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荒磯に波また波が千変万化して追いかぶさって来ては激しく打ちくだけて、まっ白な飛沫を空高く突き上げるように、これといって取り留めのない執着や、憤りや、悲しみや、恨みやが蛛手によれ合って、それが自分の周囲の人たちと結び付いて、わけもなく葉子の心をかきむしっていた
......。ただ夏の夕が涼しく夜につながろうとしているばかりだった。葉子はきょとんとして庇の下に水々しく漂う月を見やった。 ただ不思議な変化の起こったのは心ばかりだった。荒磯に波また波が千変万化して追いかぶさって来ては激しく打ちくだけて、まっ白な飛沫を空高く突き上げるように、これといって取り留めのない執着や、憤りや、悲しみや、恨みやが蛛手によれ合って、それが自分の周囲の人たちと結び付いて、わけもなく葉子の心をかきむしっていたのに、その夕方の不思議な経験のあとでは、一筋の透明なさびしさだけが秋の水のように果てしもなく流れているばかりだった。不思議な事には寝入っても忘れきれないほどな頭......
世間の風は冷たい
関連カテ世知辛い・生きにくい世の中
晴ればれとした往来へ出ても、自分に萎びた古手拭のような匂いが沁みているような気がしてならなくなった。
......もなく、いつもある白じらしい気持が消えなかった。生理的な終結はあっても、空想の満足がなかった。そのことはだんだん重苦しく彼の心にのしかかって来た。そのうちに彼は晴ればれとした往来へ出ても、自分に萎びた古手拭のような匂いが沁みているような気がしてならなくなった。顔貌にもなんだかいやな線があらわれて来て、誰の目にも彼の陥っている地獄が感づかれそうな不安が絶えずつきまとった。そして女の諦めたような平気さが極端にいらいらした......
どんづまりの世界は、光明と紙一重で、ほんとに朗か
......き山海の珍味である。合計十二銭也を払って、のれんを出ると、どうもありがとうと女中さんが云ってくれる。お茶をたらふく呑んで、朝のあいさつを交わして、十二銭なのだ。どんづまりの世界は、光明と紙一重で、ほんとに朗かだと思う。だけど、あの四十近い労働者の事を思うと、これは又、十銭玉一ツで、失望、どんぞこ、墜落との紙一重なのではないだろうか――。 お母さんだけでも東京へ来てく......
もう疲れきった私達は、何もかもがメンドくさくなってしまっている。
......四円の金を、お母さんが皆送ってくれと云うので為替にして急いで送った。明日は明日の風が吹くだろう。安さんが死んでから、あんなに軽便な猿股も出来なくなってしまった。もう疲れきった私達は、何もかもがメンドくさくなってしまっている。 十四円九州へ送った。 「わし達ゃ三畳でよかけん、六畳は誰ぞに貸さんかい。」 かしま、かしま、かしま、私はとても嬉しくなって、子供のように紙にかしまと書き散らすと......
生きるは辛し。
......が恋しいとはお思いになりませんか。霧島山が、桜島が、城山が、熱いお茶にカルカンの
甘味しい頃ですね。 貴方も私も寒そうだ。 貴方も私も貧乏だ。 昼から工場に出る。
生きるは辛し。 (十二月×日) 昨夜、机の引き出しに入れてあった松田さんの心づくし。払えばいいのだ、借りておこうかしら、弱き者よ
汝の名は貧乏なり。
家にかえる時間となるを ただ一つ
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林芙美子 / 新版 放浪記 青空文庫関連カテ世知辛い・生きにくい世の中
ああ生きる事がこんなにむずかしいものならば、いっそ乞食にでもなって、いろんな土地土地を流浪して歩いたら面白いだろうと思う。
......塩辛い干物のように張りついて泣いていた。 私は、これからいったい何処へ行こうとしているのかしら……駅々の物売りの声を聞くたびに、おびえた心で私は目を開けている。ああ生きる事がこんなにむずかしいものならば、いっそ乞食にでもなって、いろんな土地土地を流浪して歩いたら面白いだろうと思う。子供らしい空想にひたっては泣いたり笑ったり、おどけたり、ふと窓を見ると、これは又奇妙な私の百面相だ。ああこんなに面白い生き方もあったのかと、私は固いクッションの......
