AIに聞いてみました

創価学会は会員に対して衰退しているとは口が裂けても言えないので、現実からますますかけ離れていることがわかります。創価学会としては実態はどうあれ、騙され続ける学会員がいるかぎり、どんな嘘でも平気でつくのだとあらためて思います。会員数ひとつにしてもまともに答えられない組織なのです。

CHAT GPTに最近の創価学会のについて聞いてみました。以下はその回答です。

創価学会の実態人数・地域別の変化・若者離れ・組織票の推移などを、最新の研究と公的データにもとづいて、さらに詳しく説明します。

できるだけ中立かつ事実ベースで書きます。

✅ 1. 創価学会の「実質的な会員数」はどれくらいか?

宗教学・社会学の専門家の推計では、

現在の創価学会は次のように見られています:

✅【結論】実質会員数は 200〜350万人程度

その根拠は以下の6つです。

✅ (1) 公明党の得票数が600万票を割り込む

創価学会は支持母体ですが、

• 1990年代:800万票前後

• 現在:550〜600万票弱

へと減少。

「827万世帯(=1500万以上)」が正しいなら、この得票数は説明できない。

さらに

1世帯=平均2〜3人が投票すると仮定しても過大。

✅ (2) 実質活動率(アクティブ率)は30〜40%と推定

宗教社会学では、日本の宗教団体の活動率は

平均30〜40%とされる。

創価学会の組織構造から逆算すると

• 名簿上の会員 = 800万世帯(=1500万人相当)

• 実際に活動している人 = 3〜4割

• → 450万〜600万人

しかし、高齢化を考慮するとさらに減少して、

→ 200〜350万人が妥当

という評価になっている。

これが研究者の共通した見解に近い。

✅ (3) 全国の人口減少・地方の衰退と合わない

地方での創価学会活動は実際に縮小。

• 四国、九州、東北で「支部の統合」「会館の閉鎖」が進行

• 若者世代の定着率が極めて低い

それでも「827万世帯が変わらない」のは統計的に不自然。

✅ (4) 死亡退会が数字に反映されていない

高齢化が進む中で、

**死亡した会員が“名簿上残る”**ことは宗教学者が指摘しています。

「世帯数」は構造的に減りにくく、実態より多くカウントされる。

✅ (5) 新規入会がほぼ停滞

2000年代以降、若年層の入会がほぼ停滞。

少子化と宗教離れで、純増はほぼゼロ。

それでも「827万世帯」を維持している理由は

名簿のメンテナンスを積極的にしないから。

✅ (6) 専門家による独立推計が一致

複数の学者が一致して、

「200〜350万人」前後としている。

例:

• 櫻井義秀(北海道大学)

• 西田亮介(政治社会学)

• 山口真由(法学)

• 橋爪大三郎(社会学)

など、多方面から指摘。

✅ 2. 地域別に見た衰退傾向

実地調査・報道・宗教学の研究から見える傾向です。

✅【都市部】比較的維持

• 東京23区

• 神奈川(特に川崎)

• 愛知

• 関西都市部の一部

これらは人口密度と若者比率が高く、学会員も一定数残る。

✅【地方都市】急激に減少

• 北海道

• 東北

• 中国地方

• 九州

地方人口の急減・高齢化に比例して学会員も縮小。

60〜70代が主力で、若年層が少ないため

「15〜20年後には組織維持が困難」という見方が強い。

✅【農村部】深刻な縮小

• もともと学会浸透が薄い

• 若者の流出で活動組織が維持困難

「支部・地区の空洞化」「集会の中止」が目立つ。

✅ 3. なぜ若者が残らないのか?

宗教学・政治学の研究では、主に次の理由があげられる。

✅ 理由① “宗教らしさ”が時代と合わない

• 朝晩の勤行の習慣

• 座談会への参加

• 新聞購読(聖教・公明)

• 集団運動・行事の多さ

これらが「生活負担」「時代遅れ」という印象になりやすい。

✅ 理由② 集団同調圧力への抵抗

若者ほどコミュニティの縛りを嫌う傾向が強く、

学会の組織構造(班・組・地区など)が合わない。

✅ 理由③ 創価学会=公明党という政治的イメージ

政治色が強いことを嫌がる若者が多い。

✅ 理由④ 他の宗教と比較して“信仰継承”が弱い

日本の伝統宗教に比べ

「家が学会だから自分も続ける」

という継承意識が弱い。

✅ 4. 公明党の票減少が示すもの

公明党の比例票(600万→550万→520万…)は

創価学会の実態規模の“上限”を示すと考えられています。

若者離れ・高齢化を考慮すると

実質300万人前後の支持母体

という推定は合理的です。

✅ 5. なぜ創価学会は正式な会員数を公表しないのか?

理由は主に3つ。

✅ 理由① 組織力の「大きさ」が存在理由の一部だから

大規模宗教は「数=正当性・影響力」と見なされやすい。

“827万世帯”は

→ 巨大宗教であるという象徴的数字。

減らすとブランドが弱まる。

✅ 理由② 名簿が正確に整理されていない

これは宗教学者がよく指摘する点。

• 退会が難しい

• 死亡しても名簿に残る

• 非活性の会員もカウントされる

「世帯数」は実態から乖離しやすい構造。

✅ 理由③ 公明党の基盤弱体化を公にしたくない

創価学会の影響力が

→ 公明党の政治力

と直結しているため、

会員数の減少=政治力の減少

と受け取られる。

そのため、数字を安易に更新しない。

✅【最終まとめ】

✅ 創価学会の実態人数

→ 200〜350万人(学術界の主流推計)

