害欲込みだったんだと思う。 女体に興奮す

                                          自分の性欲と性癖について聞いてほしい。【追記】
                                        • 一生忘れられない短歌がある

                                          嘘の可能性があるから注意?という感じの書き込みを見て、そういえばそういうプロモーションだと思われたり素敵な短歌を踏み台にした創作だと勘違いされたりしたら迷惑がかかると思い削除しました。

                                            一生忘れられない短歌がある
                                          • 小1の娘が「死ぬのがこわい」と毎日泣いている

                                            小1の娘が、ここ2週間くらい、「ママが死ぬのがこわい」「自分も死ぬのがこわい」「死んでも皆で一緒に暮らそう」などと言いながら、毎晩わんわん泣いている。 ここ2、3日は夕飯の時にも、ご飯食べながらも涙を流していて、やはり死ぬことを考えて泣いているとのこと。 私も子供の頃、寝る前に、「私は明日死ぬんじゃないか」と不安になって、死なないようにお祈りしていた時期があったので子供あるあるかと思うけど。 一番こわいことが「死ぬこと」だなんて、子供は気楽でいいなあと思う。 とりあえず、「そんな簡単に死なないよ」「死んでも一緒にいようね」などと言って毎日なぐさめている。

                                              小1の娘が「死ぬのがこわい」と毎日泣いている
                                            • すごく恥ずかしい告白になるんだけど、この問題児と同じ事してた。

                                              おすし @sushi_kuitai_ne ⚠️旦那と意見割れてて(←どこに対応求めるべきかで)ここでしか愚痴れないから愚痴らせて…🙏 学校早上がりの日に子供ら連れて映画行こうとしたのね。そしたら1人で公園にいたその子に捕まって、「映画っ?!俺も行きたい!!」「俺のママは絶対行っていいって言うから大丈夫だから連れてって!!」「ダメ?!なんで?!何でダメなの?!」「ずっっりー!!息子だけずるい!ずるい!!」で振り払うの大変だったの。 息子はやっぱり落ち込んで「僕ずるいの?」とか言うし。 この、私がその子を拒否する時に息子が悲しそうなのが私は1番しんどくて。 息子にとってはクラスのお友達だから。 でも軽い注意や一回の拒否では全然聞いてくれなくて食い下がりまくって騒ぐから私も強い言葉で拒否することになるじゃん。 その子には効かないのに息子には「ママが〇〇くんにすごく怒ってる」みたいに映る。。。

                                                すごく恥ずかしい告白になるんだけど、この問題児と同じ事してた。
                                              • 児童ポルノの被害者だけど萌えキャラのポスターが児童ポルノだとはどうしても思えない

                                                日記名で言いたい事の7割ぐらいは言ってる様な気もするけど、自分語り込でダラダラ書かせて下さい。 自分は男で今はオッサンなんだけど、昔は少年でした。 で、所謂児童ポルノのビデオに出演させられていました。 さすがに本番とかは無い…いやかなり際どいのはあったけど、直接はしてない筈。(自分自身で記憶を封印してるとか無ければ) 裸で風呂に入ったり…とか、トイレしてる所…とか、女装させられて…とか、そんなのです。 今でももうちょっと温い形でイメージビデオみたいな形でジュニアアイドルの子とかが出てたりしてる様ですが、ああいったビデオのもうちょっと過激な代物だと思って下さい。 当然そんなの自分で出たいと言った訳でも無いですが、母一人子一人の、所謂シングルマザー家庭で、自分にとっては一緒に暮らす唯一の家族で親な母です。 逆らえる訳も無く…というか出るの嫌がったら殴られたりされてたけど。母が業者とかに自分を売

                                                  児童ポルノの被害者だけど萌えキャラのポスターが児童ポルノだとはどうしても思えない
                                                • 突出した子を集めた英才教育に挫折 「IQだけじゃない」学園の教訓:朝日新聞

                                                  文部科学省が「これまで我が国の学校において取組はほとんど行われてきませんでした」と、今年度から始めた「特定分野に特異な才能のある児童生徒への支援の推進事業」。いわゆる天才児、ギフテッドと呼ばれるよう…

                                                    突出した子を集めた英才教育に挫折 「IQだけじゃない」学園の教訓:朝日新聞
                                                  • 泣く子供が許せない

