〈PR〉公文教育研究会

落合陽一さんと母・ひろみさんが語る「子どもの頃の学びと、これからの時代に必要な力」

2026.01.13

メディアアーティストとして、最先端技術と古典芸術を融合させる独創的な作品で世界を驚かせ続ける落合陽一さん。2025年大阪・関西万博では、人気のパビリオン「null²(ヌルヌル)」のプロデューサーを務めるなど、その活躍は多岐にわたります。そんな陽一さんの母・ひろみさんは、音楽番組プロデューサーとして第一線で活躍しながら子育てをされました。お二人はどのように「学び」と向き合ってきたのでしょうか。幼少期の学びの記憶や、AI時代を生き抜くために必要な力について伺いました。

「嫌いにならなかった」ことが、すべての土台に

「学ぶことが楽しいと思ったことは、あまりないです。普通に、という感じで」。陽一さんはこう語り始めました。小さい頃、ひろみさんが仕事で忙しいこともあり、同居していた祖母から日常生活の中で自然に数の概念を教えられていたと言います。

ひろみさんは、幼い頃の陽一さんについて「1歳頃から計算機をおもちゃにして遊んでいました。計算機の意味もわかっていて、なぜ『1』という数字があるのか、数がどう足し引きされて計算されていくのかというベーシックなことは、祖母が教えていたみたいです。みかんが二つで『2』、三つなら『3』。そんな日常が、落合家にはありました。普通の生活の一部として学んでいたような感じですね」とふり返ります。

陽一さん自身も、計算機で遊んでいた記憶は残っていると言います。「計算機を打っていた記憶は結構ありますね。たぶん、液晶と太陽光パネルが面白かったんだと思います」。

「学ぶことが楽しいというより、『嫌いじゃない』というのがずっと続いてきたのだと思います」とひろみさん。「1歳半ぐらいから幼児教室に通っていて、2歳ぐらいからKUMONにお世話になっていました。嫌いな様子じゃなかったし、すんなりと取り組めていましたね」。

手が真っ黒……「筋トレ」のような日々

陽一さんは2歳から小学3年生まで、KUMONの教室に通っていました。算数、国語、英語の3教科を学び、算数は小学3年生の時点で5、6年生レベルの分数まで進んでいたと言います。取材の冒頭では「当時のことはあまり覚えていない」と話していましたが、実際にKUMONの教材を手に取ると、当時の思い出がよみがえってきた様子でした。

「教材を解き終わったら、教室の後ろのスペースでパズルで遊んでいいというルールがあって、よく遊んでいました。あれが楽しかったことは覚えています」

陽一さんは、KUMONでの学習を独特の表現でふり返ります。

「KUMONは基本的には『筋トレ』のような感じでしたね。鉛筆でひたすら書いていると手が真っ黒になってきて、だんだんムカついてくるんです」

何十枚もの教材を解き続けると、手が真っ黒になり、小指が痛くなってくる。それでもひたすら解き続けた陽一さん。

「どちらかというと『わんこそば』を食べている感じでした」

国語も同様でした。「四角いところに書き順を書いて埋めていく国語の教材があって、とにかく手が真っ黒になるんです。2Bの鉛筆で力いっぱい書くから、すぐ黒くなってしまって。また鉛筆を削って」。

「どんどん思い出してきて、腹が立ってきました」と笑みをうかべながら語る陽一さん。しかし、この「筋トレ」には重要な意味がありました。

「頭より先に腕が疲れる」幸せ

「手が真っ黒になるってことは、楽しいってこと。ある程度熱中していたんだと思います」。陽一さんのこの言葉に、KUMONの学習の本質が表れています。

「筋トレかつ脳トレだったな。小さい子にとっては途中から筋トレです。それでも楽しかった記憶がある。45分間くらいの集中力はちゃんともつんです」

この「筋トレ」感覚こそが、実はある意味理想的な学習状態だったのかもしれない、とふり返ります。「手は真っ黒になって疲れてきたけど、頭は疲れていないということなんです。頭が疲れると、先にやめたくなってしまう。そうじゃなくて、頭よりも先に腕が疲れて『筋肉が疲れた』という感覚。それはある意味、幸せなことですよね。手が真っ黒になって嫌だと思うことはあったけど、算数が嫌だとは思ってませんでした。熱中できる適度な負荷があったからこそ、『筋トレ』と感じるほど教材を解けたのでしょう」。