林芙美子 / 新版 放浪記 青空文庫関連カテ世知辛い・生きにくい世の中
酒でも呑まなければあんまり世間は馬鹿らしくて、まともな顔をしては通れない。
......った私は誰もおそろしいものがない。ああ一人の酔いどれ女でございます。酒に酔えば泣きじょうこ、痺れて手も足もばらばらになってしまいそうなこの気持ちのすさまじさ……酒でも呑まなければあんまり世間は馬鹿らしくて、まともな顔をしては通れない。あの人が外に女が出来たと云って、それがいったい何でしょう。真実は悲しいのだけれど、酒は広い世間を知らんと云う。町の灯がふっと切れて暗くなると、活動小屋の壁に歪ん......
チュウインガムを噛むより味気ない世の中、何もかもが吸殻のようになってしまった。
......して私を見ていた。 (七月×日) ああ人生いたるところに青山ありだよ、男から詫びの手紙が来る。 夜。 時ちゃんのお母さんが裏口へ来ている。時ちゃんに五円貸すなり。チュウインガムを噛むより味気ない世の中、何もかもが吸殻のようになってしまった。貯金でもして、久し振りに母の顔でもみてこようかしらと思う。私はコック場へ行くついでにウイスキーを盗んで呑んだ。 (七月×日) 魚屋の魚のように淋しい寝ざめなり。四......
私はがまん強く笑って来ました。
......野生的で行儀作法を知らない私は、自然へ身を投げかけてゆくより仕方がありません。このままの状態では、国への仕送りも出来ないし、私の人に対して済まない事だらけです。私はがまん強く笑って来ました。旅へ出たら、当分田舎の空や土から、健康な息を吹きかえすまで、働いて来るつもりです。体が悪いのが、何より私を困らせます。それに又、あの人も病気ですし、厭になってし......
街を吹く五月のすがすがしい風は、秋のように身にしみるなり。
......ブトウ酒を買って来た、いままでのなごやかな気持ちが急にくらくらして来る。苦労をしあった人だのに何と云うことだろう。よくもこんなところまで辿って来たものだと思う。街を吹く五月のすがすがしい風は、秋のように身にしみるなり。 夜。 ここの子供とかるめらを焼いて遊ぶ。 * (五月×日) 六時に起きた。 昨夜の無銭飲食の奴のことで、七時には警察へ行かなくてはならない。眠くっ......
(河の)塵芥に混って鳩の死んだのがまるで雲をちぎったように流れていっていた。《…略…》私はフッと鳩のように死ぬる事を考えているのだ。《…略…》静かに流れて行く鳩の死んだのを見ていると、幸福だとか、不幸だとか、もう、あんなになってしまえば空の空だ。何もなくなってしまうのだと思った。
......深いひさしの下を歩いている。芝居小屋の前をすぎると長い木橋があった。海だろうか、河なのだろうか、水の色がとても青すぎる。ぼんやり立って流れを見ていると、目の下を塵芥に混って鳩の死んだのがまるで雲をちぎったように流れていっていた。旅空で鳩の流れて行くのを見ている私。ああ何もこの世の中からもとめるもののなくなってしまったいまの私は、別に私のために心を痛めてくれるひともないのだと思うと、私はフッと鳩のように死ぬる事を考えているのだ。何か非常に明るいものを感じる。木橋の上は荷車や人の跫音でやかましく鳴っている。静かに流れて行く鳩の死んだのを見ていると、幸福だとか、不幸だとか、もう、あんなになってしまえば空の空だ。何もなくなってしまうのだと思った。だけど、鳥のように美しい姿だといいんだが、あさましい死体を晒す事を考えると侘しくなってくる。駅のそばで団子を買った。 「この団子の名前は何と言うんですか?」 「ヘエ......