                                                    自分は物心ついた頃から親を困らせるために泣いた記憶が無い。親にもあなたは全く駄々をこねることがなかったと言われている。子供ながらに泣いて何かを要求するって卑怯な行為だと分かっていたし、同年代の子供がおもちゃ屋やショッピングモールで駄々をこねて泣いているのを見るたびに恥ずかしくないのかな?と感じていたのをうっすらと覚えている。 乳幼児はともかく3歳越えた子供は、駄々は親を困らせる行為だとはっきり認識しているはず。それでもなお公共の場で大声で泣く子供を自分は許せないんだよね。「僕子供でーす。ピュアでーす。」みたいな顔しながら、本当は自分の行為のずるさをはっきり理解している気持ち悪さが本当に無理。 駄々をこねて泣くのはしょうがない、みたいに放置してる親がいるけど単なる責任放棄だと思う。子供は自分の行為をちゃんと理解できているんだから痛い目にあわせてでも嘘泣きをやめさせるべきでしょう。子供を泣かせ

                                                      泣く子供が許せない
                                                    • 10年間、母の毒親ジャッジをしてきた

                                                      10年前、友達と親の愚痴の話になったとき、あんたのお母さんは毒親だよね、と言われた。 家に帰ってから、毒親をネットで調べた。確かに、うちの親はこんな感じ、と思った。 けれど、すぐに「そうだ」とは思えなかった。そのときはまだ、親に感謝していたし、親のことを好きだった。 確かに暴言を言われたり、理不尽な扱いを受けたこともある。でも、愛情は感じていた。 うちは愛があるから、違うもんね! ――その瞬間はそう思ったけれど、ここから10年をかけて、わたしは「自分の親は、毒親なのか?」という疑問に囚われていくことになる。 書いてる人29歳、女、既婚職業、イラストレーター自己肯定感が著しく低いネガテイブで、批判(他人からの否定)に弱いフィジカルもメンタルも弱い浪費癖ADHD傾向書いてる人の母昭和ど真ん中世代職業、絵画講師(職場は学校や病院など)自己肯定感が信じられないほど高いポジティブで、他責思考フィジカ

                                                        10年間、母の毒親ジャッジをしてきた
                                                      • 女がガンダムを好きでもいいらしい

                                                        Twitterに吐き散らかす独り言にしては長すぎたので、ここに置いていこうと思う 私は20代後半の女で、生まれた時からオタクになるべしというような環境で育ってきた女だった。 父は鉄道模型や電車が好きで、大型の鉄道模型を作ってはその資金源について母に咎められ、最終的にはそれが家庭内別居、ひいては母との離婚の一因になったような男だった。ついでに言うとアニメ好きである。 母は私の幼少期の時にはそういった片鱗を見せなかったが、若い頃はアニメーターを目指し始動したばかりのアニメージュ編集部に突撃し、アニメのラフを強奪してきたらしいと言うとんでもない経歴を持つ女だった。今の時代ではありえないが、若くそれなりに可愛い女が田舎からアニメージュ編集部を訪問してきたことが、当時の編集部にとっては驚きだったらしい。実際後から強請って絵を描いてもらったこともあったが、キャンディキャンディのイラストで、かなり絵がう

                                                          女がガンダムを好きでもいいらしい
                                                        • 当たり前だけど基本他人は助けてくれないぞ!

                                                          当方、高校卒業まで虐待を受けて死ぬか死なないかの瀬戸際で気を張り詰め続けてた人間なんだけど 反骨精神で大学入学して親から離れて生活できたはいいものの、大学の知人友人の家庭環境や生活環境との差に衝撃を受けたり、フラッシュバック、うつ病等の新たな弊害が発症。 「普通の家庭で育ち性格も普通の元気な子」になろうと努力し、実際に他人からはそう見られたので側から見れば普通の人間関係が築けてたと思うんだけど、 見てくれを気にしすぎてついに倒れた。 実家が貧乏なので大学4年間は生活費を稼ぐためにバイト+ゼミで忙殺(学費はもちろん奨学金だよ!)だったので体力的にも死んでたし、就活ではまともなアピールポイントもなく(生存には長けてたとは言えないし)、さらに倒れる。他にも諸々あるけど割愛。 数人のまだ信頼はおけそうな友人と教授、恋人には、さっき書いた軽く過去と現状を伝えたが、ずっっっっっっっっっとどこかで慰めや