✅「827万世帯」は名簿基準で、実態ではない可能性が高い

→ 高齢化・非活性会員を大量に含む。

✅ 公明党の票数から逆算しても、1500万人規模は非現実的

→ 600万票を切るため、実質300万人前後が妥当。

✅ 会員数を公表しない理由

1. 影響力維持のため

2. 名簿管理の構造的問題

3. 公明党基盤の弱体化を表に出せないため

公明党から見る創価学会

自民党との連立を一方的に解消した公明党は、かなり厳しい立場に自らを追いやることになってしまいました。自民党はすかさず維新の会と連立を組んで、過半数とはいかないまでも公明党との連立のときと同じくらいの与党としての数を維持しています。ただ維新の会が連立の条件として議員定数を大幅に削減することを呑むしかないようなので、かなり厳しい立場に立たされそうです。自民党は維新の会と連立を組んでも議員の数はかなり減ることになるでしょう。一方で公明党はそれ以上に厳しい選挙戦が予想されています。これまで自民党と組むことで比例区の票をもらっていたのがまったくなくなりますし、自民党と組む維新の会は関西から公明議員を一掃してしまうかもしれません。ふたたび公明党の代表が落選するような可能性も出てきましたし、これからの公明党がどのようにして党勢を守っていくのか楽しみでもあります。もしかして立憲民主と連立を組めば、大きく議席を減らす自民党を野党に下ろして、立憲公明連立内閣が誕生するかもしれません。ただこれまで与党と野党で対立してきた立憲と公明がそう簡単に連立するとは考えられませんし、立憲民主党に政権担当能力があるとはとても考えにくいので、国政はかなりの大混乱に陥るかもしれません。いずれにせよ日本の国会はこのように党利党略のための数の論理で動いてるわけで、国民に向いてるわけではないことが露呈していますよね。公明党がどこかの野党と連立を組むことができなければ、社民党や共産党のように細々と孤立した少数野党としてやっていくしかないでしょう。公明党としては、政治と金の問題を無視し続ける自民党と連立を続けるには、学会票を確保する限界がきたとの判断だったのでしょうが、連立を解消したからといって公明党が復活する、つまり学会票を増やせるわけではないことなどわかっていたでしょう。しかし公明党としてはやはり自民党との連立は限界だった。要するに公明党はどっちにせよ限界だったということです。どっちかといえば、これまで通り自民党の下駄の雪でいたほうがまだマシだったと思います。それは次回の選挙での公明党の議席数ではっきりと結果が出るでしょう。今回の公明党の連立離脱は自ら死に急いでしまったと私などは思います。個人的にはどうでもいいことなんですけどね。公明党がいよいよ衰退すれば、学会員さんも自分が信じてきた創価は大丈夫なのか?と自分で考える機会になるかもしれません。そうなれば創価自体の衰退ももっと進むでしょう。私はこのブログで創価はあと10年ぐらいしか保たないと明言してきました。あれから5年ぐらいは経ったでしょうから、あと5年で創価崩壊の日がくれば私の予想は当たるわけです。もちろん創価崩壊の意味とは、完全に創価学会という宗教法人が消滅することではなく、宗教団体としての社会への影響力がなくなるという意味です。現在、実際の創価学会の活動家はどれくらいいるのでしょう。宗教学者の間では100万人程度と言われています。しかし創価学会の公式サイトにはこの数十年間は827万世帯のままです。実際の会員数を学会員すら知らされないまま数十年が経っています。創価としてはいまさら会員数が減っているとは言えないのでしょうが、これではあまりに学会員をバカにしすぎていると思います。そしてそんなことにも何ひとつ疑問を持たない現役活動家には哀れみさえ覚えます。ちょっと考えれば創価学会がおかしいってわかるだろうにとは思いますが、そんな常識が通用するような人たちではないからこそ創価に死ぬまで騙されるのです。こうなると最後まで騙されたほうが本人にとっては幸せなのかもしれないと思うようになりました。創価崩壊まで5年であっても10年であっても、要するに今の高齢の学会員さんたちが亡くなるまでの話でしかないということです。公明党も創価学会も二度と復活することはないですし、できれば今も騙されている学会員さんが1人でも現実に向きあって自分の人生を取り戻してくれたらと願うばかりです。

創価学会の未来 3

創価学会の未来についてAIに尋ねてみました。

これまで私が言ってきたこととほぼ同じような内容でした。うまくまとめているのはさすがだなと思いました。

【質問内容】

日本最大の新興宗教団体である創価学会が勢いを失い、会員が減少し続けているのはなぜですか?

【ChatGPTの回答】
創価学会の勢いが弱まり、会員数も減少傾向にある背景には、いくつかの社会的・組織的な要因が複合的に関係しています。以下に主な理由を挙げます。
🔸1. 日本社会全体の宗教離れ
若年層の宗教離れ:日本では宗教への関心が全体的に低下しており、特に若い世代は宗教に対して距離を置く傾向があります。創価学会に限らず、他の新興宗教や伝統宗教も信者数が減っています。
世俗化の進行:経済発展や教育の普及に伴い、宗教に頼らなくても生きていけるという価値観が定着しつつあります。
🔸2. 会員の高齢化と世代継承の失敗
創価学会はかつて、高度経済成長期に急激に拡大し、その時期に入会した人々が現在は高齢化しています。
その子世代・孫世代が必ずしも信仰を引き継いでいない、もしくは脱会しているケースが多く、自然減が進んでいます。
🔸3. 公明党との関係が敬遠される要因に
創価学会とその政治部門である公明党との関係に対して、批判的な視線も少なくありません。
政教分離の観点や、宗教団体が政治に影響力を持つことへの違和感から、入会をためらう人も多いです。
🔸4. 布教活動の限界・手法の時代遅れ
かつてのような戸別訪問(いわゆる「折伏」)や対面での布教が、現代社会では敬遠される傾向にあります。
SNSなどを使った現代的な布教方法への移行が遅れたことで、若年層へのリーチが難しくなっています。
🔸5. カリスマ性のある指導者の不在
創価学会のカリスマ的指導者であった池田大作名誉会長が高齢となり、公の場に出なくなったことで、組織の象徴的存在が見えにくくなっています。
現在の執行部には、池田氏ほどの求心力がないとされ、組織のモチベーションが下がっている面があります。
🔸6. メディアやネットによる情報の可視化
インターネット上では創価学会に関する批判的な意見や内部告発が多数見られ、従来のような「閉じられた世界」での信仰維持が難しくなっています。
外部からの批判や内部の矛盾に触れることで、脱会や距離を取る会員が増えているとされます。
🔸7. 宗教法人の透明性・信頼性への疑問
宗教法人としての資金運用、内部の人事、会員管理などに不透明さが指摘されることがあり、こうした点に疑念を持つ人も一定数います。
🔚まとめ
創価学会の会員減少や勢いの低下は、単なる「人気の衰え」ではなく、社会構造の変化・世代交代の壁・宗教への不信・組織内部の停滞など、多面的な問題が絡んでいます。
今後、どれだけ現代社会に合わせた改革ができるかが、再興の鍵となるでしょう。

【質問内容】

今後の創価学会はどうなると予想されますか?

