不登校と向き合う

小1不登校からの大学進学 7児の母で、NPO代表理事がいま思うこと<第4回>

2025.02.19

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川口敦子

「NPO法人多様な学びプロジェクト」の代表理事を務める生駒知里さんは、3~18歳の6男1女の子どもを育てている母親です。「街全体を学びの場に」と、この活動を始めたきっかけは、この春、大学に進学する長男(18)が小学1年の秋に不登校になった日にさかのぼります。長男は弟の進学などを機に、これまで二度「学校に戻ること」を試みましたが、学校は合わず、家を育ちの場に選びました。母として、またNPO法人の代表理事として、子どもたちや地域の人たちと関わるなかで、たくさんの葛藤があったという生駒さん。「不登校」と言われる子どもたちとどう向き合ってきたのか、見えてきたものは何なのか。7回にわたってお伝えする、今回はその第4回です。(写真は現在の長男の様子=生駒さん提供)

生駒知里

話を聞いた人

生駒知里さん

「NPO法人多様な学びプロジェクト」代表理事

いこま・ちさと/1978年生まれ。神奈川県川崎市在住。3歳から18歳まで6男1女の母。「街を学び場に!」をモットーに、学校外で育つ子どもも含めたすべての子どもたちが自分らしく育ち、安心と幸せを感じられる社会をビジョンに、「多様な学び」をみんなの当たり前にするをミッションに活動。学校外で育つ子が平日昼に気軽に立ち寄れる地域の場所、全国550カ所以上を紹介するウェブサイト「街のとまり木」、不登校の不安を安心に変えるオンラインコミュニティー「とまり木オンライン」などを運営。団体サイトは、こちら

「教科書」には見向きもしないまま中学生に

読み書き障害(LD)の診断がつかないまま18歳になった長男ですが、小学1年の秋、2年の春、3年の春の三度、不登校を経験しています。(それまでの詳しい話はこちら

長男は、合理的配慮が得られなかったことや、不登校に至る過程での様々な傷つき体験から、学校という場所にネガティブなイメージを持つようになりました。ですが、知的好奇心が強く、図鑑やインターネット、また自分でする実験を通じて、色々な分野で、学年を大きく超えた知識や理解力を持っていました。

一方、読み書き障害(LD)の傾向があり、教科書をもとに板書を書き写したり、九九を覚えて計算式を書いたりすることは苦手でした。同じように不登校になった二男は小6の頃に「学校の勉強を教えてほしい」と私に伝えてきましたが、長男の場合は、学校という場を離れても「教科書」には見向きもしないまま中学生になりました。

そして中3の春、長男に言われました。

「高校に行くと決めるのも、行かないと決めるのも、どちらかを選ぶことがすごくつらい。だから、本当は考えたくないんだ」と。

私は「そうなんだね」と話を聞きました。

そして、私自身の話をしました。

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