不登校と向き合う
小1不登校からの大学進学 7児の母で、NPO代表理事がいま思うこと<第1回>
2025.02.07
「NPO法人多様な学びプロジェクト」の代表理事を務める生駒知里さんは、3~18歳の6男1女の子どもを育てている母親です。「街全体を学びの場に」と、この活動を始めたきっかけは、この春、大学に進学する長男(18)が小学1年の秋に不登校になった日にさかのぼります。長男は弟の進学などを機に、これまで二度「学校に戻ること」を試みましたが、学校は合わず、家を育ちの場に選びました。母として、またNPO法人の代表理事として、子どもたちや地域の人たちと関わるなかで、たくさんの葛藤があったという生駒さん。「不登校」と言われる子どもたちとどう向き合ってきたのか、見えてきたものは何なのか。7回にわたってお伝えする、今回はその初回です。(写真は、子どもたちが幼い頃=生駒さん提供)
いこま・ちさと/1978年生まれ。神奈川県川崎市在住。3歳から18歳まで6男1女の母。「街を学び場に!」をモットーに、学校外で育つ子どもも含めたすべての子どもたちが自分らしく育ち、安心と幸せを感じられる社会をビジョンに、「多様な学び」をみんなの当たり前にするをミッションに活動。学校外で育つ子が平日昼に気軽に立ち寄れる地域の場所、全国550カ所以上を紹介するウェブサイト「街のとまり木」、不登校の不安を安心に変えるオンラインコミュニティー「とまり木オンライン」などを運営。団体サイトは、こちら。
「おうち学校」を始めたものの
「半年行ってみて、学校が自分に合わないところだとわかった。やめることにした」。
長男が、小学1年の秋に突然、そう言い出しました。それまでは普通に登校していたので、まさに青天の霹靂(へきれき)でした。
きょう何を学ぶのかみんなで話し合って決めたいのに、学校はそうではない。興味がないことでも「きょうはこれをやる」と伝えられたり、逆に面白くなってもっと知りたい、分かりたいと思っても、時間だからとやめないといけない。トイレも好きなときに行けない。合わない理由を、そんなふうに伝えられました。
いじめにあっているわけでもなく、学校を責めてもいない。自己肯定感もあり、好奇心も強い。「学校でしかできないこともあるよ」と伝えると、「学校へ行かなくても勉強はできる」「僕と弟の◯◯くんも違う人だよね。学校に行かなくても、自分以外の人と出会ったり学ぶことができるよ」と、理路整然と話す長男を前に、それ以上言うことができませんでした。
会社勤めの夫には、彼の選択は当初理解しがたく、自転車に乗せて学校に無理に連れて行こうとしましたが、走る自転車から飛び降りるなどして必死に抵抗していました。無理を続けてもいいことはないと夫を説得し、「きょうからママが先生だよ。生徒は長男ちゃん一人」と言って、「おうち学校」を始めることにしました。
「おうち学校」といっても、活用できる地域の施設には行ってみよう。そう思い、まずは、当時住んでいた家から一番近くの不登校の子たちが通う施設に、見学訪問の電話をかけました。すると元教員だったという支援員から、頭ごなしに「小学1年生だったら学校に行かせなさいよ」と言われてしまいました。そこは「勉強をする場所」で、通っているのはほとんど中学生だということでした。
「学校に行けるんだったらここに相談にこないのに……」
発したかった言葉は相手に発せられず、電話を切ってから、子ども達に聞かれないように布団で声を抑え、号泣しました。
少し離れた同じ市内にはプレーパークも併設されている、民間のNPOが運営している施設もありましたが、当時住んでいたところからは片道1時間かかりました。0歳の乳児も含めて下の兄弟も3人いて、毎日の送迎はできませんでした。またほかにも見学に行きましたが、いずれも「勉強をする場所」で、いるのはほとんど中学生でした。
長男は幼稚園で過ごしましたが、次男は年中に上がるタイミングで親が育て合う「自主保育」にしていました。10人ぐらいの異年齢の未就学児が一緒に、公園やプレーパークで過ごす場所でした。そこで、そこに長男も連れて行くことにしました。