【ChatGPTの回答】

今後の創価学会の展望については、複数の観点から予測することができます。現状の流れを踏まえると、「ゆるやかな衰退」路線が濃厚ですが、いくつかのシナリオが考えられます。

🔮 創価学会の今後のシナリオ予測

✅ 1. ゆるやかな縮小・高齢化による自然減(最も現実的)

メンバーの高齢化と若年層の参加率の低下は加速しており、新規会員の獲得も困難。 活動家層(選挙支援や布教を熱心に行う人たち)も年々減少。 組織は形式的には維持されるが、実態は縮小傾向。 公明党の支持母体としての力も、相対的に弱くなる可能性がある。

📉 キーワード:自然減、活動の形骸化、組織の硬直化

🔁 2. 組織のリブランディングや柔軟化(変革による延命)

若者向けの柔軟な布教スタイル、SNSや動画メディアを使った情報発信など、時代に合わせた変化を模索する可能性。 宗教色を薄めて「人間教育」や「地域活動」「福祉」など、社会貢献路線への転換を進めることで、イメージの刷新を狙う。 ただし、伝統的な教義や会員の意識との乖離が問題になり、内部対立が起きる可能性も。

⚖️ キーワード:イメージ戦略、宗教性の曖昧化、若者向け再構築

🚨 3. 外部要因による急激な信頼失墜(スキャンダルや政治的混乱)

財務や人権に関する問題、あるいは公明党との関係悪化、社会的批判の高まりによって、一気に会員の信頼が崩れる可能性。 特に、ネット社会では情報が拡散するスピードが速く、組織の透明性が低いと逆風になりやすい。 脱会の連鎖が起きるリスクもある。

🧨 キーワード:不祥事、政治の変化、メディア報道、信頼性の揺らぎ

🪦 4. 公明党との関係悪化 → 創価学会の政治的影響力の低下

公明党が創価学会の宗教色を嫌い、距離を取る戦略を取る可能性もあります(特に選挙での「学会票」頼みからの脱却を図る場合)。 創価学会にとっても、公明党との関係がアイデンティティの一部となっているため、関係が崩れると求心力が急速に落ちる恐れがあります。

⚠️ キーワード:政治と宗教の乖離、政教分離論争、選挙協力の限界

🧭 長期的展望:新しい「宗教のあり方」への模索が必要

創価学会が生き残るには、「20世紀型の宗教団体」から脱却し、以下のような新しい価値提供の形を見つける必要があります:

個人の心のケアや孤独の解消(宗教2.0) コミュニティづくり・教育支援・ボランティアなどへの特化 オンライン化とオープンな情報発信 カルト的性質の否定と「柔らかい信仰」への転換

しかし、これには組織の自己否定に近い改革が必要であり、容易ではありません。

🔚 結論:

現時点では、創価学会は「急激に崩壊することはない」が、次第に縮小・高齢化し、社会的影響力も減少する傾向が強いです。変革の可能性はあるものの、内部の保守性や教義の制約が、それを阻んでいるように見えます。

__________

以上がChatGPTからの回答になります。

正直なところ「やっぱりな」といった感想です。AIは人間と違って感情的な発言はしませんし、基本的に特定の個人や集団に対する誹謗中傷などはありませんから、人間よりも冷静で客観性のある信頼できる分析だと思います。表現としては柔らかく遠回しになってはいますが、端的に要約するならば、「創価学会に未来はない」ということですね。遅かれ早かれ創価学会がこのまま消滅するのは時間の問題だということです。

残念なのは、こうした現実を素直に受け止めきれない昔からの会員さんがほとんどだということです。

みなさんのご意見をお待ちしています。

もはや公明党が再起不能の理由

今回の参院選は予想された通り自民公明の大敗となりました。自民党の大敗と公明党の大敗は、同じ大敗でもその理由はまったく違います。自民党のそれは政治と金の問題をうやむやにしたまま、先の衆院選の大敗にもかかわらず参院選にも何の対策も講じなかった石破政権のあまりにお粗末な政権運営にありますが、公明党の大敗は政治的な手腕ではなく、ひとえに創価学会の衰退がそのまま現れているものだと言えます。先の衆院選で比例得票数が600万票を割り、さらに党の代表が落選するという前代未聞の醜態を晒した公明党でしたが、今回の参院選では比例得票数がさらに激減し520万票代となりました。次回は確実に500万票を割るでしょう。これまで公明党は会員の選挙活動を鼓舞するために全員当選できるような安全な票割りをやることで「全員当選」「信心の勝利」などとしてきましたが、もはやそうした操作すらできなくなるほど選挙活動をする学会員がいなくなったということです。学会員はこれかさらに減少の一途をたどることは間違いないのですから、これまでもこれからも学会票に頼るしかない公明党の議席数はさらに減るしかないのです。選挙活動をすれば功徳がある。公明党の票を取れば必ず宿命転換できる。こんな言葉で騙されてきたのが学会員でしたが、もはやそんな見え透いた詐欺が通用するわけがありません。これで騙されるのは、これまでも騙され続けてきた高齢者ぐらいのものでしょう。個人的にはすでに創価学会にも公明党にも興味はなくなりましたが、あるとすれば創価学会はどのようなかたちで終わるのかというところです。オーム真理教が完全に消滅しないように、小さなカルト教団となる可能性はないではないでしょうが、創価の場合ははじめから金目的の詐欺集団として続いてきたのですから、会員からお金が集まらなくなった時点で終了するのではないかと思っています。創価学会はカルト教団ではなく金目当ての詐欺集団です。まだ気づいてない学会さんは気づいてほしいと思いますが、今の時点で気づかないのであれば、死ぬまで騙されるのだろうと思っています。私の両親や兄夫婦のように、残念ですがそれはある意味仕方ないことなのかもしれません。

このブログにたまたまたどり着いた方は、多少なりとも創価に疑問を抱くことができた方でしょうから、このブログのどこからでもいいですので、興味のあるタイトルだけでも探して読んでみられることをおすすめします。創価に疑問を抱くこと、つまり自分の頭で考えること。これが何より大切なことだと私は思っています。

お久しぶりです。

もう4ヶ月も更新していないし私自身もほとんど訪れないので、誰も見ていないだろうと思っていましたが、それでも毎日数百のアクセスはあるようです。何度も書いていますが、私自身、もうほとんど創価学会のことを考えることがなくなりました。ほんとにたまに思い出してもほぼ他人事ととしてしか思えなくなりましたので、新たにここに書きたいこともなくなったことは、ある意味いいことなのだと思っています。

その上で、創価学会はいまどうなっているんだろうという素朴な疑問はあります。そこで久々に創価学会の公式HPを覗いてみました。あいかわらず日本の創価学会は827万世帯と表示していて、なぜか海外の会員だけ約300万人と書いてあります。海外は人数で、国内は世帯数というのもおかしな話ですが、それよりも827万世帯という数はもう何十年も変わっていないというのもさらにおかしな話です。これまで何度も話していますが、すでに827万世帯と言っていた1995年当時の日本の全世帯数は4,390万世帯ですから、そのうちの827万世帯というのは、約18.8%が学会員だと公式に発表してきたのです。そして今現在も827万世帯と言い続けているわけです。今の日本全体の世帯数は4,964万世帯なので16.6%。ということは日本の平均世帯人数は約2.2人なので、少なくとも1,800万人が創価学会員だと公式に発表しているわけです。つまり今の日本人の7人に1人が創価学会員だと発表し続けているのです。日本人の7人に1人が学会員ならば、公明党はとっくの昔に単独で政府与党になっているはずです。しかし実際には会員数の3分の1にも満たない600万票すらとれなくなりました。創価学会はなぜそんな誰にでもすぐにわかるようなデタラメを平気で発表しているのでしょう。