                                                            当たり前だけど基本他人は助けてくれないぞ!
                                                          • 校門前に来ていた謎の物売りのおっさん

                                                            コンプライアンスやら、プライバシーやらがだいぶ厳しくなった令和時代。おっさんが小学校の前をウロウロしているだけで通報されかねません。 しかし昭和の時代はその辺がユルユルで、知らないおっさんがウロウロしているどころか、勝手に校庭に入ってきたり、校門の前で商売をしたり、今考えるとだいぶヤバイことが日常的に行われていました。 あのおっさん、何だったんでしょうね? ※画像をクリックすると拡大します。 1975年群馬生まれ。ライター&イラストレーター。 犯罪者からアイドルちゃんまで興味の幅は広範囲。仕事のジャンルも幅が広過ぎて、他人に何の仕事をしている人なのか説明するのが非常に苦痛です。変なスポット、変なおっちゃんなど、どーしてこんなことに……というようなものに関する記事をよく書きます。(動画インタビュー) 前の記事:アンパンマンの頭は13万キロカロリー > 個人サイト Web人生 あれ、誰が買って

                                                              校門前に来ていた謎の物売りのおっさん
                                                            • 今日で「保育園落ちた日本死ね!!!」を書いてから丸9年が経ちました

                                                              保育園落ちた人 @hoikuenochita 今日で「保育園落ちた日本死ね!!!」を書いてから丸9年が経ちました。 保育園に落ちて絶望して書き殴った当時の光景は今でも昨日のように思い出せます。 あんな思いをする家庭が少しでも減る事を願っています。 9年前の文章再掲します。 今日も1日ご安全に暮らせます様に。 anond.hatelabo.jp/20160215171759 2025-02-15 08:31:51 リンク はてな匿名ダイアリー 保育園落ちた日本死ね!!! 何なんだよ日本。一億総活躍社会じゃねーのかよ。昨日見事に保育園落ちたわ。どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか。子供を産んで子育てして… 2224 users 58

                                                                今日で「保育園落ちた日本死ね!!!」を書いてから丸9年が経ちました
                                                              • 海外旅行なんかじゃなくて普通にテレビ見せてほしかった

                                                                うちの親はいわゆる「意識高い系」。 テレビもNHK以外基本禁止、漫画は一冊もなく、ゲームもない家庭で育った。 平成初期生まれなので、自分が小中高のときはバラエティ全盛期。でも話に全くついていけず、「不思議ちゃん」扱いを受けた。仕方がない。SMAPも嵐も知らなかったんだから。 毎日勉強しろと言われ、頑張っていたが、高得点を取っても褒められることはなかった。友達は上位50%でゲームソフトを買ってもらっていたのに。 部活も無駄だから辞めろと言われたけれど、部活が唯一の居場所だったので、部活だけは続けた。正解だったと思う。 経済的には何故か余裕があったのか、海外旅行にはそれなりに行かせてもらった。周りからは良い家庭にみえていたんだろう。でも百万円以上かけて家族でヨーロッパへ行くより、5万で皆が持ってるゲームを買ってほしかった。 別に海外旅行なんて行きたくなかった。中学受験だってしたくなかった。 意

                                                                  海外旅行なんかじゃなくて普通にテレビ見せてほしかった
                                                                • 「人権派」の家に育って

                                                                  私の両親は、いわゆる、「人権派」、活動家だった。 もっと正確に言うと、人権派と陰謀論者の中間、あるいは地域の名物おじさんみたいなものだった。 父は予備校塾の講師、母はデザイナーだった。 この家に育って何が起きたか。 物理的な虐待とか、経済的困窮とかそういうことは、当然ない。 それは認めるし、親としては感謝している。 だが、私はこの家に育って、世間とまったく感性が通じないというか、後天的なコミュ障のような人間になった。 少し前に、発達障害者の人たちが「健常者エミュレーター」という概念を紹介していたが、それを見た時、私は膝を打った。 また、統一協会やエホバの証人の二世問題について知った時、私はこれに近いんじゃないかと思った。 自分が世間から見て「おかしい」ことはわかっている。だが、私に植え付けられた何かが、「いや世間なんて」と茶々を入れ続ける。 私の両親は、あらゆる凶悪事件がまるで発生していな

