「残業代なしで合意」会社の主張を裁判所が断罪 「固定残業代」めぐり“社長個人の責任”も追及、不払いが“悪質”と判断されたワケ
社員
「残業代を支払ってください」
会社
「残業代は支払わないという合意をしていたじゃないですか。なので支払いません」
このような合意は法的に有効なのだろうか? 以下、実際の裁判例をもとに紹介する。(弁護士・林 孝匡)
事件の経緯
Aさんは、飲食店の経営などを行うX社(社員約10名)の正社員として、ある店舗で勤務していた。しかし、長時間労働と残業代の不払いに耐えきれなかったのか、約1年2か月で退職。その後、未払い残業代の支払いなどを求め、X社を相手取り提訴した。
■ 営業時間
Aさんが勤務していた店舗の営業時間は下記のとおりだ。
平日:12〜15時、17〜23時
土日祝:12〜23時
■ 「残業代を支払わない」との合意?
裁判においてX社は「残業代を支払わないとの合意があった」と、驚くべき主張をした。具体的には以下のとおりだ。
X社
「Aさんをアルバイトとして採用する際および正社員として採用する際の面談において、Aさんの給与には1時間分の時間外・深夜割増賃金(固定残業代)が含まれていることを説明し、Aさんもこれを了解していた。
その上で、Aさんは1時間分を超える割増賃金については請求しないと合意をしていた。そのかわりに、店舗の営業終了時刻より早く退勤した場合であっても賃金は減額しなかった」
すなわち、「“Aさんの給与には残業代が含まれておりそれ以上の残業代を請求しないという合意”が成立していたのだから残業代の請求はできない」という主張だ。
これに対して、Aさんは、「固定残業代に関するそのような説明を受けた事実も、合意をした事実も一切ない」と明確に否定している。
裁判所の判断
Aさんの勝訴だ。裁判所は「X社はAさんに対して残業代約248万円を支払え」と命じた。
■ 残業代を支払わないとの合意は不存在
裁判所は、「そもそもそのような合意は成立していない」と判断した。
すなわち「AさんとX社との間では雇用契約書等は作成されておらず、また、Aさんに交付された賃金明細にも固定残業代に関する記載は見当たらない。さらにAさんが当事者尋問において上記合意を明確に否定していることも踏まえると、上記合意の成立を認めることはできない」ということだ。
■ 残業代を支払わないとの合意は「あっても無効」
裁判所は「もし残業代を支払わないという合意があったとしても」と仮定した上で、「残業代については基本給に含まれるものとして一切支給しないに等しく、仮に合意が認められるとしても、労働基準法37条に違反しており無効」と断罪した。
残業代を支払わないとの合意など認められないのである。そして、詳細は割愛するが休憩時間や終業時刻などについても、おおむねAさんの主張がとおり、裁判所は「X社はAさんに対して残業代約248万円を支払え」と命じた。
さらに、裁判所は社長個人に対しても責任を負わせた。「社長も同額の金員を連帯して支払え」との判決を出したのである(この場合、X社か社長のどちらかが約248万円を支払えばOK)。
■ 任務懈怠責任
社長個人に対しても責任を負わせた理由について、裁判所は次のように述べている。
「X社が従業員10名程度の比較的小規模な会社であること、社長が唯一の業務執行社員であることからすれば、残業代の支払いは、社長の職務の一つであり使用者の義務である。これに違反した者には刑事罰が科せられるほか、事業主に対しても罰金刑が科せられる(労基法119条1号、121条1項)。
これらの事情に照らせば、社長は、X社における職務の一つとして、同法37条に従ってAさんに対して残業代を支払うべき義務を負っていたといえる」
さらに、裁判所は「X社では、Aさんとの間での合意を根拠に時間外割増賃金等を一切支給しないとする取扱いがされており、それが社長の指示であった」として、「残業代の不払いについては、社長に悪意または重過失による任務懈怠(けたい)が認められる」と判断した。
■ 付加金
さらに裁判所は、“お仕置き”として、残業代と同額(約248万円)の付加金(労働基準法114条)の支払いを命じた。
付加金の最大額は裁判で認定された未払い賃金と同一額とされている。今回、最大の付加金が命じられた背景には、社長とX社の対応が悪質だという裁判所の判断があったのだろう。
最後に
「残業代を支払わない」という合意は許されない。仮に会社と従業員との間でどれほど話し合われたものであっても「無効」だ。従業員には残業代を受け取る権利がある。参考になれば幸いだ。
取材協力弁護士
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