私が考えるには、いったん827万世帯と発表してしまったがために、今さら数字を減らすわけにはいかないとも思えますが、それよりもそんなデタラメでも学会員は騙せると考えているのだと思います。といいますか、創価が何を言っても信じてしまう人しか活動していないということだと思います。創価学会が公式に発表しているデタラメはこれだけではありませんが、こうして騙される会員が一定数いる限りは創価学会は続いていくのかも知れませんし、創価学会が終わるのは、会員からお金を騙し取れなくなって採算が合わなくなった時だと思います。

この会員数の話を活動家が聞いても、おそらくなんとか屁理屈で言い返そうとすると思います。そうしたメンタルの学会員さんのことを、このブログでは創価脳と呼んできました。今となっては懐かしいです。以前は対話を通じて創価が会員からお金を巻き上げることを目的とした詐欺集団であることに気づいて欲しいとの思いで始めたこのブログですが、対話の中で気づいた学会員さんはいませんでした。もちろんこのブログを読んで創価学会が詐欺だと気づいて脱会した方はたくさんいらっしゃいますが、そんな方は自分で創価のおかしさに気づいてこのブログを訪れた方たちです。私を論破してやろうと喧嘩腰でこのブログに来た学会員さんたちとの対話は誰1人として成立しませんでした。

今の私はもう創価脳の方たちと関わる気持ちはさらさらありません。そんなことをする以前に、もうすでに創価学会は自滅の一途を突っ走っているようですし、創価崩壊はもはや時間の問題というか、お金が尽きたら終わるでしょう。

創価学会がいちばん元気だったの1960年から1970年代の高度経済成長の頃です。地方から都会に集団就職で出てきた若者たちが、その孤独と不安を解消するために次々と創価のコミュニティに絡めとられていきました。いわゆる団塊の世代の学会員たちがいま、70代後半の歳になり、かと言って彼らの活動を受け継いでくれる若者はいません。結局のところ、創価学会は団塊の世代が騙されてきた信仰宗教だったということです。その証拠に、今の創価学会の活動の中心も団塊の世代の方々であることからも明らかです。

もし、創価に疑問を持ってこのブログにたどり着いた学会員さんがおられましたら、その抱いた疑問は正しいと言っていいと断言できます。このブログのどこを読んでもらってもかまいません。おそらくどこを読んでも、その疑問に対する明確な答えになると思います。大切なのは「自分で考えること」です。創価の活動とは自分で考えることを放棄することです。だから日本人の7人人に1人が学会員だと創価が言い続けていることにも何の疑問も抱くことがないのです。言い方は悪いですが、学会員さんは人はいいのですが、考えない人の集まりです。人がいいからこそ簡単に騙されるということでもあります。創価ばかりではなく、幸福の科学や統一教会も同じように自分で考えない人たちの集まりです。たから騙されるし、ちっとも幸せにならないのに騙されていることにすら気づかないのです。

もう創価学会に若い活動家はいません。いたとしたらよほど特別に純粋培養された創価3世や4世でしょう。若い人はネットで創価学会が何かを簡単に知ることができます。今後は団塊の世代の学会員さんが年老いていなくなれば、自動的に創価学会は消滅します。それがわからない、あるいはわかりたくないのは学会員さんだけなのです。

ということで、ときどき気が向いたら書くようにします。このブログは続けていきます。おそらく更新は滅多にないと思いますが、これからも創価に疑問を持つ学会員さんのために残しておこうと思います。よろしくお願いします。

公明党とは何か?

ひさしぶりに書きます。

石破内閣発足直後の突然の解散選挙がおわりました。みなさんご存知のとおり、自公連立政権が過半数割れしたことが大きく報じられていますが、もうひとつ大きなことが公明党の大惨敗です。8あった小選挙区での議席が半分の4になり、しかも代表も副代表も落選してしまうというとんでもないことが起きました。また、「常勝関西」といった創価学会の選挙の牙城に議員がひとりもいなくなったのです。もっとも大阪で公明党が強かったのは維新の会との取り引きがあったからなのですが、今回は維新の会が取り引きをチャラにして普通に候補者を出したので、公明党は普通に全員落選したにすぎません。学会員が思いこまされていた常勝関西は学会員に選挙活動をやらせるために単に仕組まれていただけのことであり、今回はそれが明らかになったということです。

今回の選挙で比例区の公明票は5,881,854票でした。かつては2005年の900万票超えをピークに徐々に落ちていたのが、今回は600万票にも満たなくなったのです。

あまりに突然の解散だったために学会員さんも選挙活動をやる暇がなかったのかもしれませんが、それにしても議員数が半減するだけにとどまらず、代表も副代表も落選してしまうとは、こんなみっともない政党も珍しいですよね。

そこで、今回のタイトルは『公明党とは何か?』にしました。結論から言えば『池田大作の野望の形』です。池田大作は2010年に姿を見せなくなりましたが、それ以前からおかしな言動が目立つようになっていました。つまり公明党の衰退はそのときから始まったと言えるでしょう。池田大作なきあとの創価学会は衰退の一途をたどりながら今に至ります。すでに会員も高齢者ばかりとなり、選挙活動にもとっくに限界が来ているのです。維新の会も公明党に気を使う必要もなくなったので、取り引きをチャラにしたわけです。今回の自民党は裏金問題で自滅しましたから、まだ公明党を見放すことはしないと思いますが、これから先、どこかの時点で自民党が公明党を見放すときが来るでしょう。そしたらもはや公明党はいったい何のためにあるのかわからなくなるでしょうね。山口夏生元代表はナイスタイミングでやめてよかったと思ってるでしょうね。

池田大作なき創価学会にとって、公明党とは野望の抜け殻でしかありません。今の創価学会と同様に、いや創価学会以上に公明党は衰退するしかないのだと思います。

創価学会の未来 2

年明けから大変なことが立て続けに起きていますが、自民党の派閥解散もそのひとつですね。安倍さんが亡くなり、細田さんまでが亡くなるなかで、急に動きが活発になった東京地検特捜部。こうなると二階派も解散せざるを得なくなった感じですね。かろうじて本丸の安倍派の7人の国会議員は逮捕を免れるというところで手打ちとなったわけですが、それでも東京地検は近年にない活躍を見せた感はあると思います。

