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「唯一無二」のプレステコントローラー完成秘話。衝突しながら社長命令で決まったグリップ型デザイン

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ソニー ゲーム機のイラスト
(イラスト:竹田嘉文)
四半世紀にわたる“受難の時”を経て復活を果たしたソニー。だが、かつての「エレキのソニー」と今の「エンタメのソニー」とではまるで別の会社だ。神話に彩られたカリスマ創業世代なきあと、普通の「人々」はいかにエンタメのソニーを築き上げたのか。その転換点に迫る群像劇。

スマホやパソコンのワープロで「ゲーム」と打ち込むと、変換候補に奇妙な絵文字が現れる。下向きに2本の角が生えた凧のようだ。生まれたときから身近にゲームがあった若者にはすぐわかる。家庭用ゲーム機のコントローラーである。

四半世紀にわたる“受難の時”を経て復活を果たしたソニー。だが、かつての「エレキのソニー」と今の「エンタメのソニー」とではまるで別の会社だ。神話に彩られたカリスマ創業世代なきあと、普通の「人々」はいかにエンタメのソニーを築き上げたのか。その転換点に迫る群像劇。

最初にこの形を世に出したのはソニーの「プレイステーション」。後に任天堂、米マイクロソフトなどのライバルメーカーもこれに近い形のコントローラーを出したので、ゲーム世代にとってはこの形がゲームを意味するアイコンになった。

デザインしたのはソニーのスーパーデザイナー、後藤禎祐である。

後藤は1977年に金沢美術工芸大学を卒業し、デザイナーとしてソニーに入社した。大学の同期には任天堂で『マリオブラザーズ』をデザイン・プロデュースした宮本茂、後輩に劇場アニメ『竜とそばかすの姫』などの監督、細田守がいる。

ブラウン管テレビが大ヒット

ソニーでオーディオ、ラジカセなどをデザインしてきた後藤は、91年に発売されたブラウン管テレビ「キララバッソ」の大ヒットによりデザイナーとしての地位を確固たるものにする。88年に米CBSのレコード部門を20億ドル(当時約2700億円)で買収したソニーは、自社の契約タレントとなったマイケル・ジャクソンを、この商品のCMに起用した。

自分がデザインしたテレビを「キング・オブ・ポップ」が宣伝している。マイケルの大ファンだった後藤は、ソニーのデザイナーになって良かったと心底思った。

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