                                                                    「人権派」の家に育って
                                                                  • パチ屋で車に置いてかれた子供の気持ち

                                                                    昔、パチ屋で車によく置いてかれた 2002年ぐらいの時、小2の時に車で寝てたら気が付いたら置いてかれてた 冷房はついてたけど誰もいなくて最初はすぐ親が帰ってくると思ってた よく分からないけど親は買い物に行ってるって信じてた でも30分ぐらい経っても帰って来ない だんだん不安になってきて、車から出たいけど出ていいのかわからなかった 出て探しに行って親が帰って来たらどうしようとか 親が待てなくて凄い怒ったらどうしようって考えたらなんかいなくちゃいけない気がした 1時間くらい待っても来なくて次第に怒りと悲しみが湧いてきた 不安で怖くて親に見捨てられたとか考え始めた なんで自分を置いていったんだ!なんでここにいなきゃいけないんだ!早く帰ってきて!という感じに怒りと悲しみで車の中で1時間泣き叫んだ 1時間泣き叫んだら疲れて寝てしまった でも周りの大人は誰も気が付かなくて凄く悲しかった 親や世間の人に

                                                                      パチ屋で車に置いてかれた子供の気持ち
                                                                    • 小物臭溢れてた同級生の思い出

                                                                      小学生から中学生くらいのときにボーイスカウトに参加してた。 ボーイスカウトは地域の活動なので色んな学校の子供達がバラバラに集まって月1くらいでキャンプをしたりする。 なので普段は学校でどんなキャラなのかもお互いわからないまま共同作業や共同生活をする。 しかし所詮は同じ地域に暮らす同年代なので部活とか塾とかでの他校の生徒との交流で学校ではこういうやつなんだみたいな話は耳に入ってきたりする。 そしてここで仮にA君とするがボーイスカウトの同学年の一人が学校では小物臭溢れるタイプであるらしいことを聞く。 クラスではちょっと浮いている。 クラスの輪にはなかなか入れていないが先生がいるところでは杓子定規な意見を率先して述べてアピールしたがる。 誰が掃除をサボっていたとか学校の備品を乱暴に扱う遊びをしていたとかの告げ口をする。 なのでクラスの輪からはますます蚊帳の外にされる。 学校ではそんな感じのやつだ

                                                                        小物臭溢れてた同級生の思い出
                                                                      • 貧困家庭でほとんど選択肢がない人生だった

                                                                        小中学生のときに学校で必要なものは、いとこのお下がりばかりで新しく買うなんてことがなかった。 自分のものだけ色褪せていたり、デザインが一昔前のもので子供ながらに引け目を感じていた。 みんなが持ってるゲームを自分だけ持っていなかったり、漫画を買うことができないことはもちろんのこと、 何より辛かったのは買えない遊べないことよりも、周りの人たちの話題に入れず疎外感を覚え続けなければならなかったことかもしれない。 高校の進学先を決めるときには、公立しか選べないのはもちろんのこと、進学校かどうかではなく就職率が高いところを選ばなければならないような感じでしか決められず、 勉強を頑張ってきたにも関わらずランクを下げての進学になってしまった。 もしも余裕のある家庭だったのなら、ちゃんとした進学校に通って、ちゃんとした大学で好きなことを勉強しながらキャンパスライフをおくってみたかった。 就職してからは、同

                                                                          貧困家庭でほとんど選択肢がない人生だった
                                                                        • 今思えば昭和の男子が全員半ズボンを履いていた現象はなんだったのか

                                                                          ゾルゲ市蔵 @zolge1 今思えばこの半ズボンはなんだったのだろう。冬でもこれである。「長ズボンは軟弱の証」みたいな風潮すらあった。洗濯の手間かもしれず価格の安さかも知れず。よくわらぬままに今ではもう跡形もない。 pic.twitter.com/sV5uQv9SjQ 2021-09-13 12:36:46

                                                                            今思えば昭和の男子が全員半ズボンを履いていた現象はなんだったのか
                                                                          • 目標から逆算し、先回りされると意欲を奪われる|shinshinohara