この調子で東京地検が創価学会にもメスを入れて、世間の注目を浴びることになれば、創価がおかしいことに気づいてくれる現役学会員さんも一気に増えると思うのですが、創価は昔からその首根っこをしっかり抑えてきましたから、そう簡単に東京地検が動くことはないでしょう。しかし池田大作が亡くなったいま、ちょうど自民党に安倍、細田がいなくなったように、創価学会を切り崩すまたとないチャンスなのかもしれません。

もうそうしたことをしなくても、すでに創価学会は自滅の一途をたどっているのですから、もう大きな騒ぎがなくてもいいと思えるようになりました。このブログをはじめた10年前ごろは、私のほうにそんな余裕がありませんでしたので、何かにつけては創価学会を批判してきましたが、今はもう創価は何をしなくても消えていくしかないところまで来ました。

これからはこのブログのサブタイトルである『静かに創価学会を去るために』のように、創価がおかしいと気づいた学会員さんが、創価から静かに去っていけばいいのだと思いますし、もはやそうとしか思えなくなりました。

かつては現役の学会員さんとの対話を試みたものですが、私の力不足もあり、ついぞ対話が成り立つようなことはありませんでした。やってみてわかったことですが、創価に都合よく洗脳されてしまった人との対話が成り立つわけがないんです。

ネット上では現役の学会員さんと創価から日蓮正宗に行った元学会員さんが相変わらず不毛な罵り合いを続けていたりもします。いったい何のためにやっているのだろうと思いますが、かつては私も似たような不毛な言い争いをしていたひとりだったのかもしれません。

新興宗教に騙されて振り回されるだけの人生。自分の人生がそんなものではないと信じたい一心で、創価を批判するものに我慢がならない学会員。そんな人たちがこのブログにもたくさん食ってかかっていました。今はもうそんな人もいなくなりました。もし今そんな人が現れても「創価学会の現実をきちんとうけとめてはいかがですか?」としか言わないでしょう。すでに老人しか集まらない座談会しかできない創価学会に何ができるのか?広宣流布?世界平和?そんなものははじめから会員を騙してお金を巻き上げるためのウソ八百でしかないことに、もういい加減気づいてほしいものですね。

このスレッドでは引き続き創価学会の現場、つまり座談会や協議会、聖教新聞の配達状況、各種会合のリアルな様子などを教えていただけるとありがたいです。

よろしくお願いします。

創価学会の未来

新年あけましておめでとうございます、と言いたいところですが、元旦に能登半島地震があり、昨日は日航機の事故。3日目の今日は何があるんだろうと、おめでとうとは言えない年始となりました。世の中、今も昔も何が起こるかわからない不安がつきまとうものです。そんな人々の不安な気持ちを利用してお金を騙しとる。それが創価学会をはじめとした新興宗教の実態です。しかし騙されるのは何も不安な気持ちの人ばかりではありません。例えば「自分だけ特別に幸せになれる方法に出会えた」とか「これさえやれば必ず幸せになれる」といったうまい話に簡単に騙される人もいます。そんな人に限って「自分だけは絶対に騙されない」と思い込んでたりするものです。特殊詐欺に騙されるのは人を疑うことを知らない善良なお年寄りばかりではなく、自分が騙されるわけがないと思い込みの激しい人がかえって騙されやすいとも言います。

学会員さんは創価を正しいと信じています。かつての私もそうでしたので、その気持ちはよくわかります。しかし、ちょっと考えれば、自分はなぜ創価が正しいと信じているのか、確かな理由があるわけではないということに気づきますが、子どもの頃からずっと「創価学会は正しい」と教えられていれば自分で疑うようなことができなくなります。これも自分で体験してきたことですからよくわかります。だから現実には「創価学会は正しい」とは思えないことが起こったとしても、自分の都合のいい理由をつけて創価を正当化してしまいます。これは創価のことに限らず、人は何かにつけて自分を正当化してしまうものです。そして創価が正しいと信じることが、同時に自分の人生も間違っていないと信じ込めるのですから、他人から何を言われようと、簡単に「創価=正しい=自分」という方程式を疑うことができなくなってしまいます。だから創価を批判されると、それがそのまま自分の人生を否定されたかのように感じてしまい激昂してしまう学会員さんが多いのもそのような理由からだと私は思います。このブログでも、過去にいろんな学会員さんと対話を試みましたが、そのほとんどが創価の矛盾を指摘されたときに冷静さを失って感情的になったり論点をずらしたりで、結局は対話が成立することはありませんでした。

創価学会は日蓮正宗を信奉する教職員の集まりだった創価教育学会が戦時中に一度消滅しましたが、戦後になって戸田城聖が一般人相手に創価学会として再開しました。その経緯は小説人間革命に書かれているような感動的なものではなく、事業に息詰まり、大変な借金を抱えて困ったあげくの戸田が始めた金儲けを目的としたものでした。持ち前の口達者が功を奏して、戸田は戦後日本の貧乏人と病人をターゲットにして、一大勢力を築きあげます。もちろん戸田にとって日蓮正宗の排他的な教義は会員を騙すための恰好の道具で、日蓮正宗もかつてない信者獲得と寺の拡大にともなう莫大な利益を前にして創価の言いなりになるしかありませんでした。そこに若い池田大作が登場し、創価学会はますます勢いを増し、日本で最大の信者を擁する宗教法人と成り上がっていきました。会員たちは「創価=正しい=自分」の方程式を叩き込まれ、その方程式だけが絶対に正しいという考えに支配されてしまいます。高齢の学会員さんは今もその方程式から抜け出すことができずに、ちょっとでも創価を批判されたらすぐに頭に血が上るような性格のままなんですね。そこには自分で考えるという選択肢はありません。自分で考えて創価を疑うようなことでもすれば地獄に堕ちると脅され続けてもきたので、自分で考えたり創価を疑うことなど恐ろしくてできないんですね。

池田大作が小説人間革命をゴーストライターに書かせていた理由は、会員に創価学会の本当の成り立ちを知られないようにするためでした。創価学会の成り立ちを感動的な物語として会員に刷り込むことで、会員に創価を疑う余地を与えないようにするためのものです。同時に小説として出版し、会員にもれなく買わせれば、これだけでも莫大な利益になります。出版で儲かるノウハウは戸田の時代からあり、会報を聖教新聞という新聞形式にして会員に配達・販売・集金までをもさせるという、徹底した拝金主義はお見事です。

