高齢化が進む日本では、とくに認知症予防についてのニーズが高い。残念ながらこれまでは、医学的・科学的根拠のある有効な予防法は少ないとされてきた。しかし認知症の専門医として診療をする内田直樹さんは「さまざまな研究や論文によって、認知症予防の『朗報』を伝えられる状況になってきた」という――。

※本稿は、内田直樹『脳にいいスマホ 認知症をスマホで予防する』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

脳のイメージとビジネスマン
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注目される「認知予備能」

「認知予備能」という言葉をすでにご存じでしょうか。一般的にはまだあまり知られておらず、初めて聞いた人も少なくないかもしれません。しかし、認知症の研究や診療分野では、とても注目されている概念です。

この「認知予備能」とは、脳を多面的に使うことで鍛えることができる「余力」のこと。「認知機能のへそくり」みたいなものだとイメージしましょう。これはみなさんに備わっていて、知らず知らずのうちに日々役立てている能力です。

たとえば、夕食の献立を考えるとき、冷蔵庫にある食材を思い出し、家族の好みや栄養バランスを考慮してメニューを組み立てる。同時に、足りない食材をピックアップして、頭のなかで買い物リストを作り、スマホで近所のスーパーのチラシをチェックしながら、過去の価格も思い出しつつ、どこで買い物をするか決める。

買い物から帰り、調理中は同時進行で複数の作業を進め、味つけなどを調整しながら、ふいにかかってきた電話にも対応し、洗濯物を取り込んで畳む。

こうした一連の動作は、記憶、判断、注意の切り替えといった複数の認知機能を総動員していて、同時に認知予備能もはたらかせ、鍛えている、と考えられます。

脳の状態と症状にはズレがある

本来、認知機能というのは胎児期から発達を始め、概ね30代にピークを迎え、以後、年齢を重ねるなかでゆるやかに低下していくものと考えられています。

そして認知症は、「一度、正常に発達した認知機能が、後天的な脳の障害によって持続的に低下し、そのために日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態」と定義されていて、この「後天的な脳の障害」をもたらすのがアルツハイマー病など70種以上もある病気、と考えられているわけです。

アルツハイマー病の場合、40代には脳に病気による変化が始まり、脳神経細胞が減少し、脳が萎縮していく「病理変化」が出るとわかっています。

しかし、そのような病理変化があっても、「認知機能が低下しにくく、そのために日常生活や社会生活に支障をきたすことがない、もしくは少ない」人が一定数いることもわかりました。そこで脳の病理変化とその人の症状のズレを説明する概念として「認知予備能」の存在が、注目されているのです。

存在が注目されている、といっても、脳の余力である「認知予備能」がどこに、どれくらいあるかなどが明らかになっているわけではありません。

しかし、脳にダメージがあっても、「認知症の状態になる人」と「ならない人」がいる事実から、その違いが突き詰めて研究され、「どのような人の認知予備能が高い傾向にあるか」や、人生段階(幼年期・中年期・高齢期)の「どのような経験・活動が認知予備能を高めるか」、「認知予備能(余力)の『高低』と認知症発症リスクの関係」などが調べられているのです。