                                                                            私の塾は基本、成績のあまりよろしくない生徒が来ていたのだけれど、たまに勘違い(?)した親が、ものすごく成績の良い子を連れてきて「お願いします」と言ってくる場合があった。中学受験に失敗し、高校受験で挽回したい、という熱意を母親が持っていた。面接のとき、母親は子どもに語りかけた。 「あなた、同級生の○○ちゃんが合格して、泣いて悔しがったでしょう?高校受験で挽回する、って誓ったじゃない!?○○ちゃんは今頃頑張っているよ。負けていられないわよ」子どもはうなづきつつも、またその話か、といった、辟易とした顔をした。 不合格だった時は、本人も口にしてその通りのことを言ったのだろう。けれど、それを言質に取られて、母親からヤイノヤイノと急き立てられる毎日に、ほとほと疲れ切った様子だった。塾以外の時間も勉強漬けにされ、中学1年なのに眉間に険が走っていた。大の勉強嫌いになってしまっていた。 自分の親とはいえ、他

                                                                              目標から逆算し、先回りされると意欲を奪われる|shinshinohara
                                                                            • 追記)ワーママに育てられた子供はかわいそうなのか

                                                                              暇つぶしに見るXでは、よくワーママと専業主婦が争っている。働きながら、あるいは働かずに子どもと向き合った。それが正しかったかどうかは、何十年か経ってみないと分からない。 以下は、平成初期に単身赴任の父+専業主婦からパート、フルタイムを経て自営となった母の間で育った私の事例である。 人の記憶はいつから残っているのか、幼稚園の頃に、母親が自分をおざなりにし始めたな、と感じたのを覚えている。それまで一番に迎えに来てくれていたのに、ある時を境に先生とふたりきりで、最後まで待つようになったからだ。 産まれたときから母親が忙しく、保育園に毎日遅くまで預けられていた妹は、おそらく母と過ごした時間は私より短いが、寂しかったという記憶はないらしい。人は最初からもっていないことよりも、一度手にしていものを手放すほうが辛い。 小学生の頃、学童から帰って、保育園に妹を迎えに行って、ご飯を食べて、お風呂に入って、そ

                                                                                追記)ワーママに育てられた子供はかわいそうなのか
                                                                              • 中学時代に知り合った子と再会した

                                                                                当方、30代後半になる。会社員男だ。現場の仕事で疲れた時、帰りに自分好みの居酒屋に寄ることがある。約一年前に、そこで珍しい体験をした。あんな気分になったのは初めてだった。懐かしいし、嬉しいけど、でもちょっと怖い。ツキがありすぎて、逆にツイてないんじゃないかと思った。 実をいうと、中学生の時に柔道合宿で知り合いになった女性と再会した。二度と会えないと思っていた。思い出が記憶の水槽に残っていたのを自覚した。 それは、居酒屋のカウンターに座った瞬間だった。どちらからともなく「昔会ったことあるよね」「増田君だよね」「Yさんだよね」という流れになって、しばらく話し込んだ。 少しばかり、昔のことを綴ってみたい。2000年代前半のことだ。 中二の夏休みだった。当時、広島県の海の見える田舎で柔道をやっていた。普段は中学校単位で練習しているが、隣の市にある工業高校で柔道合宿があるらしい。顧問の先生が是非とも

                                                                                  中学時代に知り合った子と再会した
                                                                                • 小さな図書館の思い出を喋りたい

                                                                                  近畿郊外のベッドタウンの話だ。 その片隅の、さほど大きくない団地に育った。 団地とともにできた集会所の中に、小さな図書館の分室があった。 学校の教室一つぶんよりも小さいそこに、子供のころ足しげく通った。 児童書コーナーにあった本はおそらく全部読んだと思う。 漢字がわかるようになると、鉄道ファンの積みあがったバックナンバーをひたすらに読み漁った。 身長が伸びてくると、本棚の上の方にあったソノラマ文庫に手が届くようになった。 クラッシャージョウに世間から十年遅れくらいでドハマりした。 コバルト文庫やソノラマ文庫の並んだ中に、いつごろかロードス島戦記と風の大陸が入った。 ライトノベルを読み続ける一生は、この図書館に教えられた。 いつしか小さな図書館の蔵書では物足りなくなり、自分で本を買いそろえるようになると、徐々に足は遠のいていった。 やがて団地そのものから引っ越すことになり、最後に行ったのはも

                                                                                    小さな図書館の思い出を喋りたい

                                                                                  新着記事