さて、そんな創価学会も、日蓮正宗から破門され、それまでの教義とは正反対の教義を打ち出すことで、なんとか組織は維持してきましたが、会員数は頭打ちから次第に下降の一途をたどり、ついには女子部が廃止され、婦人部と合わせて女性部という形になりました。男子部もかつては創価班や牙城会などの組織で会合の運営にあたっていましたが、今や男子部にそうした組織運営ができなくなり、今の創価学会はかつて青年部だった学会員が高齢者となり、がかろうじて維持しているというのが実態です。さらにコロナ禍によって会合を開いたり、組織活動が思うようにできない月日が続いたことや、10数年も姿を現さなかった池田大作の突然の死去を知らされた会員は、いよいよ創価学会の終焉を肌で感じているかもしれません。それでも中には「創価学会は必ず世界に認められる宗教になる」と今も夢見ている高齢の学会員さんもいるかもしれません。そんな学会員さんには何も言うことはありません。最後までそうした夢を見ていた方がその人にとっては幸せなのだと思うようになりました。長年創価に騙されてきた学会員さんは、それだけお金も騙し取られたでしょうし、家庭崩壊も経験してきたことでしょう。職場や近所づきあいも、あたりさわりのない上っ面だけだったかもしれません。でもいまさらそれを取り返すことができるほどの時間はありません。悲しく残酷なことですが、これはもうどうしようもない現実です。私は創価脳の兄が4年前に癌が見つかって半年で亡くなったことを機に、創価に対する考えも態度も変わりました。それまではどうにして兄を正気に戻してあげたいと思い悩んでいましたが、兄の思わぬ急死によって私と創価の距離が限りなく遠いものになりました。それ以来、私は創価のこともたまにしか思い出さなくなり、私の心の中から完全に創価学会を排除することができたように思います。どうにかして兄を救ってあげたいと思って悩んでいた私を、逆に兄が死をもって救ってくれたように思います。

このところ、繰り返し言っているように、創価学会は今の高齢の会員がいなくなることで、このまま自滅するでしょう。もう目くじらを立てて批判するほどのこともないように思います。池田大作のカリスマ性によって支えられてきた創価学会が、その池田大作なきあと、誰が精神的リーダーとなれるでしょう。原田会長でしょうか?あの方も82歳というご高齢です。長谷川理事長も82歳です。池田大作の長男の池田博正氏ですか?彼にこの巨大組織の精神的支柱となれる素養があると思いますか?あるわけないのは現役会員でも認めるところでしょう。ではいったい誰が創価学会を率いていくというのでしょう。しかし今の学会員さんは立場上、原田会長の陣頭指揮のもと活動しなければならないのが現実です。ちょっと想像してみましょう。会員と言っても活動家といえる会員の半分以上が高齢者です。その高齢者たちが82歳のあの会長の指導をもとに活動する組織。どうですか?創価学会にどんな未来があると思いますか?学会員さんはそんなこと考えるのも嫌でしょうね。そう、考えない学会員さんだけが活動している。これが創価学会の現実の姿です。創価学会のこれからのことを自分で考えようとしない学会員さんだけが活動しているのですから、創価に未来があるわけがありません。「創価=正しい=自分」という方程式。創価学会とはこれを手放すことができない高齢の人たちの集まりです。違いますか?