適度なレベルの教材が適度な量与えられている。この絶妙なバランスが、「嫌いにならない」学習を可能にしていたのです。教材のプリントを改めてめくりながら、「性能の良い教材なのかもしれません。結構驚いています」と陽一さん。

ひろみさんは、くもんの先生の、子どもへの関わり方の重要性を強調します。

「子どもたちを『勉強したい』という気持ちにうまく導いてくださるのは、先生のテクニックだと思っていました。当日の学習を全部やり終えた子には『君はえらいね』と言ってくださるので、もっとやる気になって。陽一も『こんなにいっぱい丸をもらったよ』と私のところに持ってきてくれたものです」

パソコンとの出会い、そして今へ

そうして小学2年生のとき、陽一さんにとって転機となる出来事が。パソコンセット(当時50万円)がほしい」と、自ら祖父にプレゼンテーションして買ってもらったのです。

ひろみさんは、当時の様子をこう語ります。

「私や主人は『買えるわけないでしょ』という感じだったんですが、本人がおじいちゃんに堂々とプレゼンをして、買ってもらったんです。ただ買ってもらっただけじゃなく、ちゃんとコンピューターとして動かすためには、パンフレットやマニュアルを全部読まなくちゃいけない。幼いながらにできたということは、数学的なベースや、言葉や漢字を読む力を持ち合わせていたのだと思います。難しい日本語で書いてあることも辞書を引きながら理解できた。わからないことがあれば、自分で電話で問い合わせて聞いていました」

算数で培った論理的思考力や、国語で身につけた読解力。小学生の陽一さんにとって複雑なマニュアルを読み解き、パソコンを使いこなす力となったのです。「コンピューターとの出会いで人生が変わりましたね」とひろみさん。「かもしれない」と陽一さんもうなずきます。

「先生から出された宿題」ではなく「自分の問題」としてやり切る

KUMONの学習のもう一つの重要な特長について、陽一さんは徐々に気づきを話してくれました。「『やらないと帰れない』という感じ。でも不思議と、無理やりやらされている感じはないんですよね」と当時をふり返ります。

「ほかの学習塾や学校のことを思い出すと、『○○先生に出された宿題』だと認識していましたが、KUMONの場合、そう思っていないんですよね。○○先生にこの問題を解けと言われたって思っていないんですよ。これ、結構重要だと思います。あくまで自分が主体的に取り組むべき問題だと捉えていたんです」

なぜそのような違いが生まれるのか。陽一さんは、個人別学習にその理由を見いだします。

「学校の宿題ってみんな同じ量と内容じゃないですか。KUMONは、同じじゃないんです。『先生にやらされた』という感じがしないのは、主体的に解かないといけないのと、進度が人によって全然違うから。他人より自分が多い分量や早い進度の問題を解いているかは、あまり気にしたことがなくて。そこがそれぞれ違うからKUMONは面白い」

一人ひとりの進度や理解度にあわせて、「ちょうどの学習」を提供するKUMON。この仕組みが、子どもたちに「自分の問題」として主体的に取り組む姿勢を自然に育んでいるのです。

さらに陽一さんは、タスク遂行能力との関係を分析します。

「タスクを終わらせないといけないということに満ちあふれているのが、実は社会に出た後の『仕事』なんです。KUMONは、期限内にタスクを終わらせる力が非常に鍛えられるアクティビティーだと思います。タスクとの折り合いをつける力が意外と早めに身につくのが、KUMONの学習法かもしれませんね」

ひろみさんも、この経験が陽一さんの成長に大きく影響したと感じています。

「たくさんの教材があって大変ということはあったかもしれないけれど、とにかく嫌いにならず、無理なくできたことが土台にあると思います。それによって、好きなことを極める力を身につけることができたのではないでしょうか」

陽一さんが考える、AI時代に必要な力とは

AIの進化で、教育のあり方も大きく変わろうとしています。陽一さんは、この変化をどう見ているのでしょうか。

「生成AIを使っていると、確実に人類の脳は弱ってきます」と陽一さん。昔は友だちや親戚の電話番号をいくつも覚えていたが、今はスマホが記憶してくれているから覚えていない。漢字も読めるけど、書けないことが多くなった──。

