少なくともそういう体で世に出された文章だ。
まず何よりも感心するのは、人間が自分の臆病さと怠惰をここまで几帳面にアウトソーシングできる時代になったという事実だ。
自分の名前も、自分の責任も、自分の言葉も出さずに「AIが書いた」という防波堤の裏から石を投げる。その投擲姿勢の美しさといったらない。
この文章、内容自体は「長文=AIと決めつけるな」という主張だ。
だが、それをAIに書かせている時点で自己言及的に足を踏み外していることに本人はどれくらい自覚的なんだろうか。
「AI認定するな」という話を、AIの文体で、AIの論理展開で、AIの整然さを借りて語る。
しかも語り口がいちいち小賢しい。
AIにやらせることでその卑怯さがさらに一段階抽象化されている。
思考停止を批判しながら自分は思考をAIに外注しているという事実には驚くほど無頓着だ。
読む体力が落ちている人間を嘆きながら、自分は書く体力すら放棄している。
そして何より滑稽なのは、
冷笑というのは本来、自分も傷を負う覚悟のある人間がやるものだ。
あるのは「俺は当事者じゃない」「これはAIが言ってるだけ」という逃げ道だけだ。
AIは悪くない。
言われた通りに、それっぽく、整然と、無難に書いただけだ。
問題は
その中途半端な人間性をここまで堂々とさらけ出してしまった書き手のほうである。
皮肉なことに
ああ、なるほど。
でも、その背後にいる人間の小ささだけは、
さすがにAIでも隠しきれなかったらしい。
最近、ネットを見ていて一番「ああ、時代だな」と思う瞬間がこれだ。 ちょっと長めの文章が投稿される ↓ 数行スクロールしたあたりで ↓ 「はいはい、AI乙」 この流れ、あまり...
なるほど、これはAIが書いた文章らしい。 少なくともそういう体で世に出された文章だ。 そして問題はそのAIではない。 この文章を「AIに書かせた人間」のほうである。 まず何よりも...
AIって言われるのも他のしょーもない罵倒と同じなんだから気にしなきゃいいんじゃないの ここって書き手のほうがAIって言われるの気にしてるよね
気にしてるんじゃなくて、AI誤認野郎を見たら、マウントチャンスだから積極的に煽りに行ってる 増田らしい動きやろ