ところで今年は新年勤行会は開催されたのでしょうか。池田大作が2カ月前に亡くなったので自粛なんでしょうか。もしご存知の方がいらっしゃいましたら教えてください。

創価学会の現実

世間では数々の閣僚の不祥事や経済対策の失敗に加えて、前代未聞の裏金問題の発覚によって岸田内閣の歴史的な低迷ぶりが取り沙汰されていますね。それでも連立を組んでいる公明党は我関せずのようです。というか、自分のところに火の粉が飛んでこないかと、内心ドキドキしながらじっとしているのかもしれません。最新のテレビ朝日の世論調査によると、公明党の支持率は3.9%だそうです。ちなみに内閣支持率が20%を割ってしまった自民党でも41.5%。次いで日本維新の会が8.7%。立憲民主党が8.0%。日本共産党が4.8%で、その次が公明党の3.9%です。そう、公明党は5番目の党です。5番目の党であっても存在感を示しているのは自民党と組んでるからですよね。ちなみに公明党の次がれいわ新撰組の1.6%。そして国民民主党の1.5%、参政党の1.1%となります。さて、公明党の支持率3.9%という数字が何を意味しているのかということです。公明党を支持している日本の有権者の割合ということですが、例えば総務省によると今の日本の有権者は101,236,029人だそうですから、×3.9%=3,948,205人となります。と言うことはおよそ400万人の有権者が公明党を支持しているという計算になります。創価学会の活動家が100万人だとすれば、400万人という公明党支持者数はかなり多いと言えます。もちろん活動家が100万人いるという前提です。しかし学会員さんは創価学会員が実際に何人いるのかすら知らされませんし、創価学会が公式に発表しているのはもう何十年も日本827万世帯という数字です。少なくともこの30年間、827万世帯という数字は減りもしなければふえもしません。このブログでも何回も言ってきたことですが、827万世帯って、日本の人口は総務省の発表によれば令和5年1月1日現在で125,416,877人で、一世帯の平均構成人員は2.08人ですから今でも創価学会は会員が17,201,600人いると公式に発表していることになります。これは日本の総人口の学会員が本当に27.4%にあたります。つまり日本人の4人に一人以上が創価学会員ですと言ってるわけです。日本人の4人に一人以上が創価学会員なのに、なぜ公明党の支持率が3.9%なのか、誰にも納得できる回答ができる学会員さんがいるでしょうか?いるわけないですよね。一つは、この827万世帯という数字は、日蓮正宗のご本尊をもらった(買った)学会員の世帯数だという話もあります。そしてこの827万世帯という数字は創価学会が日蓮正宗から破門された1990年からずっと変わらず827万世帯なんです。なるほど、それならまだうなづけるところもありますが、創価学会は日蓮正宗から破門されてから「日蓮正宗のご本尊は何の力もない」と言って替りに創価学会独自のご本尊を作って会員に買わせています。だったらその買い替えさせたご本尊の数を世帯数として発表するのがスジというものですが、相変わらず827万世帯という、現実にはあり得ない数字を発表しています。それ以前にきちんと会員数を発表するのが当然でしょうし、30年以上も世帯数が変わらないというのもおかしな話です。本当にいい加減だと思いませんか?日本人の4人に一人以上が創価学会員だという数字を発表しておきながら、女子部や創価班や牙城会は廃止。当然、未来部も活動できず、聖教新聞を配達できる学会員もいなくなって一般の新聞社に委託するしかないのが現実です。でも日本人の4人に一人以上が創価学会員だと相変わらず公式HPに載せているんです。学会員さんは自分が所属している団体に何人の会員がいるのかすら知らないし、そのトップである池田大作がどこで何をしているのかを10数年知らされることなく「先生はお元気です」と言う幹部の言葉を信じるしかなかったんです。そして公明党が何をしているのかも知らないのに選挙にたびに知り合いに投票をお願いしてきたんです。そしてその公明党の支持率は3.9%という現実をどう考えているんでしょう。というか、考えていないからこそ創価学会はすごい!と信じてしまうのだと私は思います。ちょっと考えれば何もかもおかしいのが創価学会ですが、何も考えないからそのおかしさに気付けないのだと思います。おかしな新興宗教を信じるのは自由ですが、それで幸せなのかどうかが問題です。創価学会の活動家は口を揃えて「創価学会員であることが幸せです」と言います。本当にそう思っているのでしょう。でも現実はといえば、とても幸せだとは思えない生活をしている学会員さんが圧倒的に多いのです。ここは統一教会や幸福の科学とよく似ています。学会員さん自身は自分で考えないから、そうした現実に気づくことができないでいます。逆に、自分の頭で考えて、自分の現実を客観的に見ることができれば、すぐに気づくことができます。ただ、多少気づきかけたとしても、創価を疑ったら不幸になると洗脳されているので、それが恐ろしくて創価学会を信じている自分の現実を認めることができないでいます。
何度でも言います。統一教会や幸福の科学と同じように創価学会は詐欺です。戦後すぐから貧困や病気に悩む人々の弱みにつけこんで、お金を騙し取ってきた多くの新興宗教の中の日本で一番大きな詐欺集団です。創価学会をやめてもバチなど当たるわけがありません。学会員さんは創価学会こそが本当の仏教だと信じているようですが、そもそも仏教にバチの概念などないのです。ついでに言うならば、本来の仏教に死後の世界の存在しないし、輪廻転生の概念もありません。これらは仏教がインドから中国を通じて日本に伝わっていく途中で後付けされた、土着信仰に基づいた考えです。その方が受け入れられたからです。信者を増やすために土着信仰の考えを取り入れてきた結果です。このあたりのことも、これまでこのブログでは何度も何度も説明してきました。本屋さんに売ってある仏教の基本中の基本の解説本を読めば、どれにも書いてあることです。創価学会の教学はそんなことは完全に無視した中で創価学会に都合がいいように作られていますし、とても仏教と呼べるようなものではありません。ちょっと調べれば誰にでもわかることですが、学会員さんはそんなことをしたらバチが当たると教えられていますから恐ろしくてできないのです。
これから創価学会はどんどん衰退していくのは目に見えていますが、それでも騙され続ける学会員さんは存在します。学会員さんにはそんな現実に一人でも気付いてもらいたいです。このブログでは、創価学会が詐欺だと気づいて脱会したり、家族との関係で脱会はできなくても活動しなくなった多くの学会員さんの声が集まっています。そしてこうした声がきっかけで創価が詐欺だと気づくことができた方がたくさんいらっしゃいます。なので、私はこれからも「いつまで創価学会に騙されて不幸なままの人生を続けるのですか?」と皆さんと一緒に問いかけていきたいと思います。皆さん、これからも一人でも多くのが会員さんが創価学会の現実に気づくことができるように、ご自分の体験に基づいたコメントをよろしくお願いいたします。

創価学会のこれから

池田大作の死亡報道があったせいなのかわかりませんが、このブログのアクセス数やみなさんからのコメントも増えてきました。また初めてコメントしてくださる方もいらっしゃって、私としてもお一人お一人にお返事をしたいところなのですが、なかなかできないでいます。申し訳ありません。この場でお礼を述べさせていただきます。本当にありがとうございます。

学会員さんにとって、池田大作の死はそんなに悲しいことなのでしょうか?すでに13年以上も「先生はお元気です」と言われ続けながら、会員の前についぞその姿を現すことなく死亡が報じられた池田大作。彼が人前に出なくなったときに生まれた子どもは、もう中学生です(笑)。

先日、私の姉のところにときどき訪ねてくる婦人部長、今は女性部長というのでしょうか。彼女は私が男子部時代から婦人部長でしたから、もう相当な歳だと思われます。で、若いときに脱会している姉にいまだに選挙のお願いに来たり、もう何年も前に認知症で施設にいる母に財務をさせるように話をしに来るそうです。姉はそのたびに呆れ返ったと私に話をするのですが、先日は「池田先生からこのようなメッセージをいただいたので読み上げますね」と言って玄関先で読み始めたところを、姉は呆れて「読まなくていいです」とキッパリ断ったそうです。そうしたら一緒についてきた婦人部(女性部)と顔を見合わせて苦笑いしてたそうです。もうこの時点で学会員がいかに非常識かというには十分なのですが、私も姉も彼女らを責めたりする気はありません。というより彼女らは創価によって自分の非常識さもわからなくなった被害者だからです。もうとっくの昔に学会員ですらない姉に、13年以上も姿も声もない90歳超えた老人のメッセージだと言われている文章を、わざわざ家に押しかけてまで声に出して読んで聞かせようとする人を、普通の人がどう思うのかが想像できなくなってしまっている彼ら彼女らは、やはりかわいそうとしか思えません。しかも彼ら彼女らは、そんな精神状態にさせられているだけではなく、何かにつけてお金を搾取され続けているのです。その結果、家庭が崩壊したり、近所付き合いができなくなったり、職場を追われたりしています。決して幸せになんかなっていないし、幸せになれないのは創価のせいじゃなくて自分の信心がたりないからと言いくるめられて、ますます不幸になっています。このあたりは統一教会や幸福の科学の信者とよく似ていますね。

池田大作のメッセージを一方的に読んで聞かされそうになった姉は、さすがにあまりの非常識さにムッとして「その池田先生って何年も姿を見せませんよね?生きてるんですか?」と聞いたそうです。そしたらまた2人の婦人部は顔を見合わせて半笑いで「もちろん池田先生はお元気で執筆活動をバリバリされていますよ」と答えたそうです。

学会員さんはどこまで「先生はお元気です」を信じきれていたのでしょう。そして92歳で老衰で亡くなったとどこまで信じているのでしょう。ただ、学会員さんにしてみれば、創価を信じなければ自分の人生を自分で否定することになりますから、どんなにおかしなことでも信じないわけにはいかないということなんだと思います。私も創価が詐欺だと気づく前まではそうでした。おかしいなと思うことはたくさんあっても、もうそれ以上は考えないようにしようとしていました。考えないようにと必死で唱題したりしてたんですね。そうすると物理的に脳内にアドレナリンとかドーパミンのような脳内物質が分泌されて、何かしら高揚感や達成感が出てくる。そんな一時的な快感が疑問や不安をかきけして自ら思考停止してしまっていたんです。

