不登校と向き合う
小1不登校からの大学進学 7児の母で、NPO代表理事がいま思うこと<第3回>
2025.02.14
「NPO法人多様な学びプロジェクト」の代表理事を務める生駒知里さんは、3~18歳の6男1女の子どもを育てている母親です。「街全体を学びの場に」と、この活動を始めたきっかけは、この春大学に進学する長男(18)が小学1年の秋に不登校になった日にさかのぼります。長男は弟の進学などを機に、これまで二度「学校に戻ること」を試みましたが、学校は合わず、家を育ちの場と選びました。母として、またNPO法人の代表理事として子どもたちや地域の人たちと関わるなかで、たくさんの葛藤があったという生駒さん。「不登校」と言われる子どもたちとどう向き合ってきたのか、見えてきたものは何なのか。7回にわたってお伝えする、今回はその第3回目です。(写真は子どもたちが幼い頃=生駒さん提供)
いこま・ちさと/1978年生まれ。神奈川県川崎市在住。3歳から18歳まで6男1女の母。「街を学び場に!」をモットーに、学校外で育つ子どもも含めたすべての子どもたちが自分らしく育ち、安心と幸せを感じられる社会をビジョンに、「多様な学び」をみんなの当たり前にするをミッションに活動。学校外で育つ子が平日昼に気軽に立ち寄れる地域の場所、全国550カ所以上を紹介するウェブサイト「街のとまり木」、不登校の不安を安心に変えるオンラインコミュニティー「とまり木オンライン」などを運営。団体サイトは、こちら。
不登校の理由はさまざま
特別支援学級では、他の手のかかる子に先生の手はいっぱいでした。取り出し授業を、とお願いしても、通常学級と特別支援学級の細やかな連絡の行き来も無いようでした。
そもそも春に支援学級在籍になっていなかったため、長男分の教師の手はないのだとも言われました。
「何かやることない?」と長男が先生に聞くと、廊下にある理科の実験キットをガサガサと探してポイっと渡される。先生自身もゆとりがなく、つらい状況だったのかなと思います。 付き添い登校した際に見たのは、そんな関わりでした。
「退屈で退屈で、たまらない」「学校って自分の頭の中で整理している引き出しを勝手に引き出されて、中身をぐちゃぐちゃにされてまた戻される感じ」。長男は学校生活をそう描写しました。
「二男の○○君から勇気をもらって、また学校に行ってみるよ」
そう2年生の終わりに言った長男でしたが、3年生の夏休みの前には、また学校に行くのをしぶるようになりました。
そして、二男は、長男とは全く違う理由で学校に通うことが難しくなってきました。
長男は、当初から学校が合わないこと(登校の原因)について、明確に言語化できていましたが、二男の場合は違いました。「学校って楽しい場所だと思っていたのに、そうじゃなかった」としくしく泣き出し、登校しぶりが1年生の春から始まりました。
理由をきいても、「こわい、こわい」としか言葉は返ってきませんでした。「どうしたんだろうね、何も怖くないよ」と励まして、おんぶをして連れて行くこともありました。二男以外にも同じクラスに毎朝泣いて登校する子がいるようでした。
当時は知りませんでしたが、二男のように、不登校の理由を言語化できない子も多いようです。「実は、他の先生とかお母さんとか、他の大人がいないところで、担任の先生が急にヒステリックに怒り出すことが度々あって、それが怖くてたまらなかったんだ」と言葉にできたときには、4年生になっていました。
そうして長男も、二男も、学校を行きしぶるようになりました。朝、二男の登校に付き添うと、いやだいやだと泣き、先生に連れて行かれる二男のすぐ横で、何も見えないかのように「おはようございます、おはようございます」と、あいさつをする校長先生。
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