松山市の中心部にあり、市民や観光客に親しまれている松山城の築城が始まってから15日で424年を迎え、地元の幼稚園児たちが誕生日を祝いました。 松山城は424年前の15日、1602年1月15日に築城が…
盛岡市「桜山界隈」の魅力を深掘り 「日本一の居酒屋横丁」の営みに密着⑤ 「日本一の居酒屋横丁」と呼ばれる岩手県盛岡市内丸の「桜山界隈(かいわい)」。史跡盛岡城跡にあり、戦後に引き揚げた人たちがバラック店舗を構え、現在も飲食店を中心に約70店舗が軒を連ねる。昭和レトロな雰囲気と居心地の良さが老若男女に愛される桜山をもっと深掘りしたい。新人記者が歴史に着目し、入社5年目は一日の営みに密着した。2026年、柔らかな店の明かりに誘われて、まちを歩いてみませんか。 ①喫茶「リーベ」のレトロ空間で優雅にモーニング 盛岡「桜山界隈」で50年以上愛される紅茶、パフェ、トースト… ②「モンタン」盛岡のソウルフード厨房に潜入 「家でも作れる」と言われたけれど 常連に長年愛される本当の理由 ③盛岡の芳本酒店「うまい酒しかない」 居酒屋店主が唸るラインナップ 店を守る2代目店主の矜持 ④ただいま!と入店したくなる
小牧・長久手の戦いの局地戦「蟹江合戦」で徳川家康に敗れた直後に羽柴秀吉が配下の武将に送った書状。専門家は「無念さがにじんでいる」と指摘する=三重県の桑名市博物館天下統一を目指す羽柴(豊臣)秀吉が、徳川家康・織田信雄(のぶかつ)の連合軍と戦った小牧・長久手の戦いの局地戦「蟹江合戦」で敗北直後、配下の武将に状況を知らせた書状が見つかった。現物が見つかったのは初めてで専門家は「秀吉の無念さが伝わる極めて貴重な史料だ」と評価している。書状は10日から桑名市博物館(三重県桑名市)で開かれる企画展「戦国きょうだい-血脈と運命の十字路-」で初公開される。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」ではこの局地戦がどう描かれるのか、注目が集まる。 にじむ…あきらめきれない秀吉の思い発見された秀吉書状は、昨年10月にオークションに出品され、三重県川越町の収集家が落札。大阪城天守閣の学芸員などが実物と鑑定した。書状は、明治
大御所となった徳川家康がついのすみかとして過ごした駿府城(現・静岡市葵区)の詳しい平面配置を示す絵図が見つかり、7日から静岡市歴史博物館で初公開される。家康の死後に焼失し再建されなかった天守の構造や、江戸の「前線基地」として防衛力に優れた造りが判明した。専門家は「建物の規模や配置が分かり、築城の全容に迫る第一級の史料」と評価している。公開は2月15日まで。発見された絵図は「駿府御城内絵図」。
屋島の戦いを描いた平家物語の名場面だ。2025年10月19日、「瀬戸内国際芸術祭2025」の一環で、香川大が中心となり「瀬戸内源平合戦絵巻~オペラ『扇の的』ダイジェスト版」を上演した。屋島の山麓(さんろく)にある野外博物館「四国村ミウゼアム」内の農村歌舞伎舞台で、約420人の観客が840年前にタイムスリップした。 実は屋島には、平安の源平合戦よりはるかに時代をさかのぼる戦いを巡る歴史があった。その代表的な遺構が、四国村ミウゼアムから見上げる山上の斜面の一角にある約1360年前に築かれた古代山城「屋嶋城(やしまのき)」跡だ。 記憶から消え「幻の城」に 江戸時代の名所案内書「讃岐国名勝図会(ずえ)」にも「屋島城跡」の項目があり、源平合戦との関連が記載されている。ただ、高松市文化財課の梶原慎司主査によると、源平合戦と直接関係はない。その上で、梶原さんは「江戸時代の屋島の人たちに、そう言い伝えられ
首里城正殿の右側に足場を組み、施工中の南之廊下=2025年12月15日、那覇市の首里城公園(ジャン松元撮影) 2019年10月に焼失した首里城正殿が26年秋ごろに完成する予定だ。25年は正殿外部が鮮やかによみがえり、現在は正殿内部の装飾や漆による塗装工事が進んでいる。首里城周辺では秋の完成に向け、琉球王朝時代の世継ぎの住居であった「中城御殿(なかぐしくうどぅん)」の復元工事も進む。表御殿東側エリアを除いて、秋ごろから公開する。 正殿内部は研究による新たな知見を受け、内部の装飾や漆塗りが焼失前の仕様から変更される。 正殿1階の御差床(うさすか)周辺は、垂飾(たれかざり)の配色の変更や、火焔宝珠の文様の変更、漆塗りの塗装の変更が行われる。 2階御差床周辺では「中山世土(ちゅうざんせいど)」など扁額の地板の基調が黄色に変更された。須弥壇(しゅみだん)周りの柵となる欄干柱・しまこ柱の根元の形状につ
国の文化審議会が19日、鳥取市青谷町の「因幡国山陰道跡(いなばのくにさんいんどうあと)」と鳥取県湯梨浜町の「羽衣石城跡(うえしじょうあと) 附(つけたり) 十万寺城跡(じゅうまんじじょうあと) 番城…
【読売新聞】 各務原市は、戦国時代に武士の屋敷として使われた「野口町中世館跡」(各務原市蘇原野口町)の発掘調査で、館跡の土塁の構造や、戦国時代以降に改修されていたことなどが明らかとなった。 発掘調査は、同町で土地造成工事が始まること
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