「生成AIで言語も扱えるようになるので、言語能力も弱くなるし、メールをキーボードで打つこと自体も減るでしょう。数量的な問題も苦手になるかもしれません。でも、それでいいんだと思います。みんな結局そうなってしまうから」

では、これから何が重要になるのか。陽一さんが挙げた要素のひとつが「やり切る力」です。

「採用のときなど、以前は好きなことがある人を選んでいました。でも最近は、自分でプロジェクトを回せる人を選ぶようにしています。自分で締め切りを決めて、プロジェクトを考えるところから、アウトプットして誰かに見せて評価されるところまでやり切れる力です」

そして、その土台となるのが「自己肯定感」だと言います。「自己肯定感がないとプロジェクトのスタートにも立てない。本質的には教育は、危機意識より自己肯定感を持たせた方がいいはずです」。

自己肯定感を持たせるには──。「個別対応が大事です。その子にとって適度な難易度と量の問題を、自分で解く。それと、少しずつステップを進めることを肯定してくれる人がいること。確かに、そのためにはKUMONの教材はやりやすいと思いますね」と陽一さん。

自己肯定感は、ひろみさんも重要視しています。「義務のようにやらせると嫌になってしまうので、遊びの一環として学ぶ方法を身につけさせて、うまくできたら精いっぱいほめることで、子どもは一層学ぶことが楽しくなります。子どもを育てる言葉は『君は天才だ』。小さな頃からずっと言い続けてきました。ぜひ皆さんにも実践してほしいです」。

めまぐるしく変わる世界の中でどう学ぶか。陽一さんは、やる気の重要性を説きます。

「人間はあまり進歩していません。ハードウェアはそんなに変わっていないんです。一方で文化は進歩しています。環境の方が賢くなって変わっていく。だから人間の機能を強化することより、やる気の方がきっと重要なんじゃないかなと思います」

やる気が着火するきっかけは人それぞれ。陽一さん自身はというと「着火したというよりは、最初からあまり変わっていない気がします。小さい頃に計算機で遊んでいたことと、いまプロジェクトで何か作っていることは、本質的にはあまり変わっていません。つまり、何が重要かというと、本人が無理をしない範囲で、適度に暮らすということなんだと思います。無理に何かやるとうまくいかないですから」。

陽一さんの「やる気」の火を消さずに育んできたひろみさんは、現在子育て中の親御さんに向けて、こう語ります。

「子どもは好奇心や興味のままにいろいろなことをやりたがります。親は大人の価値観を押し付けることなく、その子が持っている特性を伸ばしてあげることが大切だと思うんです。子どもが好きなことを見つけられるまで、親は子どもを観察し、辛抱強くつきあうのが大事だと思います」

小さな「できた」の積み重ねが、「嫌いにならない」学びを生み、タスクをやり切る力へと育っていく。落合さん親子の会話から、やる気を大事にした子どもの頃の学びを、これからの時代を生き抜く力につなげるヒントが見えてきました。

落合陽一さん

話を聞いた人

落合陽一さん

メディアアーティスト

東京都生まれ。筑波大学情報学群情報メディア創成学類卒業後、東京大学大学院学際情報学府博士課程を短縮修了、博士(学際情報学)。計算機自然論に基づく複合領域研究を推進し、科学と芸術の融合を探究している。著書に『0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる 学ぶ人と育てる人のための教科書』(小学館)『デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂』(PLANETS/第二次惑星開発委員会)など。

落合ひろみさん

話を聞いた人

落合ひろみさん

インターナショナルアドバイザー

東京都生まれ。外資系航空会社勤務を経て、大手代理店と契約し、コンサートの放送権や公演中継の契約、ロックフェスティバル中継など数々の音楽番組を手掛ける。その後テレビ番組制作会社を設立して、クラシック音楽に特化した番組企画を展開し世界中継番組を運営。現在は日米婦人会の活動に注力し、国際交流を推進している。近著に、息子・陽一さんとの共著『「好き」を一生の「強み」に変える育て方』(サンマーク出版)。

新着記事
新着一覧
新着一覧

ページトップ