どのひとも、夜も日もなく働かねば食えない世の中なり。
......を書いてみるだけ。 夜。 眠れないので、電気をつけて、ぼろぼろのユジン・オニイルを読む。家主の大工さんが、夜どおし、ろくろをまわして、玩具のコマをつくっている。どのひとも、夜も日もなく働かねば食えない世の中なり。蚊がうるさいけれど、蚊帳のない暮しむきなので、皿におがくずを入れていぶす。へやの中がいぶる。それでも蚊がいる。丈夫な蚊だ。うるさい蚊だ。オッカサンに浴衣を買って......
卑屈になって、何の生甲斐もない自分の身の置き場が、妙にふわふわとして浮きあがってゆく。胴体を荒繩でくくりあげて、空高く起重機で吊りさがりたいような疲れを感じる。
......くいりついている。何をさせても下手な人なり。葱も飴色になっている。強烈な母の我執が哀れになる。部屋の隅にごろりと横になる。谷底に沈んで行きそうな空虚な思いのみ。卑屈になって、何の生甲斐もない自分の身の置き場が、妙にふわふわとして浮きあがってゆく。胴体を荒繩でくくりあげて、空高く起重機で吊りさがりたいような疲れを感じる。お父さんとは別れようかのと母がぽつんと云う。私は黙っている。母は小さい声でこんななりゆきじゃからのうとつぶやくように云う。私は、男なぞどうでもいいのだ。もっとす......
午前中からたて続けに三本の映画を観てしまった。エンディングの途中で耐え切れなくなって、次のDVDかビデオに交換する。それが終わるとまた次。いつもそんな調子だ。何本観たって結局は同じ。いずれ色鮮やかな夢から覚めれば、そこは狭くて薄暗いおなじみの牢獄のなかというわけだ。けれどもこの閉ざされた場所では、夢を見ることのほかに、つまり映画を観ることのほかに、いったい何ができるだろう?
......た誰かの心臓みたいにどくどく脈打っている。たった一年半しか続かなかったのに。別れてから八年以上もたつというのに――。 デジタル時計は三時五十六分を表示している。午前中からたて続けに三本の映画を観てしまった。エンディングの途中で耐え切れなくなって、次のDVDかビデオに交換する。それが終わるとまた次。いつもそんな調子だ。何本観たって結局は同じ。いずれ色鮮やかな夢から覚めれば、そこは狭くて薄暗いおなじみの牢獄のなかというわけだ。けれどもこの閉ざされた場所では、夢を見ることのほかに、つまり映画を観ることのほかに、いったい何ができるだろう? それでも映画さえも観ず、これといって何もしない日もあるにはある。昨日までの二、三日がそうだった。そういう日、黒崎の記憶は慣れっこになった慢性の疼痛だ。忘れてい......
沼田 まほかる「彼女がその名を知らない鳥たち (幻冬舎文庫)」に収録 amazon関連カテ世知辛い・生きにくい世の中
「みんな、この世界の評価が高すぎるんですよ。願望ですよ、それって。だから、人が不幸になっても、本人が悪いって責めるし。自分の人生にも全然満足できないし。」
......ょう?」「今の世の中は、一敗でもすると、他の三勝は帳消しにされてしまうようなところがありますからね。」「城戸さんも悲観的ですねー。」「はは。そうかもしれない。」「みんな、この世界の評価が高すぎるんですよ。願望ですよ、それって。だから、人が不幸になっても、本人が悪いって責めるし。自分の人生にも全然満足できないし。」「本当にそうですね。色々あるから、……だから、在日ってのは別に敗北ではないけど、それにまつわるストレスが、本当のところどのくらいなのかなっていうのは、よくわから......
平野啓一郎「ある男」に収録 amazon関連カテ世知辛い・生きにくい世の中