このブログに寄せられる体験談として必ずと言っていいほど出てくるのが「罰への恐怖」です。創価はおかしいと気づいても、心の底に「バチが当たったらどうしよう」というわけのわからない恐怖心に悩まされた方がたくさんいらっしゃいます。私も最初はそうでした。これはもう理屈ではなく、長年、子どもの頃から言い聞かされ植えつけられてきた問答無用の恐怖心のなせる技なんですね。これは時間が解決するしかないと思います。おかげさまで私はもうまったくそんな恐怖心はありません。心に植えつけられた「バチがあたる」「地獄に堕ちる」といった恐怖心は理屈抜きに襲いかかってくるんですよね。今思えば本当にバカバカしい限りなんですが、当時の本人にしてみれば、それが世界の真実なんですね。これはちょうどハードディスクに刻まれた電気信号のようなものですから、上書きするしかないようです。忘れるというより上書きといった感覚が近いと思います。

ではどうやって上書きをすればいいのかという話になります。それは疑うということに尽きると私は考えます。疑うというと、何かしら後ろめたいイメージを持つ方もいると思いますが、人間はこの疑うという高度な知的作業によって真実を見極め、科学を発展させ、文明をつくりあげてきたのです。逆に信じるというのは、パッと見は素晴らしく尊い精神性のように思えますし、もちろんそのような側面もあるにはありますが、それ以上に恐ろしい面があることを認識しなくてはいけません。特に信じることを利用してどれだけの人間が騙されてきたことかを、しっかりと認識すべきだと思います。いつの時代のどの国にも蔓延り続けるいろんな詐欺行為は、この人間の「つい信じてしまう」という性質を悪用した犯罪ですし、新興宗教はもちろん、一般的な宗教もこうした人間の弱みにつけこむような欲望と恐怖心を煽ることで巨大な集金組織を作ってきたのが人間ですし、そんな中で起こるイデオロギーの対立による戦争の歴史が、いわば人間の歴史そのものだと言えます。信じることが尊くて疑うことは悪だと思っているとすれば、それは何の根拠もない思い込みというものです。いまどきの言葉を使うならバイアスです。人間はものすごい種類のバイアスの中で生きています。まずはそんな自分が知らないうちに囚われているバイアスを避けることが大切だと思います。じゃあどうやったらバイアスを回避することができるのか。それこそこの「疑う」ことが大切になってくるわけです。先ほど言ったように、人間は疑うことで文明を作り上げてきました。哲学は疑うことから始まりました。科学も疑うことから始まりました。「はたしてこれは本当か?」人間の人間たる所以は、この疑うという高度な精神であると言ってもいいと私は思っています。

疑うこととは考えることです。信じることとは考えないことです。人を騙そうとするなら、相手に考えさせないことです。つまり信じさせること。これが詐欺の極意です。創価学会は会員さんたちをどうしてきましたか?ひたすら「自分で考えるな。このご本尊を信じなさい。創価を信じて創価の言うことを聞けば必ず幸せになれるが、もし創価やご本尊を疑ったりしたら永遠に地獄で苦しむことになる」こればっかりですよね。子どもの頃からずっとこう言い聞かされてきた人間が今の学会員さんたちです。創価がおかしいと感じても、ちっとも幸せになれないと思っても、それは自分がご本尊や創価を信じきれていない自分のせいにしてしまっているんです。そう思わされているんです。だから堂々と疑っていいんです。疑わなくちゃダメなんです。疑えないなら人間じゃなくなるんです。そう、創価は会員を人間ではなくしているんです。とんでもない人権侵害が会員のお金と幸せを奪い続けてきたんです。

まだ創価学会を信じたいと思っている学会員さん。よく考えてみてはいかがでしょう。もし創価学会が正しい宗教なら、なぜ自分のまわりの学会員さんたちは幸せそうに見えないんだろう?なぜ学会員ではない人のほうが幸せそうな人が圧倒的に多いんだろう。なぜ学会員は減り続けているんだろう?なぜ創価学会に若い人がいないんだろう?と、この目の前にある疑いようのない創価学会の現実について、自分の頭で考えてみてほしいんです。目の前の現実を現実として受け止めることができれば、今までありもしないバチや地獄を怖い怖いと闇雲に怖がっていた自分が滑稽に思えてくると思います。

今回のテーマ「創価学会のこれから」は、池田大作亡きあとの創価学会がどうなるのか、学会員さんに冷静になって考えてほしいという思いであげました。これまで創価は会員に対してずっと池田大作の存在で心を縛りあげてきました。裏を返せば池田大作の存在なくしては組織を維持することができないということです。だからこそ13年以上もどこで何をしているのかすら知らされないまま「老衰で亡くなりました」で終わるしかなかったのです。会員にとっての精神的支柱を失った創価学会に、いよいよ未来はないと言っていいでしょう。

これまでこのブログでもずっと指摘してきたように、創価学会はすでにその組織活動ができなくなるほど会員の高齢化が進んでいます。女子部が婦人部に統合され女性部となり、聖教新聞の配達を会員にさせられなくなったこともそのひとつの現実です。もはや創価学会は老人会の様相で、これから若い人たちが増えることなど考えられないでしょう。これまで創価学会の組織活動の中心は、いわゆる団塊の世代でした。そしてその団塊の世代がこれから急速に減っていくのですから、もう何がどうなろうと創価学会衰退の勢いは止まらないでしょうし、この現実を現実として受け止めきれない会員だけが最後まで創価の餌食になるしかないのだと思います。

このブログにコメントをくださるみなさんのほとんどが、自分の頭で考えることができたからこそ創価のおかしさに気づいた方です。このブログはその考えるきっかけにはなりますが、あくまでも自分で考えることができたからこそだと思います。何の根拠もないことを信じていた自分を客観的に見ることができたからこそだと思います。信じること。疑うこと。何を信じて、何を疑うべきなのか。それは疑いようのない現実をもとに自分の頭で考えてこそのものだと思います。

これからの創価学会。それはこのまま、あるいはこれまで以上に衰退の一途を辿るしかないでしょう。現在の創価がすべてを物語っていますし、そこに池田大作という唯一の求心力を失ったのですから、創価学会消滅は時間の問題でしかないのです。

そんな現実の創価学会をどこまで信じていくのか、はたして信じていいものなのかどうか。学会員さんには今一度自分で考えてほしいと思います。そしてその考えるきっかけになっていただけるように、このブログはこれからも地道に続けていきたいと思います。